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手相家・Palmreader 2 「学び」

今日は月刊誌「フォトコン」さんの連載企画「写真家の手相拝見します!」の取材日で日本写真企画さんへ。桜も一部咲き出した暖かで良い一日だった。

今回の写真家は女流写真家 喜多規子さん。各コンテストで素晴らしい結果を収め、現在はプロとして華々しいご活躍をされてらっしゃるが、そのワケもなるほど手相にしっかり出てらっしゃったと思う。

この企画ももう3年目に入るが今日は面白いことに気づいた。鑑定時いつも同行する編集長がだんだん手相に詳しくなってきてるのだ(笑)。

ペンライトを当ててみないとわからないような細かな相や線もちゃんと見えてるようだし、複雑難解な手相にも理論立てて理解していこうとする姿勢は素晴らしい! だからこちらもつい詳しく解説したくなる。

実はこういうことは習い事の世界においては結構多いことのようだ。直接習う生徒ではなくても、スタッフとか担当者でずっとその先生のそばにいることで自然と学習、習得してしまうパターン。習いに来る生徒よりも詳しかったりするケースだ。

先生の近くにいればいるほど学びは進むもの。

習い事、セミナーなどに参加する場合、前3列までにいるのといないのとでは全然違うといわれている。先生は優秀だから先生であるわけだが、その教えよりも、それを習得に至った先生の波動をいただくというのか、そこを学ぶという考え。

大人になればなるほど、恥ずかしいとか、遠慮がちに…という気持ちが働きがちで、後ろや端に向かいがちだが、そういう臆した気持ではすでに負けてしまっている。

セミナーやレッスンが始まる前から一番前で目をぎらつかせる、あるいはそこまでしなくてもいいが(笑)、秘めた情熱、闘志、あと案外、図々しさなんてのも大事で、気持ちなんだけども、そういう攻めの姿勢があると学びのレベルは一段と上がってくる。

関係ないかもしれないがこんな話を聞いたことがある。真意はどうか知らない。でも、なるほどと思って今だに覚えている。

「お釈迦様はどんな人から救うのか? それは近くにいる人からだ。立派な行いや考えを持っていたとしても、離れているところにいれば救いようがない。」

愚直だけど「そばにいる」ということは大変大事でまた難しいことでもある・・・。

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