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【3分で読むエンジニア物語】 第10話 未完成のプロジェクト
森下陽菜は33歳のプロダクトマネージャー兼エンジニアだった。新しいスタートアップ企業の立ち上げ期、彼女はオフィスの片隅でパソコンの画面を睨んでいた。デッドラインは目前に迫っている。しかし、目の前のプロジェクトは完璧とは程遠かった。
「まだここが不安定だし、バグも残ってる……。こんな状態でリリースなんてできない。」
陽菜は内心で繰り返した。彼女は完璧主義者だった。小さなミスさえも許せず、常に最高の状態を目指す性格。だが、その完璧主義が、今は足かせになっていた。
チームメンバーの佐藤が彼女のデスクに近づいた。
「陽菜さん、進捗はどうですか?リリース、予定通りに進めますか?」
陽菜は言葉に詰まった。画面には未解決のバグが赤く表示されている。「もう少し時間をもらえれば……」そう答えかけたが、佐藤は微笑んで言った。
「未完成でも、僕たちはここまで全力で取り組んできたじゃないですか。完璧じゃなくても、ユーザーの声を聞くことが次の成長に繋がると思います。」
その言葉は、陽菜の心に静かに響いた。ふと、過去の失敗が脳裏をよぎる。かつて彼女が別のプロジェクトで完璧を求めすぎた結果、リリースが遅れ、市場のタイミングを逃したことがあった。その時の悔しさと、自分への厳しさが、今も彼女を縛っていたのだ。
夜遅く、オフィスは静寂に包まれていた。外のビルの灯りが遠く瞬く中、陽菜は一人で画面に向き合った。デスクの隅に置かれたコーヒーカップの冷めた香りが、彼女の疲れた心をさらに静かにさせる。深呼吸をして、自問する。
「本当に、完璧じゃないとダメなの?」
彼女はプロジェクトのコードをもう一度見直した。そこには自分とチームの努力が詰まっている。バグはあるが、それ以上に多くの工夫と挑戦の痕跡があった。やがて、陽菜はふと笑みを浮かべた。
「完璧じゃなくても、今のベストを尽くした。それなら十分だ。」
翌日、チーム全員が集まるミーティングルームで、陽菜は決断を告げた。プロジェクターに映し出されたリリースノートを前に、緊張感が漂う中で彼女は口を開いた。
「リリースします。」
クリックひとつで、プロジェクトは世界へと送り出された。緊張と不安が入り混じる中、ユーザーからの最初のフィードバックが届いた。それは予想外にポジティブな反応だった。
「直感的で使いやすい!」
「まだ改善点はあるけど、期待以上の機能です!」
陽菜はモニターを見つめながら、静かに微笑んだ。不完全なまま出したプロジェクトが、多くの人に価値を与えている。その事実が、彼女の胸に温かい火を灯した。
数日後、ユーザーからのさらなるフィードバックが寄せられた。一部にはバグの指摘もあったが、それ以上に改善案や新しいアイデアが書き込まれていた。それを読みながら、陽菜は気づいた。
「不完全さの中にこそ、成長の余地があるんだ。」
彼女は心からそう実感した。行動すること自体が価値であり、完璧を求めすぎることは時に前進を妨げる。彼女は新たな自信を胸に、次の挑戦へと歩み出した。
オフィスの窓から差し込む朝日が、彼女の新しい一歩を祝福するかのように輝いていた。陽菜はチームメンバーと笑い合いながら、新たなプロジェクトのアイデアを語り合った。その瞳には、もはや恐れはなく、未来への期待が映し出されていた。
おわり