岡山のヨシュア
岡山城の近く、天神地区界隈に山陽放送(RSK)本社の建物があります。あそこにはかつて大きなテーマパークがありました。亜公園という名前で、7階建ての塔、集成閣もありました。
敷地内には如水館という名の写真館もありました。岡山ゆかりのキリシタン大名黒田如水からつけられたネーミング。如水は一説では旧約聖書のヨシュアが由来らしい。英語ではジョシュアですがこれがスペインやポルトガルではじょすいに近い発音になるそうで。
岡山の中心地にヨシュアの名前が刻まれたことになります。このテーマパークを建てたのは材木商の片山儀太郎。明治時代の当時は学校や官庁の建築ラッシュ。木材が飛ぶように売れ、成した財でテーマパークを作るのです。高い塔は話題となり建築費はすぐペイするのですが、わずか5年で閉園した幻のテーマパークです。
この片山儀太郎の息子、片山寿太郎がキリスト教の派である救世軍の社会鍋の活動に参加しています。クリスチャンだったのでしょう。岡山と救世軍の結びつきといえば岡山出身の伝道者山室軍平が有名ですが、寿太郎もおそらくどこかで山室軍平との接点や影響があった気がします。
寿太郎は次男で急逝するのですが、長男の娘婿もキリスト教と接点があります。教師として高梁の順正女学校て働いているのです。キリスト教女子教育を背景として生まれた学校で、現在の高梁高校や吉備国際大学のルーツです。