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【3分ショートショート】不適切

「大変お待たせいたしました。宇宙エレベーターお客様相談センター、オペレーターの散奈口さなくちが承ります」
 アバターが正しく同期していることを確認しつつ、今日もう何度目になるかわからない決まり文句を口にすると、わずかな間を置いてやはりもう何度目になるかわからない棘のある声が返ってきた。
『どんだけ待たせれば気がすむのよ!』
 待ち時間の表示を確認すると、着信してからまだ五秒と経ってない。ほぼオンタイムだ。だがわたしは、共通指示書にある通り謝罪の言葉を並べた。
「大変申し訳ございません。ご迷惑をおかけしておりますことをお詫びいたします」
 わずかな間のあとで、怒号が吐き捨てるように返ってくる。
『機械知能に謝られたってうれしくないのよ! 人間を出しなさいよ、人間を』
 この言い回しを聞くのも、もう何度目かわからない。こういうのを、耳にたこができる、というのだろう。なぜこうも代わり映えしない言葉ばかりぶつけてくるのだろう。地球には苦情の共通指示書でもあるのだろうか。
「とんでもないことでございます。わたくしは機械知能ではございません。お客様の尊厳をないがしろにすることのないよう、生身の人間が承っております」
 ややあって、ふんっ、と息を荒げる音。
『だったらすぐに返事しなさいよ。微妙な間空けて他人の機嫌探ってんじゃないわよ!』
 そんなことをいわれても、どうしたって物理法則には逆らえない。光より速く信号を送る方法は存在しない。通信にタイムラグが生じるというのは、常識だと思うのだが。
「失礼いたしました。こちら、高度三万六千キロの静止軌道ステーションで承っておりますので、お声が届くまで少々時間を頂戴しております。ご不便をおかけいたしますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます」
 しばしの沈黙のあとに、金切り声が響く。
『はあ? 何様のつもり? 上から目線で語ってんじゃないわよ!』
 上から目線もなにも、事実を告げたまでだ。というか、宇宙には上も下もない。上からといわれても、宇宙産まれ宇宙育ちのわたしには、いまいちピンとこない。あえていうなら、わたしにとって、ここが世界の一番下だ。ここからはもう堕ちる先がないのだから――などとぼんやり考えてるあいだも、声はがなりつづけていた。
『宇宙エレベーターだか天上への架け橋だか知らないけどね、あんたらが世界の頂点だとでもいいたいっての? 神さまにでもなったつもり? 不適切にもほどがあるわ』
 けたたましい怒声が途切れたタイミングを見計らって、返答する。
「ご不快の念をおかけいたしましたこと、まずはお詫び申し上げます。宇宙エレベーターという呼称には、霊的、宗教的な意味合いは一切ございません。また、天上への架け橋という呼称につきましては、わたしどもの命名ではなく、地球上の旅行業者等による――」
『そんなことどうだっていいのよ!』
 弾ずるように声が割り込む。
『誠意が感じられないっていってんの! だいたいなんでアバターなのよ。顔も見せないなんて、馬鹿にしてるわよ。あんたそんなんでほんとうに他人の話聞く気あんの?』
 グレーの匿名アイコンがまくしたてる。
 通話先に表示されているアバターは、お客様相談センター共通のキャラクターだ。わたしの趣味ではない。通話相手を落ち着かせる効果があるとの触れ込みだが、どうやら限定的なようだ。
『それともなにかい、下々に見せる顔なんかございませんってかい』
「いえ、決してそのような――」
『だったら顔見せなさいよ』
「そうですか……では」
 わたしは映像をカメラに切り替えた。
『……!』
 息を呑む音が伝わってきた。
 映像には、頭に脳波キャップを被り、両眼に装着型ディスプレイをはめ込み、口から挿管された気管チューブをはやした、テープとコードにまみれた顔が映し出されているはずだ。
 産まれてからずっと宇宙線を浴びつづけたわたしの身体は、もはや高度な医療措置なしには生存不能になっていた。だが、重力のある地上に降りることはできない。唯一生きていける場所は、静止軌道ステーションにあるこの病院。お客様相談センターのオペレーターは、社会的関係の欠如は心血管疾患や認知症などのリスク要因となるという理由から、治療の一環として引き受けているのだ。
 わたしの脳波を読み取って、合成音声が滑らかに告げた。
「さあ、どのようなご相談でも仰ってください。誠心誠意、まごころをもって承らせていただきます」

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