国立奥多摩美術館館長の他の美術館に行ってきた!(Vol.08)東京国立近代美術館『ゲルハルト・リヒター展』
他の美術館に行ってきた!(Vol.08)
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東京国立近代美術館
『ゲルハルト・リヒター展』
会期:2022年6月7日~年10月2日
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2022年6月7日(火)曇り。展覧会初日にワクワクしながら美術館に行くのは久しぶりだった。ゲルハルト・リヒターの個展を見るため、いそいそと東京国立近代美術館に向かった。リヒターの作品には1枚40億円以上で取引される絵画もある。安直だがそう説明すると、彼がどのくらい世界的に評価されている作家か、わかってもらえるだろう。「現代で最も重要な画家」とさえ言われている。そんな今年90歳、画業60年というリヒターの大規模な個展である。前日から楽しみにしていた。当然、美術館は多くの人で賑わっていた。皆、自分と同じように前日からワクワクして展覧会の初日に足を運んだ人達かと思うと、勝手に親近感が湧いてきた。大きな絵画作品が何枚も壁にかけられている。それらを熱心に鑑賞する観客。それと共に、スマホで熱心に作品を撮影する観客も目についた。ここ数年、美術館での写真撮影が許可されるようになった。撮影された写真は、後日改めて見るのかもしれないし、SNSに投稿するのかもしれない。カメラ越しにリヒターの作品を見ている人が、何を見ているのか気になった。リヒターは「見る」という視覚体験をどのように、この世界に留めるかを模索してきた。絵画に対しての写真という存在に、かなり意識的に向かい合ってきた作家だ。写真によって見えるものと、見えなくなるものがある事を彼は熟知している。僕らは1枚の絵画を見るとき、何が書かれているのか「図像」を見ている。図像を形成している「絵の具」を見ている。絵の具をどのように扱った人間が存在したのかという「痕跡」を見ている。それを撮影し写真で見るということは、絵画を見ることとは全く異なる体験だ。リヒターはそれを理解しつつ面白がっている。会場内には、絵画を撮影した写真が、複製品としてではなく、オリジナル作品として展示されている。それらを見比べるのも面白いし、それを見比べている観客をみているのも面白い。カメラを向けている観客の画面をこっそり覗き込むのも面白い。この展示で改めて、僕は美術館に、観客を見に行っているのかもしれないな、という気がしてきた。
【☆9.2】(佐塚真啓)
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「西の風新聞」2022年6月23日(1655号)掲載