episode29 『天然少女萬NEXT』
いざ東京に来ると、目まぐるしいスケジュールが僕を待っていた。フリーの短大生がドラマに出るということはこういうことなのかと、心底痛感することになった。
まずは制作会社のある六本木へ行って、その会社の片隅で顔の型を取りながら作品の内容を説明しましょうという話になった。
顔の型を取る? 石膏やラバーやシリコンを使って何かの型を取る作業自体は、芸大なのでキャンパス内で何度か見たことがあったものの、それは手とか足とか、いわゆる身体の末端をどっぷりとシリコンなりラバーなりに漬け込んで行うものだ。同じ方法では顔の型なんて取れっこない。
「一体どうやるんだろう」と頭の中の不安の種が芽吹き始めた頃、その制作会社へと着いてしまった。
旧防衛省の向かいの路地を少し入ったところにあるそのオフィスで、僕は渡された白いTシャツへと着替え、恐る恐るスタッフさんたちの前に出た。すると、おもむろに何かを手渡された。手元に視線を落とすと、それは一対の短いストローと耳栓だった。
「え? これ何ですか?」と言う言葉をそのまま直訳したような顔をした僕に、作業に当たる職人さんが僕にだけ聞き取れるギリギリの音量で、「息、しないと死んじゃうからさ」と言った。
「…は、はぁ」
やはり僕がイメージしていた通りの型取りだ。どっぷりつける方式に違いない。
するとスタッフさんたちが粛々と準備を始め、僕が座るであろう椅子を中心に、いくつかのバケツや見たこともない器具がずらりと並べられていった。
「顔の型、取るのは?」
「初めてです」
「狭いところは?」
「え?」
「閉所恐怖症とか、ある?」
「あ、あります。 僕、めちゃくちゃ閉所恐怖症
なんです」
嘘ではなかった。僕は小さな頃から公園の石山のトンネルのような閉所が苦手だった。でもこの時は、そう言ったら何か状況が好転するのかと思い、必死で訴えた。
すると、
「そっか。じゃあ、頑張らないとだね」
という言葉が返って来た。この会話、キャッチボールだと思っていたら、野球だったらしい。万事休す、だ。
いま一度、人生を振り返りました。こんなどうしようもないやつでも、俳優になり、そして仮面ライダーになることができたという道のりをありのまま書き記しています。 50日で完結するハッピーエンドです。 ぜひ最後まで読んでください✨