編む。着る。自己表現はもっと身近にある/第59回
服は着るものでしかなかったし、どちらかというと日用品にカテゴライズされてたんだけど、
服は編むものでもあることや、自分を表現するアートなんだということを、こうして作り手の想いや伝統や文化と共に眺めていると、そう感じられて。
ニットデザイナー三國万里子さんの個展に行きました。手編みのニットにこだわり、ほぼ日で記事を書いたり本を出したりもされてる方。
僕も今回の個展で初めて知りました。
ニットを床に並べてるだけのはずなのに、すごくいいんです。
服がアートだなんて、言葉で言うと陳腐なんだけど、初めて実感がともなったのは、「服をつくるプロセス」との接点が、僕の日々に一切なかったからだと気づきました。
本当になかった。
僕がファッションに疎いけど、それとは別の話で。
表現の手段が乏しいことに悩んで、学生時代に楽器触ったり、宮崎時代に絵画教室に通ったりしたけども、
(結果継続もしなかったけども)
例えば、身近な着るという行為ひとつでも、
ああ、表現なんだなと。
最近読んだ本で、消費という表現について書かかれていたけどそれも同じで、表現コンプレックスだった自分が馬鹿らしく感じた時間でした。
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