
雷雨の翌日にわたしは生まれた(仮)<128>
カオス
24回目の春を迎える頃、私はまた新しい店で働くことになった。今度は今までのように夜間ではなく、朝10時から夕方までの早番で。この店も3週間で辞めたところと同じくらい大手のグループだったが、完全個室待機の上にスタッフも概ね優しかったし、友達も5人くらい出来た。ここなら生活に必要なお金+αを稼げるだろう。それどころかうんと稼いで、旅行にも行くぞと意気込んだからか指名客がそこそこ付き、入店2か月後には早番の指名数トップ5に入ることが出来た。
気持ちに余裕が出来るというのはこういうことを言うのか、と多分生まれて初めて思った。これからも誰にも頼らず(というか、頼れない)食べて行かなくてはいけない、生きていかなくてはいけない。けれど以前のような焦りや不安は消えさり、決して手放しで幸せだとは言えなかったがそこそこ楽しい日々を過ごした。仕事の後に友達とみなとみらいでお茶を飲んだりウィンドーショッピングをしたりしてから横浜駅までタクシーに乗る。ああ、数か月前には考えられなかった贅沢!
「ねぇ、3人で海外旅行したいねぇ」
「いいねぇ、どこ行く?」
「タイとかどう?シンガポールもいいな」
旅行代理店で立ち止まってパンフレットを眺めた。
アジアか……それより私はヨーロッパに行きたい。ニューヨークでもいい。
「マキちゃんはどこがいい?マキちゃんって英語ペラペラなんでしょ?」
「全然!ペラペラじゃないよ~」
「けど彼氏って外人ばっかだったんでしょ」
「まぁ、そうだけどさ。英語喋れなくてもなんとかなっちゃうんだわ」
一人旅がしたい。みんなと行くのも楽しいだろうけど私はどこでもいいから一人で旅をしたかった。どこへ行く?子供の頃から憧れだった東欧に?それともまたニューヨークへ?楽しい、楽しい!考えるだけでワクワクする。よく、旅行は行くまでが楽しいというけれど、頭の中、そしてノートの上に空想を書き散らすのは本当に楽しかった。店で客に付いていない時も、アパートに帰ってからもずっと旅行のことで頭がいっぱい。
店の友達と3人で旅行をするという話は、私と一番仲の良かった子が突然店を辞めたことで立ち消えになった。彼女の言うことにはなんでも新しい店長と喧嘩したとかなんとか。よく分からないが、実際は同棲していた彼氏に仕事がバレたからかも知れない。それからなんだか気まずくて連絡もしなくなってしまった。けれど正直なところ、彼女のことは好きだったけれど旅行の件がなくなったのは良かったと思ってしまったーー私はヨーロッパに行く!
季節はいつの間にか秋になっていた。私は半月後、初めての一人旅、初めてのヨーロッパに行く。成田ーロンドン往復航空券と7泊分の宿を予約して、暇さえあればガイドブックを眺めていた。どこに行こう?なにを食べよう?なにを着よう?ワクワクしてたまらなかった。
ある休みの日、寝ぼけまなこを擦りながらなにげなく付けたテレビ……とんでもない映像が流れて来た。これ、映画なの?嘘でしょう?
7年前に行ったニューヨーク。ああ、あれから実に7年が経っていたのだなぁ。滅多なことでは驚かず、いや、日常の些細なことにはやたらビビってしまうのにも関わらず、大きな出来事には鈍感な私だけれど、さすがに衝撃を受けた。テレビの向こうの出来事なのか、これは?人ごと?そうかもしれない。けれどずっとテレビに見入ってしまった。一呼吸してからそしてあの時の友達に久しぶりに手紙を書いた。
「お元気ですか?ニューヨークがとんでもないことになってるね……」
世界は混沌としているけれど、私はいつものように店に出勤したし、ロンドン旅行は予定通り。そろそろパソコンが欲しいなぁと思いながら電子手帳をPHSと繋ぐと2通メールが来ていた。旅行会社からの最終確認と……。
「レイちゃん、お元気ですか?近いうちにお食事でもご一緒したいと思って久しぶりにメールしてます。急だけど、明後日の夕刻以降は空いてるかな?返事待ってます。 イサム」
ああ、勲さん。本当にお久しぶりね。お久しぶり?たかが2年くらいじゃないか。
「こんばんは。明後日大丈夫です。どこで待ち合わせしますか?私は明後日は仕事だけど5時で仕事終わります(多分)。相変わらずあのあたりで働いてるよ~」
「返事ありがとう!じゃぁ明後日の18時、関内の北口で待ち合わせしないかい?美味しいもの食べよう」
ーーロンドン、初のヨーロッパまであと5日。