始まりの刻
人の生まれ出よりはるかな昔。茫洋たる地にはどこまでも続く水平の草原と海原に一個の生き物がいた。それを生き物と言って良いのか…それは男であり女であり人であり動物でもあり悪魔でもあった。風になぶられる髪と体毛は風そのものを具象化したような青。均整の取れた相貌に輝く黄金の瞳。下肢には二対の蹄を持つ獣の足。何者でもなく何者でもある完全者。あるいはそれを神と呼ぶのかもしれない。
何が切掛であったのかはわからない。始まりは白い背中に広がる黒ずみだった。時を追うごとに侵食は広がり苦痛が強まる。遂には禍々しい鉤爪が、翼が生え、翼と鉤爪は己の意志に反して蠢き蹂躙し下肢の体毛も紫に染まりゆく。際限なく続く苦痛と共に一つであったものが分かちゆく。それが思い浮かべるは別離の悲しみか、それとも………。