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ロマンチスト・ワンワン



私の夢、10000匹の犬と暮らす。広い家で、うんと汚くていい。そこは常に犬くさくて、もちろん私も。

小さい犬ばかりを集める。チワワ、ポメラニアン、ペキニーズ⋯眠る時は、子犬も成犬もみんなベッドに集めて、私は犬のお腹に埋もれてぐうぐう眠るのだ。それだけがいい。私はけものくさい中年多頭飼いババアになりたい。

働きたくない。けど、トリマーなら考えてやってもいい。
けものくさい体で職場へ。服は犬の毛だらけで、さらに犬の毛をつけに仕事へ行くのだ。そこで私は問題児のトリマーで、客の犬をそれはもうめちゃくちゃなカットにする。

逆プードルカットとか、犬アザラシカットとか勝手に名前をつけてヘラヘラ犬を撫でまわすのだ。

カンカンになった飼い主に真っ赤な顔で叱られながら私は本当に幸せな気分になろう。ニッコニコでクビになって、犬の元へ出戻る。私はそうしてまた、10000匹の犬と寝るだけの生活をする。

かつての親族友人はとっくに私を見放して、私には犬がすべてで犬も私がすべてだ。犬のご飯も人間のご飯も区別なんかつけずに、好きな時に好きなものを食べていい。ここには人間の毒も犬の毒もある。私たちはどこまでも対等になれる。

床に落ちた食パンに冷蔵庫に入れたドッグフード。私はおもむろに貪ろう。ドッグフードは生臭いが、もうその頃には慣れたものだ。そんな私に犬たちは我も我もと言うように群がってくる。無数の舌が足や腕や顔にぺろぺろと這って、私はくすぐったくて泣いてしまう。

ふふふ、ぐふふ。その涙もぺろぺろと舐めとられて私は本当に幸せだ。

いつか私が死ぬとき、家にいた犬たちは関係なくそれからもどんどん繁殖し、食パンもドッグフードも私の体も栄養にしてむくむく膨れ上がる。やがてその大きな家から弾け出し、街を覆い尽くしていく。

小さな犬で溢れかえった世界には私だけがいないが、犬で溢れかえった世界がそこにある。私はそのためなら、そのためになら、まだ生きてやってもいいよ。

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