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銀河皇帝のいない八月 ㉗

2.惑星〈青砂〉

 〈青砂〉……

 ネープの瞳にも似た色の星。
 空里は、次第に大きくなってゆくその姿を魅入られたように見つめながら、言った。
「着いたのね?」
「はい。まず、衛星軌道上のウォーステーションに接舷します。そこで他の乗員を降ろしてから、地表に降りて〈皇冠授与の儀〉を執り行います」
「え? 私たちはあの星に降りられないの?」
 ネープの言葉にティプトリーが口を挟んだ。
「〈青砂〉は禁忌の地なのだよ。降りられるのはネープと銀河皇帝、その後継者だけじゃ」
 クアンタが答えた。
「〈皇冠授与の儀〉に限っては、元老の立ち会いも認められます。クアンタ卿は降りられますよ。ご同意いただければですが……」
 ネープの誘いにクアンタは皮肉な笑みを浮かべた。
「ここまで連れて来て、今さらそれを聞くかね。わしが同意しなかったら、どうするつもりなのだ?」
「アサトの即位に同意しないということは、ラ家への恭順と判断せざるを得ません。もし、他の元老の立ち会いで即位が成ったら、これは帝国の〈重力導士連グラブナ〉全体が皇帝を拒否したことになります」
 クアンタはひゅっと唇を鳴らした。
「ほとんど脅迫だな。選択の余地は無いように見えるが、そこは主体的に選択する理由が欲しいところだ。ひとつ、問題の中心である本人に聞いてみようか」
 そう言うと帝国の元老は、空里に向き直った。
「あんたはどうだ? わしが何者かもよく解っとらんと思うが、わしに即位まで立ち会って欲しいか? 手っ取り早くことを進めたいという気持ち以外に、わしでなきゃいかん理由はあるかね?」
 空里はクアンタの顔を見上げ、しばらく考えてから答えた。
「あのひと……レディ・ユリイラは、私と一緒にあなたも殺そうとしましたよね。それって、理由になりませんか? これから、あの女《ひと》やラ家との戦いになった時、私たちは協力し合えるんじゃないかしら」
「おお……」
 クアンタは芝居がかった仕草で両手を広げた。
「勇ましいお嬢さんだ。もう、即位後の帝国平定にまで思いが至っている。彼らと和睦する気はないのかね? 簡単に戦いというが、ラ家は強大だ。敵にするには大きな覚悟が要る、と思うがね」
「覚悟っていうのとは違うかもしれないけど、これから何があってもあまり気にならないと思うの。私には……家族も故郷もないし……」
「アサトにはもう、失うものは何もないのです」
 ネープの言い足しに、クアンタは笑みを消した。
「そう……か」
 空里はドーム窓に潜り込むと、膝を抱えた。
「失うものは何もない……くう! かっけえ!」
 その軽口の調子に微かな震えを感じ、ティプトリーは空里に近づくと彼女の首を軽く抱いて自分の肩に押し当てた。
 青い惑星の光を映す窓の強化ガラスメタグラスに、涙がぽたりと落ちた。

 スター・コルベットは、ウォーステーションの小さなドッキングベイに吸い込まれていった。
 シェンガとティプトリーだけが船を降り、空里はランプウエイの下まで見送りに出た。

「じゃあ、待ってるから」
「もらった皇冠クラウン、あとで見せてくれよな」
 空里はちょっと微笑んで手を振ると、再び船上の人となった。

 ステーションを飛び立ったスター・コルベットは間も無く〈青砂〉の大気圏を突破した。

 その地表は奇観だった。
 星の名の通り青い大地は、砂ではなく無数の岩山に覆われていた。巨大な岩山の上は平らな台地状となっており、周縁部は底が見えないほど深く切り立っている。まるで、〈鏡夢カガム〉で見たサロウ城市のビル群がそのまま青い岩になったようだと空里は思った。

 やがて、コルベットは岩山の一つへと接近していった。
 その頂上にだけは建造物の姿がある。

「あれが〈守護闘士宮ネイペレス〉か」
 クアンタが確かめるように言った。帝国の元老すら訪れる機会は稀な場所なのだ。
「あそこが、ネープたちの本当の本拠地なのだ。彼らはあそこで生まれ、帰れる者はあそこで生涯を終える」
「つまり、あなたの実家なのね。里帰りね」
 空里が傍の少年に言った。
「そう思ったことはありませんが、そうかもしれません。〈皇冠授与の儀〉もあそこで行います」
「ほお……もう、準備もできているようだな」

 コルベットは建物の中庭にあたる駐機場へと降下していく。
 そこでは、数人の人影が待っているのが見えた。何か黒々とした大きな箱のような物体も鎮座している。
「〈玉座機スロノギア〉か! 大きいな。四号サイズじゃないか?」
 空里にはクアンタの驚きがわからなかった。
「スロノギア?」
「アサトを護ってくれる玉座であり、武器でもある生物機械です。使い方はすぐにわかります」

 軽いショックがブリッジを揺らし、スター・コルベットは着地した。
「降りたら、すぐに式が始まります。段取りは私に任せて。ただ側について来てください」
 空里は頷いてネープの後に従った。
 昇降口のランプウエイが降ろされ、ひんやりした高地の空気が船内に流れ込んでくる。

 銀河皇帝の後継者は、ついに〈青砂〉の地に降り立った。

つづく

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