The Lost Universe 古代の巨大霊長類②巨大キツネザル
原始霊長類からさらに進化を重ねた古代のサルたちは、決して一つの道筋を歩んだわけではありません。ある種族は大陸から島へと渡り、独自の生態と形態を獲得して、現在にまで血脈をつないできました。その不思議な霊長類こそ、マダガスカル島で繁栄しているキツネザル類なのです。
キツネザルとは?
神秘の島に息づく原始のサル
キツネザル。
その名が示す通り、キツネのごとく長い鼻面と長大な尻尾を持つ彼らは、原始的な特徴を持つ『曲鼻猿類』というグループに属するサルです。彼らが棲むマダガスカル島は、観光地として人気であると共に、生物学的に見ても重要な固有種の宝庫とされています。テレビの旅番組でマダガスカル紀行が放送されると、尻尾を高々と上に立てて歩くワオキツネザルや、軽快に横っ飛びするベローシファカの姿がお茶の間に流れます。みんな可愛いですね(笑)。
曲鼻猿類にはキツネザル類の他に、ロリス類、ガラゴ類が含まれます。広い意味でのキツネザル類の中にはキツネザル上科とアイアイ上科の2グループが存在し、キツネザル上科はさらに細かな分類群から成っています。
種によって樹上での生活時間は異なりますが、森林を生息域とするキツネザルは、他のサルたちと同じく木登りが得意です。主に葉っぱや果実、昆虫などを食べて暮らしていて、フォッサのような肉食動物が天敵となっています。
知能では他の分類群のサルたちに及ばないようで、そこは原始的霊長類の特徴を残していると言えるのではないでしょうか。霊長類進化を考えるうえで、キツネザル類は極めて興味深いグループです。
人間に脅かされたキツネザルたち
キツネザル類の大半はマダガスカル島に生息しており、近海に浮かぶコモロ諸島にも数種が暮らしています。マダガスカル島は世界第4位の広大な面積を誇る巨島で、そこには多くの固有の動植物が息づいています。
マダガスカル島が大陸から分離した時期は、なんと恐竜時代に遡ると言われています。つまり中生代末期の生物大量絶滅後に、キツネザルの祖先たちは漂流物に乗って島へ渡ってきたことになります。マダガスカル島に到達できた哺乳類はごく少数であり、キツネザル以外ではフォッサやマダガスカルオオコウモリなどが挙げられます。
新天地に辿り着いたキツネザルの祖先は、大陸から隔離された環境で独自の進化を遂げていきます。その結果、多様な種が生まれ、マダガスカルの大地に豊かな生態系が花咲きました。
こうしてキツネザルたちは栄華を極めたものの、人類が到達すると、狩猟や環境開発が始まり、瞬く間に種数を減らしていきました。古代のマダガスカルには大型のキツネザルだけでなく、体重500 kg の巨大陸上鳥類エピオルニスも生息していましたが、人類の猛烈な侵攻によって、地上から姿を消すことになりました。
そして今、マダガスカルに巨大生物の姿は見られません。
失われた巨大キツネザル。
謎と魅力に満ちたその姿を、ぜひご紹介したいと思います。
古代の巨大キツネザルたち
アルカエオインドリス 〜ゴリラに匹敵! 史上最大のキツネザル〜
現在生きているキツネザルで最も大きいのは、マダガスカル島北部に生息するインドリです。胴体の長さは約70 cmに達し、立派な風格に圧倒されます。しかし、太古のマダガスカルに君臨していた史上最大のキツネザルは、まったく比較にならないほど大きく、なんとゴリラ並みの巨体を備えていたという説さえあります。
その巨大キツネザルの骨格は1909年にマダガスカル中央部のアンパサンバジンバ遺跡にて発見され、アルカエオインドリス・フォントイノンティー(Archaeoindris fontoynontii)と命名されました。キツネザルの化石研究の発展に伴い、本種の解明も徐々に進んでいき、その結果、体重200 kgにも達した可能性があると推測されました。ゴリラ級の巨躯ならば、4足歩行時の体高は1 mほどあったかもしれません。
古代キツネザルとは言っても、アルカエオインドリスは比較的新しい時代まで生き残っていたと考えられています。発見された骨格標本に放射性炭素年代測定を実施したところ、本種は紀元前350年頃に生きていたという結論が出されました。
その巨体ゆえに、成体のアルカエオインドリスには自然界に天敵がほとんどおらず、力強く血脈をつないできたのでしょう。200 kgの巨体となれば小型種のように軽快な木登りはできなかったと思われますが、股関節の可動域が広かったことから、長い時間を樹上で過ごしていた可能性も指摘されています。
まだまだ謎多きアルカエオインドリス。太古のマダガスカルをこれほど雄大なキツネザルが闊歩していたことに、底知れぬロマンを感じます。
メガラダピス 〜見た目はコアラ? でも人間より大きい〜
アルカエオインドリスを筆頭とし、数千年前のマダガスカル島には、巨大なキツネザルがひしめき合っていたと考えられています。その生物相を構成する大型種の中で、古生物ファンに最も名前が知られているのがメガラダピス・エドワルドシ(Megaladapis edwardsi)でしょう。
メガラダピスはアルカエオインドリスよりも多くのパーツの化石が見つかっており、全身骨格も復元されています。推定される大きさは頭胴長1.5 m、体重80 kg。現在の大型類人猿にも引けを取らない大きさです。
巨体であるがゆえに、メガラダピスは現生のキツネザルのように軽快に飛び跳ねることは得意ではなく、樹上でゆっくりと葉などを食べるコアラそっくりのライフスタイルだったと考えられています。そのため、コアラキツネザルという俗称で呼ばれることもあります。アルカエオインドリスと同じく、メガラダピスも完新世のマダガスカルで繁栄していて、約500年前(日本史でいう安土桃山時代)まで生き残っていました。絶滅の原因は人類のマダガスカル到達であると考えられており、巨鳥エピオルニスなどの大型生物と同様に、狩猟目的や生息地破壊による人為淘汰で滅んだものと思われます。
人類の活動によって、巨大キツネザルをはじめとする多数の大型動物がマダガスカルから失われました。
日本列島からツキノワグマやシカやイノシシがいなくなった状態をイメージしてください。それが現在のマダガスカルの姿なのです。
ジャイアント・アイアイ 〜楽園を追われた幻の大型アイアイ〜
アイアイ。
有名なおサルさんの歌にも出てくるので、その名をご存知の方は多いでしょう。しかし、本物のアイアイはニホンザルやチンパンジーのような一般的イメージの霊長類ではなく、外見上は到底サルとは思えません。彼らは広義のキツネザル類であり、かなり特異な形態を備えています。
アイアイは夜行性で、マダガスカル島の森林に生息します。樹上生活を営んでおり、昆虫や木の葉や果実などを食べています。大きな耳とふさふさした尻尾、異様に長い中指が特徴的です。彼らは成獣でも体重約2〜3 kgほどの小動物ですが、過去には現生種よりはるかに大きなジャイアント・アイアイ(Daubentonia robsta)がマダガスカルに存在していました。
1901年。マダガスカル南西部にて、アイアイらしき曲鼻猿類の骨が発見されました。しかし、そのサイズは驚くほど大きく、大腿骨の比較から、体重が現代のアイアイの2〜5倍(最大推定値で体重13 kg以上)もあると推定されました。これは現生アイアイのみならず、現在最大のキツネザルであるインドリさえ凌ぐ大きさです。
約2000年前に生存していたジャイアント・アイアイは、生態的には現生アイアイと遜色なかったと考えられます。マダガスカル南西部は乾燥林地帯となっていますが、過去には大きな河川と網目状の常緑樹林が広がっていた可能性があり、豊かな植生がジャイアント・アイアイの繁栄を支えていたのかもしれません。大森林は比較的新しい時代まで残っていたと考えられ、ジャイアント・アイアイは約100年前まで生存していたと唱える研究者もいます。
そんな彼らに絶滅をもたらしたのも、マダガスカルに渡ってきた人類だったと思われます。人々は農地拡大のために野に火を放ち、南西部の森林地帯を大幅に縮小させたと考えられます。
これは、決して過去の話ではありません。農地や放牧のため、あるいは開発のために森を破壊する行為は現代も行われていて、地球有数の固有種の宝庫であるマダガスカルの貴重な現自然は急速に失われています。
ジャイアント・アイアイをはじめ多くの巨大キツネザルが辿った歴史には、現代に生きる私たちへの重いメッセージが秘められています。同じ悲劇を繰り返してはならないとたくさんの人々が気づき、危機的状況に置かれたマダガスカルの自然環境を守るための戦いが続けられているのです。
【前回の記事】
【参考文献】
遠藤秀紀(2002)『哺乳類の進化』東京大学出版会
島泰三(2002)『アイアイの謎』 どうぶつ社
長谷川政美(2018)『マダガスカル島の自然史』, 海鳴社
Weisberger, M.(2021)This giant, leaf-eating lemur was the size of a human and had paws like a koala. Live Science newsletter July 14, 2021.