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「ひまわりの見た夢」4

第4章

落とし穴にはまった御麿の車を押している明日香と田口。
よいしょ、せーの!などあって

田口  「御麿さん、ちょっとこれは無理ですよ」
御麿  「何故こんなところに落とし穴・・・」
明日香 「よいしょ、よいしょ。田口さん、さぼらない!」
田口  「明日香ちゃんごめんね。却って時間掛かっちゃって」
明日香 「いいよ。御麿さんが送ってくれるって言ってくれたんだから。しょうがないよ」
御麿  「余計なお節介してしまったの」
明日香 「流石だよね。御麿さん。実生活のほうが波乱万丈だよね」
田口  「御麿さんはネタじゃないところが面白いっていう神業を持ってるからね」
明日香 「大体、落とし穴なんて有り得ないし」
御麿  「御麿、イバラ人生の縮図でおま」
田口  「御麿さんには裏街道は似合わないってことですね」
御麿  「わははははははは。ちょっと休憩するでおま」

休憩する三人。タバコに火をつける田口。

田口  「御麿さん、この車捨てちゃいましょうよ」
御麿  「捨てる?ダメダメダメでおま」
田口  「もういいんじゃないですか。こんな車、もう誰も乗ってませんよ」
明日香 「これ何て言う車なの?」
御麿  「これは明日香ちゃんが生まれる前から走ってる、あたしの相棒なの」
明日香 「相棒か、じゃあ捨てられないね。で、この車なんていうの?」
御麿  「ロールスロイス」
田口  「え?ロールスロイス?いやいやホンダシティでしょ」
明日香 「ロールスロイスなんだ」
田口  「でもさっき俺たちこれぐらいの大きさで設定して車を押してたのに、ロールスロイスなんて。捨てちゃえって言った俺の立場も考えてくださいよ」
明日香 「あ、星が見える」
御麿  「東京の真ん中でも星はちゃんと輝いてくれるのでございますな」
田口  「俺たちが生まれる前はもっと綺麗に輝いてたんだろうな」
明日香 「オリオン座!」
御麿  「え?オリオン座ってなに?」
明日香 「オリオン座のベルト。あそこ、星が三つ並んでるでしょ。私たちみたい」
御麿  「じゃあマロは絶対的エースのセンターでおま」
明日香 「御麿が?」
田口  「違う違う。真ん中は明日香ちゃん」
明日香 「私?」
田口  「で、両隣りは明日香ちゃんのお兄さんとお姉さん」
御麿  「田口殿、そんな顔してロマンチストでおま」
田口  「ほっとけ」
明日香 「違うよ、一番上がお姉ちゃん、次がお兄ちゃん、私は一番下・・・」
御麿  「・・・家族に分かってもらえないのは辛いでおま」
田口  「大丈夫。家族なんだからいつかきっと分かってもらえる。結婚して子供ができたころにはみんな分かり合えてるよ」
明日香 「遠い未来だね」
御麿  「意外と遠くもないかもしれませんぞ」
明日香 「結婚かあ・・・結婚したいなあ」
田口  「結婚・・・そういうのちょっと早いんじゃない・・・そういえば御麿さんって結婚してるんですか」
御麿  「マロは結婚より大きな幸せを願っているのでおま」
明日香 「大きな幸せ?」
御麿  「世界征服でおま」
明日香 「私も御麿さんみたいだったら良かったのになあ」
田口  「それだけはやめてくれ」
明日香 「結婚かあ・・・結婚して家族みんなが幸せになれたら嬉しいなあ」

そんな明日香に目を細める田口。

明日香 「じゃ、やろっか」
田口  「よし、やるか」

御麿、思いがけない声を上げると車が穴から抜ける。

田口  「・・・御麿さん?」
御麿  「さ、いきましょか」

明日香と御麿が捌けていく。
エレベーターが到着するような音「チーン」
不動明王に祈っている田口。手には明日香から貰ったプレゼント。

田口  「ノウマク サーマンダー バーサラダンセンダン マーカロシャーダー ソワタヤ ウンタラター カンマン(複数回)」

一時の時報が鳴り、タバコを消す田口。携帯のニュースを見る。一瞬の逡巡。

田口  「もしもし、吉田検察官をお願いします。あ、吉田さんですか。田口です。いえ、た・ぐ・ちです。お手紙させていただいた・・・そうです。加藤明日香さんの事件の・・・ええ。そうです一審の判決の件です。七年ってどういうことですか。一課の刑事さんからは目安は十年だって聞きました。それが七年?たったの七年ってどういうことですか。だって考えてみてください。明日香ちゃんが何をしたって言うんです?明日香ちゃんの未来は加害者の手で踏みにじられたんですよ。それなのに加害者が更生するかどうかで判断するってことですよね。これって罪の重さと関係ないじゃないですか。何もしていない明日香ちゃんが加害者に一方的に罰せられたんです。殺されたんです。そのことは問題にしてくれないのが司法なんですか。それが司法なら、僕は七年後に僕の思う罰し方で加害者に向かってしまいそうです。司法が被害者に寄り添ってくれなければ、誰かが被害者に寄り添うべきだと思います・・・高裁に上告なさらないつもりじゃないでしょうね・・・会議・・・わかりました。先日提出した手紙、それとこの電話でお話したことも、是非会議にあげていただけませんか。いえ、必ずあげてください。意味があるかないか分からないじゃないですか。お願いします。はい、何かあれば証人にも立ちますんで。ええ。よろしくお願いします。よろしくお願いします」

電話を切る田口。

「バカ親・・・」

エレベーターの到着するような音「チーン」
食卓を囲む護、静子、今日子、勉。

勉   「・・・」
護   「・・・」
今日子 「・・・」
静子  「・・・」
護   「勉、お前大学行こうと思ってるんだって?」
勉   「え、うん」
護   「歯科大を目指してるって・・・」
勉   「うん」
護   「お前が頑張って勉強するっていうんなら止めない。父さん応援するぞ」
勉   「うん。今度はちゃんとやろうと思ってる」
静子  「そう、頑張ってね」
勉   「ちゃんと受験に受かるように勉強するよ」
静子  「母さんも頑張る。勉がちゃんと勉強できるよう、応援するわ」
今日子 「歯科大入って、それからどうするつもり?」
勉   「え?歯医者になるに決まってるだろ」
今日子 「どこで?あんたを雇ってくれる歯医者なんてあると思ってるの?」
勉   「どういう意味?」
今日子 「品川のクリニックは当てにしないで。あの事件以来お客さんが減っちゃって、それでも今まで頑張ってきた。それだけでも本当に大変だったの」
静子  「勉のためにも頑張ろうってやってきたのよ」
今日子 「十二年経っても結局ずっと赤字のままだった。勉もようやく帰ってきてくれたからって近々に閉めることにしたのよ」
勉   「そうなの?」
護   「ああ」
今日子 「そうだ!大学病院に残してもらえば?それがいいんじゃない?」
護   「そうだな。歯医者になりたいならそれも道だと思うぞ」
静子  「歯医者はやりがいのある仕事よ」
勉   「・・・大学病院の歯科医師になったって意味がないよ」
護   「勉、申し訳ないが品川のクリニックは閉めるしかないんだ」
勉   「じゃあこの家の歯医者を姉ちゃんと一緒にやる。それならいいだろ?」
今日子 「あんた、何言ってんの。そんなの無理に決まってるじゃない」
勉   「無理?どういうこと」
今日子 「ここのお客さんはね、みんな明日香のことを知ってる人たちなの」
勉   「だから何?」
今日子 「あんたは加害者なの。近所の方がどう思ってるかわかる?被害を被ったのは明日香だけじゃない。私たち家族も被害者だって、みんなそう思ってくれてるの」
勉   「・・・」
今日子 「それなのに、突然あんたが医者になったなんて戻ってきたら、お客さんが許してくれると思う?今度は私たちのことも攻撃してきかねない」
勉   「今すぐに歯医者になるわけじゃない。これから歯科大を受けるって言ってるんだ。姉ちゃんはなんでそんなに否定的なんだよ」
今日子 「だから今言ってあげてるんでしょ。あんたが歯医者になったって未来はないの」
勉   「未来がない?」

間。勉の身体がぶるぶる震えている。

勉   「そうか・・・そうだよね」
今日子 「いっとくけど私を恨むのはお門違いだからね。ごちそうさま」

部屋を出て行く今日子。
勉、今日子を追うように立ち上がり。

勉   「父さん、僕に未来がないなんてウソだよね・・・」
護   「(目を逸らす)」

出て行く勉。
エレベーターの到着するような音「チーン」
大き目の荷物を抱えて恐々と帰ってくる明日香。

明日香 「ただいま」
静子  「おかえり、あっちゃん」
護   「そこに座りなさい」
明日香 「はい(座る)」
静子  「(も座る)」
護   「今までどこにいた?」
明日香 「友達のところ」
護   「男のところだろう」
明日香 「はい」
護   「半年も・・・」
明日香 「すいません。その男とは二度と会いません。これからはちゃんとします」
護   「半年間、その男に食わしてもらってたのか」
静子  「お父さん、明日香も謝ってるんですから」
護   「お前は黙ってなさい」
明日香 「あたしが食わせてたんだよ」
護   「何だって?」
明日香 「あたしがその男を食わせてたんだよ」
護   「どうやって」
明日香 「キャバクラで」
護   「・・・もういっぺん言ってみろ」
明日香 「キャバクラで」

護、明日香をひっぱたく。

護   「俺はおまえをキャバクラ嬢に育てた覚えはない」
明日香 「お金がなかったんだから仕方ないでしょ」
護   「そうなる前に何故、帰ってこなかったんだ」
明日香 「キャバクラ嬢のどこが悪いんだよ。私は一生懸命やってたよ」
護   「そういうことじゃない」
明日香 「じゃあ・・・じゃあ何でちゃんと探してくれなかったんだよ」
静子  「あっちゃん」
明日香 「何で死に物狂いで探してくれなかったんだよ。私は探して欲しかった。お父さんが私を心配してくれてるって信じたかったんだ。それなのに」
護   「甘えたことを言うんじゃない」
明日香 「私を死に物狂いで探すのが、親として格好悪いと思ったんだろ。そんなことを世間に見せたくなかったんだろ。だから警察にも届けなくて半年間もほったらかしにしてたんだろ」
護   「・・・・・・」
明日香 「こんなの家族じゃない!お父さんひどいよ!」
静子  「あっちゃん」
明日香 「何が理想の家族よ、こんな家族、見せかけばっかりの紙くずの寄せ集めじゃない」
護   「なんだと」
明日香 「あんたなんてお父さんじゃない!お父さんならお父さんらしくしてよ!」

勉、呆れたように現れて

勉   「騒がしいんだよ。僕が受験してる間は帰ってこなくて良かったのに」
静子  「勉、どっか行くの?」
勉   「散歩」

勉、出て行く。

護   「とにかく、恥さらしな真似だけはしないでくれ」

護、言い残し去っていく。

明日香 「お母さん、覚えてる?」
静子  「うん?」
明日香 「私が小さかった頃、みんなで温泉に行ったの」
静子  「覚えてるわ、熱海の。何て言ったかしら・・・水、水、水泳館・・・じゃなくて」
明日香 「水葉亭だよ」
静子  「そうそう、水葉亭」
明日香 「あの頃に戻りたいなあ」
静子  「どうして?」
明日香 「あの頃は家族がみんな仲良しだったから」
静子  「・・・今も変わらないわよ」
明日香 「行こうよ、家族みんなで」
静子  「そうね、時間が作れたら行きたいわねえ」
明日香 「・・・お母さん、心配かけてごめんね」
静子  「あっちゃん・・・」
明日香 「私、いい子になりたい」
静子  「え?」
明日香 「私、いい子になりたいんだ」
静子  「あっちゃんはいい子よ、大丈夫。あっちゃんは優しすぎるだけ。誰かのためになると思うと全力になれる・・・すっごくいい子よ」
明日香 「お母さん」
静子  「ただ、お父さんも私も心配なの。だから、私たちにも優しくしてね」
明日香 「お母さん」

エレベーターが到着するような音「チーン」
バッサリと暗転。



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