最初で最後の依頼
友達と馴染みの店でご飯を食べた。
元々は打ち合わせをする予定だったが、たまたま来店した友達の登場により、なぜだか子供の頃の話に花咲いた。
「昔はよく悪行を働いたよね」
「あの時の記憶って案外残るね」
話していくうちに、ある思い出が蘇ってきたのでそれについて書こうと思う。
あれは小学校一年生だか二年生の頃だ。
僕の通ったいた学校は全校生徒が100人にも満たない小さな学校で、僕のクラスは16人しかいなかった。
それもあってか、男女分け隔てなく仲良く、密接な関係性だった。
そんな中でも、特段仲も良くないが悪いわけではない男の子がいた。Iくんという、少し変わった子だった。
ある日僕は、Iくんに廊下の隅に呼び出された。
「きむらくん、女の裸を描いてくれない?」
マセガキのエロガキである。
当時僕はこの少ないクラスの中で、「絵が上手な子」としてのアイデンティティを確立し、しきりに机で絵を描いていた。好きな漫画のキャラクターや、学級新聞のためのオリジナルキャラクターを作ったり、周りに褒められることが嬉しくてたまらなかった。
そんな僕を見込んで、Iくんは依頼をしてくれた。
人生で初めての絵の依頼で、後にも先にもこんな依頼は最後である。
もちろん僕は初めてと依頼ということもあり快諾した。
Iくんの依頼だったか僕の提案だったか、その絵は折り紙を何度か折った小さな短冊にチビチビと描くことになった。
その日から、僕の"エロ連載"は始まった。
当時セクシャルな物には疎かったものの、なんだか家で描くのは気が引けるので、授業中にノートの上で板書のフリをして描いた。
せっかくの依頼だから、ということでさまざまな種類を描いた。
乳房の大きさ、髪型、表情、ポーズ、小さい頭ながら一生懸命試行を凝らした。
描き溜めた作品たちは、当時の小学生なら誰もが持っていた箱型の筆箱にしまっておき、休み時間になると廊下の隅や教室の隅で彼に渡した。さながら売れっ子作家である。
Iくんは喜び、それを見て僕も満足した。
毎日の授業や休み時間の合間に僕は依頼をこなし、彼をもっと喜ばせようと、フルスイングで絵を描いた。
毎日毎日、来る日も来る日も狂ったように女の裸を描いた。何度も言うが、後にも先にもこんなことはない。
僕も、そしてきっと彼も、充実したエロガキライフをエンジョイしていた。
しかし幸せというものは長く続かない。
Iくんは大胆にも、僕の丹精込めて描いたエロイラストを、授業中に眺めており、それが先生に見つかってしまったのだ。うつつを抜かすにもほどがある。
Iくんは授業の後、担任の先生に呼び出された。
廊下で先生に事情聴取される彼の背中を、僕は物陰で見ていた。
どうやら僕たちのやっていたことは、何かしらのことに抵触する行為であり、非常識極まれることだということが、その時なんとなく感じ取った。
授業中にエロイラストを描くガキ、それを眺めるガキ。そりゃ怒られて当然である。
しかしIくんは立派だった。
僕が描いたということを、吐かなかったのだ。
どんなに先生に聞かれても、彼は僕の名前を出さなかったのだ。
そのおかげか、僕はお咎めなしで、その事件は自然消滅し、何事もなかったかのように時が過ぎた。
こうして僕の、人生で最初で最後の依頼の幕は閉じた。
その後も絵を描き続け、定期的に絵の依頼を受けるものの、こんな依頼は未だ無い。きっと今後も無いだろう。
あの時の彼の依頼が、心に刻み込まれ消えない。
あれからもう20年以上経つ。
もうすっかり疎遠になってしまったが、時々彼との思い出が浮かんでは消えていく。
Iくんは変わらずエロいのだろうか。
そうであってもそうでなくても、彼の再会する折には、自分の描けるとびきりのエロい絵を描いて、渡してあげたいと思う。
また会おうね、Iくん。