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【3分で読むエンジニア物語】 第5話 AIに奪われる日

藤田翔は、32歳のフロントエンドエンジニアだった。最新のJavaScriptフレームワークや複雑なUIコンポーネントを扱うのが得意で、チーム内でも経験豊富な存在として信頼されていた。しかし、ここ数カ月、彼の心に小さな不安が芽生えていた。

それは、AIの台頭だった。

勤務先のIT企業「NovaLink」は、AIによるコード自動生成ツールを導入した。複雑なUIも簡単なプロンプトだけで生成でき、バグの検出や最適化まで自動で行われる。その精度とスピードは驚異的で、翔が何時間もかけて作っていたコードが、AIなら数分で完成してしまう。

ある日、マネージャーからのメールが届いた。

「今後、定型的なフロントエンド開発はAIに任せることにします。藤田さんは新しい役割を検討しましょう。」

胸が締め付けられた。自分の得意分野が、あっさりとAIに置き換えられた瞬間だった。

「俺のスキルは、もう必要ないのか?」

そんな思いが頭をよぎる。これまで積み上げてきた経験が、一夜にして無意味になったような感覚だった。翔はオフィスの片隅で、ただPCの画面を眺めていた。

数日後、翔はしぶしぶ新しいプロジェクトに配属された。それは「AIと人間が共同で開発するインタラクティブアートアプリ」だった。AIがユーザーの好みに合わせてデザインを生成し、人間がその微調整や創造的な要素を加えるという試みだった。

最初は興味も持てず、淡々とタスクをこなしていた。しかし、ある瞬間、彼の目が止まった。

AIが生成したデザインは、どれも洗練されて美しかったが、どこか「同じ」に見えた。パターン化され、最適化されすぎていて、予想外の驚きや「遊び心」がなかったのだ。

翔はふと、画面に表示された一つのデザインに手を加えた。余計な装飾を追加し、色合いを大胆に崩し、非効率とも言える構成に変えてみた。

「こんなの、AIには理解できないだろうな。」

そう思いながら、プレビューを確認すると、それは思いがけず心を打つ作品になっていた。完璧ではない。でも、それが逆に「人間らしさ」を感じさせた。

チームメンバーからも反応があった。

「このデザイン、何か温かみがあるね。」
「AIだけじゃ出せない個性がある。」

その言葉に、翔は気づいた。AIは優れたツールだが、予測不能な創造性や偶然の美しさは人間だけが生み出せるものだと。AIが「最適解」を探すのに対して、人間は「新しい問い」を生み出すことができる。

プロジェクトが進むにつれ、翔はAIとの協力を楽しむようになった。AIが生み出す膨大なアイデアの中から、思いもよらぬものを選び、人間ならではの感性で磨き上げる。そのプロセスは、かつて感じたことのないクリエイティブな充実感をもたらした。

半年後、新しいアプリはリリースされ、大きな反響を呼んだ。AIと人間が共創する新しい価値に、多くの人々が魅了されたのだ。

翔は静かにPCの画面を閉じ、ふと微笑んだ。自分の存在意義を奪うと思っていたAIは、実は新しい可能性を広げるパートナーだった。

「AIに奪われたんじゃない。AIと一緒に、新しい世界を作ったんだ。」

その言葉を胸に、翔は再びキーボードに指を置いた。未来は、まだ書きかけのコードのように、無限の可能性に満ちている。

おわり


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