女子に見栄を張る男子と、食欲を抑えられない男子

「ミカンがない‥‥。ああ、ぼくの、ぼくのミカンがない!」

 カズが雀が鳴くような消え入りそうな声で騒ぎ始めたのは、シートを敷いた木陰にジュンが戻ってきたときだった。

「ミカン? あの弁当の上に載ってたやつ?」

 仕方なく心配してやったジュンの気遣いすら、動転したカズには届かない。わけのわからない独り言を呪文のようにぼやきながら、そこら中のリュックやらシートやらをひっくり返している。

「おい、おいって。ミカンがどうしたってんだ?」

「ああ、ああジュンか。なあ、ぼくのミカンを知らないか?」

「食べたんじゃないのか?」

「食べた? そうだ、そうとも。今頃ぼくはあのミカンを美味しく戴いているはずだった。遠足最後の楽しみ、片付け前のデザートってやつを!」

 ジュンは感心した。普段から食い意地の張るやつだとは思っていたが、ミカン一つでここまで狼狽できるとは大したものだ。無論、そのことへのシンパシーなど皆無ではあったが。

 ちょうどそこへマモルとケンタが戻ってきた。何やら騒がしいカズの様子を見てトラブルを期待しているマモルのにやけ顔とは対照的に、ケンタの方は面倒は御免だと言わんばかりの仏頂面だ。

「おいおいなんだ? 何があった?」

 大事件を期待しているマモルに申し訳なく思いながら(もちろん本当はそんなことはどうでもいい)ため息混じりに説明した。

「何だって? ミカン? おいカズ! お前それちっともおもしろくないぞ」

 遠足終わりのカズの一発芸だと勘違いしたマモルが、もしそうであっても辛辣であろう言葉を投げた。

「違うよマモル。見ろよ、ありゃマジだ。あいつの食い意地さ。ああなんて面倒くさいやつ」

ケンタが首を振りながら、残念そうな仕草をしてみせた。

「何? 本気なのか? うっひゃー、やばいお方だな」

 二人がカズをひそひそと揶揄していると、タカヒロも戻ってきた。

「今日は本当暑いね。いい木陰に陣取れてよかった。やっぱりここは涼しいよ」

 今日この場所を選んだのはタカヒロだった。さりげなく自分の業績を自賛するタカヒロの表情は、発言通り涼しげで、相変わらずの澄まし顔だった。

「ん? なあカズ、いったいどうしたんだい?」

 ふと気づくとカズは、両足を深く曲げた体育座りといった格好で、あからさまに、少しばかり腹が立つほど露骨にいじけていた。

「おいカズどけ! シート片付けるぞ」

「カズ、もう面倒はよしてくれ。せっかく楽しい遠足だったんだ」

マモルとケンタは、ミカンの件にまるで触れようとしない。

「違うぞケンタ。先生達も言うだろ? 家に帰るまでが遠足さ」

「おいおいマモル、バスでまた騒ごうっての? もう行くときにさんざん怒られたじゃないか。ぼくは面倒なく楽しい家路を期待するな」

「そんなんじゃシュールじゃないだろ? まあおれに任しとけって。」

「またマモルのそれだよ。根拠もないくせに」

 マモルとケンタが意義のない会話に勤しんでいる間に、ジュンは二度目の説明をした。説明する度に馬鹿らしさが増すような気がしていたが、タカヒロからは返ってきた返事は意外だった。

「そういうことか。正直、ミカン一つであそこまで落ち込む気持ちはぼくにもわからない。でもきっと、それはぼくらにとっては些細なことでも、カズにとってはそうじゃないんだよ。カズは傷ついているんだ。一緒に探そう」

 暫し呆然とした。寛容とはまさにこういうことなのだと感じた。とはいえ、カズに話しかけるタカヒロの様子を見ながら、でも、たかだかミカンじゃん、というわだかまりは依然として捨てられなかった。

「ねえ、カズ。もう一度一緒に探そう」

 カズは悲痛な面持ちの顔を上げると、かぶりを振ってまた顔をうずめた。

「もう全部探したさ。どこにもありゃしない。そうさ、きっと誰かが盗み食いしたんだ。そうに決まってる!」

「すぐに人を疑うのはよくない。カズ、人を信じられなくなったらおしまいだよ。あのね、神様はね‥‥」

 ジュンは少々寒気がした。タカヒロの性格はよく知っているが、最近は聖者ぶった言動に更なる磨きがかかっている。クラスの噂では、家族ぐるみで怪しげな宗教団体に入っているとか。

 マモルとケンタもタカヒロの様子に同じようなことを感じたらしい。微動だにしないタカヒロに諦めの色を浮かべたマモルが言った。

「わかったわかった。ドンマイだったよ、カズ。お前は誰かにミカンを食われたんだ。不憫に思う。まあでも生きてりゃそんなこともあるわ。おれなんか帰ったら兄貴がおれの分の夕飯食っちまってたことがあったぞ」

「それは前日お前が兄貴の飯を食った仕返しだろ」

 ケンタが呆れたように言う。

「まあ世の中そういうもんなのさ。ミカンも然り。誰が食うかは時の運」

 周囲を見渡すと、同学年の子らがビニル袋片手にゴミ拾いを始めている。このままグズグズしていてはまた先生の喝が飛んでしまう。ジュンは言った。

「カズ、じゃあどうしたら満足なんだ? どうしたってもうミカンはないんだ。諦めるしかないよ」

 カズは急に顔を上げて立ち上がると、4人を見回して吐き捨てるように言った。

「今日ぼくがミカンを持ってきたこと、弁当の上に置いたまま風呂敷をかぶせて隠していたことを知っているのは、ここの4人だけなんだ。ぼくは真犯人を突き止めたい」

「なんてことを! 友達を疑うなんて!」

 タカヒロの聖者というかもはや胡散臭いだけの芝居じみた声は無視して、ジュンは了承した。

「わかった。そうしよう。そしたら満足だな? その犯人の謝罪の言葉が望みなんだな?」

 ジュンが受け入れたように言うと、ケンタが驚いたように返した。

「おいジュン、真に受けてどうするよ。そんなの野良猫とかかもしれないじゃないか」

「いや、おれもこの中に犯人がいる気がする。カズはしっかり隠していた」

 面白そうだと感じたのか、マモルが嬉々として声を上げた。

「よーし。どうせゴミ拾いなんかする気なかったんだ。犯人を探そうぜ」

「ぼくは意味ないと思うけどね。疑い合うなんて愚かしいよ」

 タカヒロが不服そうに言う。

「おいおいタカヒロ。そんなこと言ってお前が犯人なんじゃないのか? 疑われるような発言は避けた方がいいぞ」

「‥‥。いいよわかった。口は災いの元だ。ここはカズの気の済むようにしよう」

「そうだよ。そう、カズのためさ。さあ、順序立てて考えよう。カズ、弁当を食い終わって遊びに行くとき、ミカンはちゃんとあったんだな?」

「‥‥うん。あったよ。確実に」

 カズは先程の悲嘆さは忘れたのか、犯人探しの成り行きを楽しんでいるように見え、シートをどけた芝生の上にあぐらをかいている。

「じゃそれ以降の自由時間に盗られたってことだな。だいたい犯行推定時刻はこの約2時間の間か‥‥」

 ジュンが続いて言った。

「みんなばらばらに外で遊んでたよ。こっそり戻ってくるのは可能なわけだ」

「そんな、わざわざミカンのために?」

 とケンタ。

「いや、今はそこは問題じゃない。ミカンはどうでもいい。犯人が知りたいんだ。よし、一人ずつアリバイを言っていこう。まず‥‥」

「ぼくから言おう」

 ジュンの話を遮って語り出したのはタカヒロだった。

「‥‥そうか。じゃ、どうぞ」

「昼食後、ぼくはずっと鬼ごっこをしていたんだ。そうだよね、カズ」

 タカヒロに確認されて、カズがおもむろに頷く。

「ぼくとカズは鬼ごっこをしていた。でもみんな個人行動だから、何も証明はできないかな」

 そこでジュンは重要な質問をした。

「あのさ、カズとタカヒロは鬼になった?」

「ぼくは、‥‥たしか半ばくらいで捕まって、それからずっと鬼だったな。どうにもみんな走るの速くて」

 タカヒロが答えた。

「鬼の時間が長かったんなら、行動は比較的自由だよな。捕まる心配がないんだから」

 猜疑心剥き出しのマモルが突っかかる。

「それは、ただの可能性の問題であって、鬼じゃなくてもできることだよ」

 ジュンは冷静に反論した。

「そう、可能性だ。でもそれが大事なのさ。ところでカズ、お前はどうだった?」

 マモルは猜疑心を隠そうともしない。

「ぼく? まあぼくは一度も捕まらなかったけど。なんでぼくに聞くの?」

「お前の自作自演だって可能性もあるだろ?」

「なっ、何を言うんだよ! そんなことしてぼくが何の得をするっていうんだ」

「ただの可能性だよ。おれはまだお前の一発芸論を捨てちゃいない」

 マモルは状況を満喫しているようだった。

「というか、ぼく、タカヒロが鬼に捕まるとこ見たよ。時間もちょうど半ばぐらいだったから、まあ、今タカヒロが言ったことは間違いないね」

 興味のなさそうにケンタが言う。

「そうか、それだよ、そういうの待ってたんだ! なんかそれっぽくなってきたぞ。えー、ケンタ君。そのときの様子をできるだけ鮮明に話してくれたまえ」

 マモルが嬉々として場を仕切り始めて、ジュンはため息をついた。

 ジュンは改めて4人を見回した。見るからに楽しげなマモル。自分を疑われて落ち込んでいるカズ。面倒くさそうに話すケンタ。表情を硬くしているタカヒロ。ん? タカヒロ?

「タカヒロ、おい、大丈夫か?」

「え? ああ、なんかこういう懐疑的な話し合いは好きじゃなくて」

「またマモルに言われるぞ」

「そうだね」

 ケンタが静かに話しだした。

「自由時間、ぼくはずっとドッチボールをしてたろ? マモルとジュンも一緒だった」

 マモルとジュンは頷いた。

「で、途中でコートチェンジしたじゃん? そのときぼくがトイレに行ったの覚えてる?」

「そうだったか? ジュン、お前覚えてるか?」

「ああ、うん。確かに、ケンタがトイレの方へ行くのは見た」

「まあそれで用を済まして急いで戻ろうと走っていたところで、ぼくは人とぶつかったんだ。二人ともその勢いで転んでね。そいつは慌てて起き上がったけど、後ろから走ってきた鬼にタッチされた」

 ケンタは丁寧に説明した。ジュンは状況を察した。

「それがタカヒロだった、ってわけだ」

「そういうこと。だよな、タカヒロ」

「うん。そうだよ。そのままずっと鬼だった」

 タカヒロは同意した。

「でもそれなら、トイレに行きがてらこっそりミカンを‥‥、なんてのもできるよな」

マモルがケンタを怪しむように言った。

「マモルならそうくると思ったよ。でもそういう風に言ったら、ジュンだって随分怪しいもんだよ」

「ん? ジュンもトイレ行ったのか?」

「え? いや、おれは行ってないけど。それこそずっとドッチボールしてたよ」

 自分に矛先が向けられて少し慌てたジュンは、急いで弁明した。

「そうだよ。ジュンは途中で一度も抜けてない。でもさ、ジュンが外野にいるとき、ボールがぼくらのシートの方に飛んで行ったことがあったじゃん。あのときボール追いかけていったの、ジュンだよね?」

「なるほど、確かにそうだ。それはおれも見てた」

「あ、あれは外野の三人で誰が取りに行くかで揉めて、結局ジャンケンで負けたおれが‥‥」

 ジュンの話は途中で遮られた。

「そうだ、そうだった。お前ら外野がやたら揉めて時間を食うから、取りに行った姿まで誰もちゃんと見ていないんだ」

 核心を得たとでも言いたげに、マモルは満足そう笑みを浮かべている。

「ジュン、実際、シートのところまで行ったの?」

 タカヒロまでもがジュンに疑いの目を向ける。

「そりゃ、一応ここには来たけど、おれはボールを取っただけで‥‥。なあ、これも可能性の一つに過ぎないじゃないか」

「いや、今のところこの5人の中で、確実にこのシートのところまで来たのはジュンだけなんだ」

ケンタが淡々と続けた。

「そんな‥‥」

「ジュン? ジュンがぼくのミカンを?」

 カズの瞳は、懐疑の色から憤怒の色へ変わりかけている。

「ち、違うよ。おれじゃない。おれじゃないってば」

 4人の視線がジュンに向けられる。違う、違うよ。おれじゃない‥‥。

「こら! そこの5人!」

 振り返ると、口うるさいことで評判の担任のマチコ先生が、大声で注意しながら走り寄ってくる。

「まったく、ちゃんとゴミ拾いに参加しなさい! さあ、早くシートを片付けて」

「先生、聞いてくれよ。それどころじゃないんだ」

 マモルがミカンに関する一部始終を説明する。その内容に、ジュンが一番怪しいという匂いを漂わせて。

「あら、でもジュン君がボールを取りにきたところなら、先生見たわよ」

「えっ? 先生はジュンを見たの? ジュンはどうしてた?」

「どうって、ボールを取ったら一目散に駆けて行ったわ。だから、ジュン君がそのときカズ君のミカンを盗ったっていうのは違うと思うけど」

「先生はどうしてジュンがボールを取るところを見てたのですか?」

 タカヒロが訊いた。

「どうしてって、カラスが心配で見回りをしてたのよ」

「なあんだ、そうなのか‥‥」

 マモルが露骨に残念がるので、ジュンは少し頭にきた。

「なんだよマモル。だからおれじゃないって言ったろ。根拠もなく人を疑いやがって。そういうお前が犯人なんじゃないのか?」

「なんだと! おれは論理的に推理しただけだ。言いがかりはやめろ」

「本当にそうか? カズが落ち込んでいるのを見て、お前は始終楽しそうにしてたもんなあ。探偵気取りで喜んじゃって。それこそ、お前の自作自演じゃないのか?」

 ジュンは声のトーンを上げてマモルを責めた。

「ジュンお前、ふざけんじゃねえぞ」

「二人ともやめなさい! この5人の誰かが犯人だとは限らないでしょう。カズ君には後でアイスでも買ってあげます。それでいいですね、カズ君?」

「は、はい! あの、ぼくガリガリ君がいいです」

 カズは数分前のいじけた表情とは打って変わって、両目をきらきら輝かせている。

「はあ。だから言ったじゃん。面倒になるだけだって」

 ケンタが吐き捨てるように言った。

「結局、猜疑心からは何も生まれないってことだね」

 タカヒロはなぜか得意顔である。

「けっ。もうどうでもいいぜミカンなんか。だいたい、カズ、お前があんなに騒ぐからいけないんだぞ」

「う、うん。ごめん」

「あっさりごめんかよ。さっさとアイスでも買ってもらえよ」

「こらマモル君、カズ君を責めない。カズ君は被害者なのよ」

「被害者ってたかだかミカン‥‥」

「マモル、自分にとっては些細なことが、他人にとってはそうじゃないことが‥‥」

 タカヒロのご高説が始まりそうになったので、マモルが先に折れた。

「あーもうわかった、わかったよタカヒロ。もっと寛容になります、なりますよ」

「さあみんな、もうほとんど時間はないけど、ちゃんとゴミ拾いをするのよ」

 先生の指示で、みな渋々とゴミ拾いを始めた。

 帰りのバスの中。予想通りの喧騒に、バス酔いしかかっているジュンは眉をしかめる。加えて、ジュンはミカンの件について納得できていなかった。絶対この5人の中に犯人がいるのだ。絶対に。

 バスの後部席では、マモルを中心に大騒ぎする男女の姿がある。アイスを片手に嬉しそうにしているカズの姿もその中に見受けられる。何かのゲームをしているようで、ゲームに負けた男子の一人が一発芸を強制させられて困り顔をしているのが見える。

 タカヒロは一つの前の席の女の子たち二人と何やら楽しそうに喋っている。最近よく話している子たちだ。どうせまた宗教勧誘でもしているんだろう。行きのバスでは喧騒に参加していたケンタは疲労感を素直に受け止めて、一人前の方の席で目を閉じている。眠っているように見えるが、恐らく狸寝入りだろう。何かとクールぶるやつなのだ。

 一通り4人の様子を確認したが、みんなそれぞれいつも通りである。かくいうジュンもいつも通りバス酔いして前方の座席でうなだれているから、まさに変哲のない遠足帰りといった具合である。

 頭痛と吐き気に悩まされるうちに、もはや犯人などどうでもよいことのように思えてきた。結局カズはアイスを買ってもらえて大満足だし、マモルが調子に乗るのは今に始まったことじゃない。タカヒロの聖者ぶりもケンタの面倒くさがりも、よく見慣れたものだった。怪しいといえばみんな怪しい。

 もういいや。

 ジュンは考えるのをやめて、後部席に向けて喝を飛ばすマチコ先生の様子をぼーっと眺めていた。

 

「昨日おかしいっぱい残っちゃった」

「わかるわかるー、わたしもー」

「そんなに食べないのわかっているのに、どうしても買いすぎちゃうよねー」

 翌朝の靴箱で上靴を取り出していると、きわめてありがちなガールズトークが聞こえてきた。

「‥‥てゆーかミホ、あの人とは実際どうなの?」

「もうやめてよー。向こうからやたら話しかけてくるだけだし」

 右足の踵を左足の靴に引っ掛けて順に下靴を脱ぐ。

「えー、でもまんざらでもなさそうじゃん」

 同じようにして左足も脱ぎながら、手に取った上靴を床に下ろす。

「そんなことないよー。昨日だって本当びっくりしたんだから」

「えっ、何? どんなどんな?」

 右足のつま先を床に向け、素早く上靴に入れる。

「そこまでする? って感じよ、もう」

「はやく教えてよー」

 右足を曲げて手の人差し指を引っかけ、踵までしっかりと入れる。

「だってね、昨日の自由時間遊んでたらね‥‥」

 ジュンはゆっくりと左足に靴を履かせながら、しばらく聞き耳を立てていた。なるほど、そういうことか。つまり犯人は嘘を最初についたアイツなわけだ。

 一刻も早く真相を話したかった。靴を片付けて急いで駆け出した。

 危うく転びかけた。

 足元を見ると、左足だけ下靴になっている。聞き耳を立てるのに夢中になりすぎて、左足だけ脱いだばかりの下靴にそのまま履き直してしまったようだ。下靴から伸びるほどけた靴紐に引っかかって躓いてしまった。

「ねえ、左足、間違ってるよ」

 振り返ると、先程の女の子たちがこっちを見てくすくすと笑っている。今のはミホと呼ばれていた子の声のようだ。

 なるほど確かに、可愛いもんだ。

 ジュンは心から納得した。

「なんだよジュン、貴重な昼休みにわざわざ呼び集めて」

 マモルは不服な気持ちをあらわにしている。

「昨日のことか? もういいじゃんあんなの」

 ケンタは昨日以上に面倒くさそうだ。

 カズはそれぞれの顔を見回しながらきょとんとしている。

 タカヒロの表情がまた硬くなっているのを、ジュンは見てとった。

「安心しろよタカヒロ、取って食ったりはしないから」

「だから、もう疑い合いはよそうって……」

「そうだね。誰も嘘をついてないならね」

 ここら辺でしばしの沈黙が降りる予定だったのだが、昨日のことをまだ根に持っているらしいマモルに破られた。

「なんだなんだ? お前こそ探偵気取りじゃねえか」

 思わずため息が出る。

「まあ、聞けよ」

 ジュンは一呼吸だけ間を置くと、真相に口火を切った。

「昨日の自由時間、カズのミカンが盗まれた。だからおれらはそれぞれアリバイを言っていった」

「そしたらお前が一番怪しかった」

 マモルが嫌みったらしく言った。

「でもそれは、マチコ先生の発言で違うとわかったよ」

 そう口にしたカズは、マモルに一睨みされて再び閉口してしまった。

「とにかく、あのアリバイの中に一つだけ嘘があることが今朝わかったんだ」

「今朝?」 

 ケンタが不思議がる。

「どういうこと?」

「ミホさんが話しているのを聞いたんだ」

「ミホ? 誰だそいつ? 他のクラスか?」

 マモルがぶっきらぼうに言った。

「同じクラスだよ。城ケ丘さんっていえばわかるでしょ」

 すかさずタカヒロが口を開いた。

「ああ、あいつね。でもタカヒロ、なんでお前フルネーム知ってんだ? クラス替えしたばかりなのに」

 マモルが面白そうに笑う。

「たまたま覚えてただけだよ」

 タカヒロの顔がみるみる赤くなる。

「城ケ丘さんがどうかしたの?」

 マモルの耳に届かないような声で、カズがおそるおそる訊いた。

「ミホさんは、昨日カズやタカヒロたちと一緒に鬼ごっこをしていたんだ。そして、ぶつかって転んだタカヒロにタッチしたのが、城ケ丘さんだ」

 タカヒロは赤面したま表情を硬くしている。要領が掴めないマモルが苛立ち始めた。

「だから何なんだよ」

「ぶつかった相手も、城ケ丘さんだったんだ」

 今度は予定通り沈黙が降りた。タカヒロは赤面したままで、カズはわけがわからずきょとんとしたままだ。マモルはだいたい状況が把握できたようで驚いた顔をしており、ケンタは相変わらず澄まし顔を通している。

「タカヒロは走っている途中で、城ケ丘さんと出くわし、ぶつかった。そして、城ケ丘さんに、自分をタッチするように言ったんだ。タカヒロの真意はともかくね」

「い、いやそれは、ただ、慈悲の心を持って‥‥」

「おいおい、要するに、意中の女の子に優しさをアピールしたわけだ」

マモルが茶化すように言った。

 間を置いて、タカヒロがこっくりと頷いた。

「でもそれって、優しさなの?」

 カズの無邪気な質問が、タカヒロに更なる追撃を与えた。タカヒロは完全に下を向いてしまっている。

「‥‥まあ、城ケ丘さんも困ったと言っていたから、うん、もっと違うアピールをした方がいいかな」

「おいタカヒロ、お前宗教勧誘に見せかけて、こっそり女子を口説いてたのかよ。ってことは、嘘をついたお前が犯人だな!」

 マモルの単純細胞さに、ジュンは呆れて言葉に窮した。思ったように事が進まないもんだ。

「マモル、違うよ。たぶんタカヒロじゃない」

 ジュンの気持ちを察したカズが勇敢にマモルに意見した。

「何? だってこいつが嘘をついたんだぞ」

「もう一人、もう一人嘘つきがいるよ」

「もう一人? ‥‥あっ」

 4人の視線が一斉にケンタの方を向いた。

「ケンタはトイレの帰りにタカヒロとぶつかったと嘘をついたんだ。そうすれば、自分の行動の証人ができて、比較的怪しまれないからな」

 ジュンは静かに話を続けた。

「そうか。じゃあタカヒロが城ヶ丘さんから鬼役を譲り受けたことを知っていたんだな」

 マモルも全てを察したようだった。

「たぶん、トイレから出たときにでも偶然見てしまったんだろう。ケンタは自分のアリバイをつくるために、タカヒロとぶつかったという嘘をついた。城ケ丘さんとのやりとりをみんなに知られたくないタカヒロは、ケンタのついた嘘に乗っかるしかなかった」

「そんな……」

 カズが困惑しながらケンタに視線を向ける。

「自分以外にも嘘つきをつくるだけで真相はわかりにくくなる。ケンタが『タカヒロが人とぶつかったところを見た』と言ったとき、確かにタカヒロの様子がおかしかった。そのときに気づくべきだったんだ。タカヒロはそのときに初めて、城ケ丘さんに鬼を譲ったところをケンタに見られていたのだと知ったんだ」

 ジュンの説明にも、ケンタはじっと口を閉ざしたまま、顔色一つ変える気配がない。

「ケンタ! お前がぼくのミカンを食べたのか?」

 カズが怒りの声を上げた。

「おいケンタ、カズに謝れよ。何だってわざわざ他人のミカンを‥‥。それにタカヒロにも!」

 マモルが当惑した表情をしながらも、ケンタに言及した。

 それでもケンタは微動だにしない。

「なあ、ケンタ。他の人には言わないでおいてやるから教えてくれ。どうしていつもクールなお前が、こんな卑しい行動を、しかも人の弱みを利用してまで‥‥。なぜなんだ?」

 ジュンが尋ねると、何か大事な糸がぷっつんと切れたかのように、ケンタは膝から崩れ落ちた。

「ケンタ?」

 カズの瞳が、憤怒の色から当惑の色に変わっていく。

 ケンタはついにはおいおいと泣き出した。

「だって、だって、ミカン、美味しそうだったんだもん!」

   END

 

 

 

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