episode27 輝く5枚のチケット
フランス旅行を経験し、JUNONスーパーボーイコンテストからはもうすでに丸一年が過ぎ、ファッション学生としても左腕に通した針山が、お気に入りのスウォッチよりも様になるようになって来たある日のこと。
僕は餅月さんが紹介してくれたパリのメゾンに就職することを決めたこともあり、作品製作に向かう姿勢が大きく変化していた。
その日は立体裁断でブラウスを作る課題が出ていて、洋裁ピンを数本咥え、立体裁断用のトルソーに生成りの布を夢中でカービングしている、まさにその時だった。
ジーンズの左前ポケットに入れた携帯電話が震え出したので、何の気なしに手にとって画面表示を見みると、03から始まる番号だった。まったく心当たりはなかったものの、東京からの電話ということは、もしかするとJUNONがらみじゃないかと思い至り、でも一体何の話だろうかと考えながら教室のガラス戸を押し開け、その電話に出た。
「はい、もしもし…」
「あ、もしもしー。私、主婦と生活社で」
JUNONの編集部ではなかった。でも東京の番号でそうじゃないとしたら一体どこからの何の電話なのか。僕は、続く言葉を待った。
「私、主婦と生活社で『週刊女性』の副編集長
を務めております川合と申します」
ここで話はまったく分からなくなってしまった。
『週刊女性』といえば、あの電車の車内刷り等で世間を賑わせている雑誌である。だとしたら、なぜただの芸術短大生である僕の元にそんな人から電話がかかってくるのか…。スキャンダルがあるわけでもなし、どう考えても自分と接点があるようには思えなかった。
「『週刊女性』って、あのコンビニの雑誌コー
ナーとかに置いてある、週刊誌のですか?」
「あ、はい。そうです」
「えっと…その方が、僕に一体……?」
「以前ですね、JUNONスーパーボーイコン
テストというものを受けていただいたと思う
んですけど」
「あ、はい。受けましたけど…」
「あのコンテストの記録映像を見て、あなたに
会いたいと言っている映画監督の方がいるん
です。私もお会いしたことはないんですが、
三池崇史さんという、若手で今すごく注目さ
れている方なんですが」
「はぁ」
「つきましてはですね、来週の土曜日なんです
が、東京に来ていただけませんか?」
「え、東京ですか?」
「はい。あ、もちろん交通費はこちらでお出し
します。ですので、新幹線のチケットをお送
りしなきゃいけないこともあって、今お住い
のご住所を」
この時点での僕は、完全に疑心暗鬼だった。
知らない人から電話がかかって来て、しかも自分に会いたいと言ってくれているのは、さらにその人もほとんど知らない誰かだという。東京に来いとは言うものの、東京のどこかさえわかっていない段階で住んでいる家の住所を聞かれている。
「えっと……住所、言わなきゃいけないもんです
か?」
「え? あー、えっと…もちろん立て替えて来て
くださるならこちらでご精算しますよ」
「…どこに行けばいいんですか?」
「あ、場所をお伝えしてなかったですね、失礼
しました。虎ノ門という駅にあるポニーキャ
ニオンビルの7階会議室に来ていただきたい
んです」
またあまりにも有名な、よく知ってる社名が出て来たことで、僕はさらに胡散臭く感じてしまった。
「もしかすると何度か来ていただかなきゃ行け
ないかもしれませんので、5枚綴りの新幹線
回数券をお送りします。ですので、立て替え
て来られる場合はその5枚綴りのものを購入
していただいて、領収書の名義をですね…」
話しながらなんとなく計算していた僕は、「5枚綴り」というワードで完全に意気消沈してしまった。週末にだけアルバイトをしている芸大生にそんなお金があるはずもなく、「立て替える」という選択肢はそこで完全に途絶えてしまった。
仕方がないので、けっして疑念が取れたわけではなかったけど、とりあえず下宿先の住所を伝えることにした。
「わかりました。じゃあ、そのご住所にチケッ
トをお送りさせていただきますね。日時は先
ほどお伝えした通りですので、お時間だけ遅
れないようにお願いいたします」
「はぁ」
「では、失礼いたします」
「はい。ありがとうございます」
何が「ありがとう」なのかはわからなかったけど、とりあえずそう伝えて電話を切った。
なんだかすぐに教室に戻って作業を再開する気にはなれなかったので、教室の前の白い鉄製の階段を登り、屋上へと上がった。
いま一度、人生を振り返りました。こんなどうしようもないやつでも、俳優になり、そして仮面ライダーになることができたという道のりをありのまま書き記しています。 50日で完結するハッピーエンドです。 ぜひ最後まで読んでください✨