再編のこと
夕刊は、かつて地球からかけ離れた水たまりでした。
岩佐聡
そして購読者は、水たまりに産卵するアメンボでした。
彼らは選ばれた人に、暴力をふるわれて昨日の、
干からびた卵になることを誇りにするのです。
頬にまだ、作り話をのこしながら、夕刊の記者が、
砂埃のなかから選んできた言葉を駆使した文章の中で、
どうも近頃、美しくなければならないのは、
男性のほうです。誰かのために、不幸を繰り越すことだけ、
考えてしまって来世で、何度も喀血していいと勘違いしている。
そうしている間に届く。公民館に、迷いこむ日光の断片から、
夕刊が、次々とうまれ続ける。不安でつくられている他人が、
ふんだんに含まれている夕刊を、染み込ませた人々がきっと今も、余計に生きている、って知っています。
自殺するとき一瞬だけど、
果物の樹を想像すること。果実の省略できない存在の重さを、
一身に背負わなければならなかったやっぱり人の、成熟するにつれ偶然をよそおうように、
遠いむかしの植物の、死骸から編まれる普段着で、
地上をつくりだしている多くの、遺骨を無視するために、
夕刊は、水中でした。井戸水の柔らかさを、盗作した手で、
三人称を目の奥に潜ませた。掬おうとした水は指の間から、
零れるその瞬間だけ、活字が失われていく。井戸の底では、
未来の淡水魚が、静脈だけで生きている。デボン紀の水の、
リズムで、鱗を一枚ずつ剥いでいければ、魚群も一片の手紙になるという大きな過去。波紋。舌足らずの筆遣いで小さな嘘を、
綴ることをおぼえはじめた頃から、身体から夕刊を、振り払うことができなくなった。送り仮名が一文字ずつ孤独になって、受胎よりもいっそう早く膨らんだのち、産まれてくる男の子がもとめる、
夕刊の、豊満な乳房は、いったいどこで、揺れているのですか。