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19番台のお客様、フィーバーです。

どうも専務佐藤でございます。

最寄り駅まで車で30分以上かかる場所にある当館おおぎ荘ですが、新型コロナウィルスが世界的に拡大する前までは、意外と海外からもインバウンドのお客様がけっこういらっしゃってくださっていました。

ほぼ家族経営でやってる当館に英会話ができるようなシャレた人間など私はじめいません。かろうじて分かる単語、ジェスチャー、グーグル翻訳など駆使してなんとかご接客してました。


今から6年ほど前、香港からワン様(仮名)ご家族が,おじいちゃん、おばあちゃん、ワン様御夫婦、ワン様兄弟夫婦、お子様で10名ほどの団体でご宿泊いたしました。

ワン様は結構コワモテで。でも皆様、とても明るく日本の旅館のマナーなどを知ってらっしゃるなーと好印象のご家族でした。

ただ皆さん日本語は分からず、中国語と英語で会話していました。

英会話なんてできない私にも笑顔ですごいしゃべりかけてくださって。私も精一杯のスマイルとボディーランゲージでご対応していました。



朝食前のことでした。

内線電話が事務所兼厨房にかかってきました。

内線番号19番。

この番号はワン様ご夫婦のお部屋から。


大抵、朝食前に内線電話がかかってくる時は

「朝食何時からですか?」

とか

「チェックアウト何時までですか?」

とかの電話がほとんどです。


(この電話もそのパターンでしょう。)

と僕もたかをくくっていました。

はいはい。この電話を取ったら英語で話しかけられるだろう。

とにかく『ブレックファースト』か『チェックアウト』

この2択!

この単語が出てくるはず。そしたら数字を英語で言った後にオークロックて言えば会話成立。それぐらいだったら英語が2だった俺でもできる。

とにかく朝食かチェックアウト、どっちかの単語が出てくるからそれを聞き逃さないように。


耳を澄ませろ。全神経を耳に集中させろ。そうだ。目も瞑ったほうが耳に集中できる。

いざっ!

私は意気込んで受話器を取りました。


私「はい、フロントでごz」


ワン様「グッモーニン。アーペラペラペラペラペラペラペラぺらぺらぺらぺらぺらぺらぺらperaperapera…。」






何も聞き取れなかった。

もうほんと申し訳ない。白目むいてた。

いや、かろうじてgood morningだけは聞き取れたよ。

ただあとはもうスピードラーニング状態。右から左に聞き流すだけ。


ワン様は電話で早口だった。高校生のときカッコつけて聞いたエミネムのラップかな?て感じで聞き流した。

私はそっと受話器を置いた。

隣には母である女将がいた。


母女将「なんて電話?」

私「分からん。もしかしたらラップバトルしようぜ!って言われたのかも。」

母女将「はっ?」



今の電話は何だったんだろう。気になった私はワン様のお部屋に向かおうと思い厨房を飛び出した。


すでにワン様が厨房の前まで来ていた。


私の顔を見るなりラップバトルが始まった。

先攻はワン様のターン。

ワン様「peraperaperaperapera!」

後攻、私のターン。

私「ソーリー。アイキャントスピークイングリッシュ。スローリープリーズ。」

ワン様「peraperaperaperaperapera!」

私「スローリープリーズ。」

ワン様「perapera…pera…。」

私「アイキャントスピークイングリッシュ!」

ワン様「peraperaperaperabaka!(エイゴワカレヤ!バカ!)」

私(あれ今バカって言った!?バカって言ってる?ワン様の心の声が聞こえた気がした。)




業をにやしたワン様は今度はジェスチャー付きでゆっくりとしゃべってくれた。

おでこに手を当てながら

ワン様「my   daughter     is      fever!」

キョトンとしている私にワン様はさらにゆっくりと

ワン様「マイ  ドーター  イズ   フィーバー!」

ここで私は気付いた。


あっ!フィーバーって言ってる!!!パチンコとかで当たったときだ!


さらにワン様は

「HOT!!HOT!!!」


藤井隆みたいにホットホットって言っている。

私はここでピーンときた。


私なりにワン様の言いたい事を頭のなかで和訳した。


『温泉が気持ちよくて最高だ!俺の体の一部がホットホット!!ホットホット!もうフィーバーだよ!』



なーんだ。温泉最高って言ってるんだ。もう焦らせんなよ!そんな藤井隆まで知ってるなんてワン様ったら本当に日本通なんだから。まあでも何か返答しなければいけない。新喜劇みたいに俺もホットホットってしてやろうか。いやしかしまだ朝の7時だ。夜ならまだしも朝っぱちからそんなテンションにはなれない。

そういえばフィーバーって言ってたな。パチンコでフィーバーってなったときはおめでたいって事だ。て事はおめでとうって返すのが正解だ。何て言うんだったっけ?

えーと。そうだ。これだ。

私は満面の笑みで親指を突き立て、こう言った。


『コングラッチュレーション!』


ちょっと英語喋れる感も出そうとして舌も巻いた。

どうよ。このアンサー。自信満々のドヤ顔でワン様の顔を見つめる。


ワン様はガッカリしている。期待していたアンサーと違っているって顔だ。


(えーーー、違うの?藤井隆が正解?朝7時にホットホットが正解だったの?)

私はまた焦った。

私「ジャ、ジャストアモーメントプリーズ。」

ポケットのスマホを取り出しGoogle翻訳でフィーバーという単語を調べた。



fever      意味  熱(もしくは熱がある。)



一瞬で血の気が引いた。

daughterも続けて翻訳した。娘という意味だった。


つまりワン様はこう言っていたのだ。

『私の娘が熱を出している!!』


異国の地、しかも周囲に何も無い山奥で5歳ほどの娘さんが熱を出している。その胸中は察するに余りある。

しかも目の前のこの日本人は、アホだ。

股間に手を当てホットホットとかいうジェスチャーをしようかとしている。

さらには熱があると伝えたら「コングラッチュレーション!(おめでとう。)」とかほざいて親指を突き立てている。


これは殴られてもおかしくない。

むしろ俺だったらこの目の前のアホの日本人を秒で殴っている。

ワン様の寛大な心に救われた。

「す、す、す、すいませんでしたーーー!!!」

私は急いで最寄りの救急病院に電話して、私の車に乗せて病院へ連れて行った。

先程の失策を取り戻そうと必死で病院にも付き添った。

ワン様は日本語が分からない。病院でも言葉に苦労するだろう。私は英語ができるふりしてお医者さんの横で通訳っぽい位置に立っていた。


「お客様はフィーバーって言ってますが、おめでたい事じゃ無いんです!!!」

とか受付とかお医者さんに言って焦ってた。

お医者さんは当たり前だが英語がペラペラだった。ワン様と談笑していた。

通訳っぽい位置にいる事に気付いた私は恥ずかしくなってそーっと部屋から出てソファーのある待合室に座って待っていた。

すると、ワン様が隣に座って笑顔で缶コーヒーを渡してきた。

スマホの翻訳機能を使って私に喋りかけてきた。

「ありがとう。」

「嬉しかった。」

「君も子どもはいるのかい?」

私も翻訳機能を使って返答した。

「今は2人います。そして3人目が今度産まれるんだ。」

ワン様は笑顔でこう言った。


「コングラッチュレーション!」

これが私が正しいコングラッチュレーションの使い方をを学んだ瞬間だった。

ではでは。


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