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もう一歩、踏み込んでみようか (1)

「もぉええ、早くお迎えが来んかなぁ。。。
こうやって、生きとっても何にもならん。。。
皆に、迷惑をかけるばかりだ。。。」
「婆(ば)さま、また、そんな憎まれ口叩くんだったら、帰るよ。」
私は、傍らに立つ妻に目配せして、立ち上がった。
妻は、「じゃあ、お義母さん、明日、また来るね。」と言って、カーテンに手を掛けた。
私は、それ以上口を開くことなく、病室を後にした。

妻の運転する車の助手席で、「アレやられると、嫌になっちゃうよな。」とぼやいた。
「ねっ。気合を入れて、リハビリに協力しようって、さっき二人で話していたばかりなのにね。」と、妻が応じた。

妻は、病院から車で20分ほどのところにあるコミセンの駐車場に車を止め、そのまま、体操教室のレッスンに向かった。
そして、私は、その駐車場から自宅へ向け、およそ2時間の散歩である。

地下鉄の階段を降り、対角線上にある別の出口の階段を上り、熱田神宮へ繋がる道を黙々と歩いた。思えば、大変な一週間であった。

妻が、初めてお袋の下(しも)の世話をしたときのことを、思い出していた。
ベッドのすぐ脇にある、扉の開けられたトイレの近くに、持ち上げたお袋を降ろすと、「じゃあ向こうへ行って」と妻は、私に言った。
「どうして?俺も手伝うよ。」と返すと、妻がこう言った。
「汚れた下着を取り換えられる、お義母さんの身にもなってよ。」

私は、妻に申し訳ない、嫌なことを一人だけに押し付けるわけにはいかない、と、そんなことしか考えていなかった。妻が指摘した視点は、私にはまったく無かった。

「私よりも、もっと踏み込んだところで、お袋に向き合っているのだ。」
散歩しながら、私は、そう呟いた。

お袋がアレ、つまり、「もぉええ、早くお迎えが来んかなぁ。。。」といういつものセリフを呟いた時のことを、いや、正確には、その直前のことを思い出していた。
お袋のアレを嫌がっている場合ではない。
もう一歩、踏み込んでみるべきなんだ。と気付いた瞬間である。

お袋がアレを言う直前、私は、ベッドの脇の机の上に積み重ねられた書籍について、お袋に語り掛けたのだった。

つづく


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