あの豪雨から一年。滋賀県主催「高時川濁水問題に関する報告会」に参加して(解説・レポート・感想)
昨年(2022年)の8月4日から5日にかけて高時川源流域で豪雨があった後、高時川では濁水がながらく続いている。この問題について昨日(2023年8月9日)、滋賀県庁主催の「高時川濁水問題に関する報告会」が長浜市高月市所で開催され、出席してきた。
この報告会に至る経緯の整理と、この日の記録、そして今、感じていることを記しておく。
※引用した発言は、メモと記憶を元にしており、録音からの書き起こしではない。そのため、実際の発言とは仔細は異なっていることを予めお断りする。
この日に至るまでの経緯
まずは、状況の概要をかいつまんで解説しておく。すでに事情をご存じの方は、読み飛ばしていただいて構わない。
長引く高時川の濁水と「旧ベルクスキー場跡」
約1年前の2022年8月4日から5日にかけ、高時川源流域で記録的な豪雨 があり、洪水が発生した。
その後、10日経っても、20日経っても、1ヶ月経っても、まったく濁りがひかない、という異常な状況が続いた。
僕はこの間、幾度も現場に足を運ぶと共に、現地で自発的に調査をしてくれている知人たちと日々、情報共有を進めて原因究明を進めた。また、県庁の知り合いの職員さんも通じ、情報収集にあたっていた。
そして9月の初頭には、
・旧ベルクスキー場跡から大量の土砂流出が生じていたこと
・それ以外の箇所で同規模の土砂流出は確認されなかったこと
が明らかとなり、このスキー場跡地からの土砂流出が主たる原因である、という推測が立った。
併せて関連の文献もあたった結果、熊本県川辺川、高知県物部川、石川県手取川でも過去に大規模な土砂崩落があった後、同様に長期(5年10年単位)で濁水の長期化が起きていることも知った。
その後、しばらく雨が減り、スキー場跡から流出する土砂も減っていったが、本流の濁水は9月も10月も、そして11月まで続いた(そして今も雨が降ればすぐに濁り、それも長期に渡って続く状況が改善していない)。
知人の細かな観察記録と、これらの文献から得た知見などを勘案していくと、
・昨年の8月豪雨でスキー場跡から流出した大量の土砂が本流の河床に堆積しており、それが雨の度に少しずつ流れ出ている(そして今もたまったままになっている)
・また、スキー場跡にはまだまだ土砂が残っていて、大雨のたびにさらに流出をする状況は変わっていない
ということも推測された。
(この観察の仔細については、すみつなぐ高時川代表の子林葉さんが現地の写真や動画を使って説明をした動画のアーカイブに詳しい)
(あと、"そもそも高時川ってどんな川?" "スキー場跡地ってどこにあるの?"という方には、僕が書いた高時川の概要解説がいくらか役に立つかと思う)
県庁の認識と動き
僕と仲間はまず、この状況認識について、河川や山林を管理する県庁と共有を図ろうと、8月中下旬頃から対話をし始めた。
しかし、濁水への対応は遅々としていた。特に、旧ベルクスキー場跡の開発許可や是正工事を担当する森林保全課の担当者は、「スキー場跡だけでなく流域の各地で"渓岸侵食"が起きている」(スキー場跡の影響は相対的に小さい)との見解を頑なに崩さなかった。いっきに苛立ちが募った。
さらに9月の県議会の知事答弁でも、「濁水の原因は特定できていない」「渓岸侵食が云々」という答弁が繰り返されていた(杉本議員の質問、柴田議員の質問への答弁)。
業を煮やした僕は、あらためて、知人と共に県庁にはたらきかけ、スキー場跡の現状や、1997年に始まったスキー場跡の違法開発以来の経緯などをまとめて情報を提供した。
おそらく、僕らの他にも様々なはたらきかけがあったのではないかと思うが、2022年10月31日になってやっと、知事が「高時川濁水対策連絡調整会議」を設置することを記者会見で発表した。森林保全課、流域政策局水源地域対策室、琵琶湖保全再生課、水産課の四部署の協力体制が組まれ、専門家も交えた議論が始まることとなった。
そして11月に入り、県庁による調査が、やっとはじまった。約半年の県庁による調査と、3名の専門家の委員委嘱を経て6月23日に第1回の「高時川濁水問題検討会議」が開催された(記録と資料)。
昨日は、その議事内容の一般向けの報告会だった。
多くの人々の参加があった
参加して最初に感じたのは「人が多い」ということだった。ぱっと数えただけでも60-70人は下らなかったと思う。
あぁ、これだけの人が関心を寄せているんだ、ということが、まず、素直にうれしかった。
2月に知人たちと協力して「高時川の濁水問題をみんなで考える会」を開催したり、3月の長浜市議会への請願をした頃には、これだけの人が関心を持ってくれていることは感じられていなかったからだ。
驚いたことに、もう10年以上会っていなかった、高時川下流域(旧びわ町)の知り合いとも再会した。「自治会の役員をしていて、この間、連合会で会合の案内があったから。濁水で直接困っているわけではないのだが、洪水のときに流木が橋にかかって恐ろしいこともあって。」と。
関心の広がりを実感した。
行政側も、多くの人々が参加してくださっていた。連絡調整会議の四部署だけでなく、農政関係も、国(国交省、林野庁)や市の職員もオブザーバで参加くださっていた。
淡々とした県庁からの説明、委員からのコメント
会合は、高時川濁水対策連絡調整会議の長である森林保全課長からの挨拶で始まった。
まず県庁の四部署それぞれから調査結果の報告が行われた。資料は6月の検討会議でのもので、インターネットから閲覧できる。
・森林保全課ー概要説明と、状況説明。冒頭から旧ベルクスキー場跡についても言及されていた。また、航空測量のデータを使って流出土砂量を推測する調査も実施中との報告もあり、一歩前進と感じた。
・琵琶湖保全再生課ー月1回の透視度調査の報告。ごく簡単な説明だった。
・流域政策局水源地域対策室ー月2回の濁度と目視調査結果。丁寧に説明があった。
・水産課と水産試験場ーアユの産卵状況、琵琶湖での濁水の広がり、漁協への聞き取りなど。これらも科学的なデータと現場での観察や聞き取りを交えて、比較的よく調査されていると感じた。
全体的には、淡々とした調査結果の報告だった。「影響は出ているが原因は調査中」「今はベルク跡からはあまり流出していない」というような語りだった。
次に、「高時川濁水問題検討会議」の3人の委員(小杉賢一朗氏(京都大学大学院農学研究科教授)、倉茂好匡氏(滋賀県立大学名誉教授)、大久保 卓也氏(滋賀県立大学名誉教授))のうち、今日参加くださっていた倉茂氏、大久保氏から、簡単なコメントがあった。
倉茂氏のコメントは、「濁りの発生源を特定していくためには、濃度だけでなく流量も測定する必要がある」というもの。大久保氏からは、「本川の河床に堆積している流出土砂が、現時点での濁りの主な原因となっている。この河床堆積物の対策は難しい。対策としては、旧ベルクスキー場も含めて砂防工事などをして土砂流出を抑えていく対策しかできないのではないかと思う」とのもの。(大久保氏はご自身の調査結果資料を準備されていたが、説明は省かれた。会場からの質疑時間に食い込まないよう配慮されたのだと思う。)
現場の実態と、想いが込もった参加者からの声
予定時間2時間のうち、説明は1時間余りで終えられ、あと1時間は参加者からの質疑の時間に充てられた。
僕の手元のメモでは、10人の方が発表をされた。いずれも、苛立ち、不安、怒りなどが入り混じったものだった。
たとえば高時川漁協組合長の阪田光雄さんは、みずからカラーの自作資料を持参され配布して解説をされた。
特に今回初めて拝見した下記の資料には驚いた(他の2点も含め、阪田さんからの了承をいただいたので、掲載する。クリックでPDFファイルが開く)。
ご自身が経験された2017年に発生した濁水に照らして、それ以前の航空写真を国土地理院からとりよせ、2022年の豪雨前と思われるGoogleMapの画像と並べて、今回の豪雨前ですでにかなりの土砂流出があったことをお示しになられた。
そして、県が調査を進めている航空測量データの比較についても、豪雨前後だけでなく、2017年以前との比較も行ってほしいと要望された。
配布資料には、毎日欠かさずにとられている川の状況の記録(これは何度も拝見しているが、日々アップデートされている)、水量と濁りの相関関係図も含まれていた。
とてもきめ細かく、そして科学的な考察に基づいた貴重な資料だ。
阪田さんは最後に「ベルクスキー場がなかったらこんな濁りは発生していない!」と、語気を強めておっしゃった。会場からは拍手が湧いた。
現地を足繁く通ってきた子林葉さん(すみつなぐ高時川代表)も、福井県側の日野川、近隣の杉野川や余呉川ではこんな濁りは生じていない、という事実を踏まえ、ベルクスキー場跡の影響が明らかであることを再度念押しされた。
また、会の冒頭に森林保全課長からあった「今年中には事業者に指導して是正工事をさせる」という発言に対し、"旧ベルクスキー場跡の国道365号線側で行われた修繕工事が、さっそく今年の雨で崩れている"という現状も指摘され、「県(森林保全課)は事業者を指導すると言っているが、事業者も県も、今回の豪雨から学んでいるのかが疑問」「この是正計画でよいのかも疑問」「そもそも是正計画の目標はどこにあるのか」と、現在の森林保全課の姿勢や進め方について、強い疑念を呈された。
他にも、
・新虎姫漁業生産組合の方から、「26年間、状況を放置してきた県の責任」を問う質問
・高月地域づくり協議会の方から、高月地域で地下水が出なくなっていることと濁水の関連を問う質問や、用水路に泥が溜まって管理に支障が出ていることの訴え
・川沿いの野外活動施設(大見いこいの広場)の運営を受託されている地元公社の方から、具体的な濁水対策の方針を問う質問
などが出された。
いずれにも県庁に対し、現場で起こっている事実を直視し、現地で困っている人の困惑や苦労に寄り添い、もっと本気になって対策を急いでほしい、という苛立ちが込められているように感じた。
政治家からも発言
質問者の中には、政治に携わる方からも重要な意見があった。
一つは、元県知事で参議院議員の嘉田由紀子さん。「私自身も県政を預かっていた責任」があること自ら認めた上で、ベルクスキー場の問題は歴代の稲葉知事、国松知事、嘉田知事、それぞれの時代にまたがっているにもかかわらず、知事時代には事の重大さを知らされていなかった、ということを話された。
加えて、「このままでは出口が見えない」と指摘。そして、阪田さんや子林さんらの名を挙げ、「これだけの記録を取り、情報をまとめてくれている人たちがいる。専門家を有識者と呼ぶなら、専門家でないこの方々は果たして無識者か?」「今後の検討は、専門家と行政だけでなく、住民も交えて、三者で検討を進めていただくことを是非検討いただきたい」と主張された。森林保全課長も、持ち帰って前向きに検討したいとおっしゃった。
もう一人は、県議の中山和行さん。まずは知事に現場に来ていただきたい、とおっしゃった。また、嘉田さんが主張された住民を交えた検討についても、その実現を強く求められた。
(6月議会の質疑の録画( 23:23あたりから)でも、同様の主張をされていることも後で確認した)
さいごのほうで、僕の知人が「くだらない質問をしていいですか」と断ったあと「知事は伊吹山が崩れたらすぐに行くのに、なぜ高時川には来てくれないんでしょうね?」と発言(彼らしい!)。会場は乾いた笑いに包まれた。
(一応、僕の知っている情報で断っておくと、知事の伊吹山訪問は事前に決まっていたもので、たまたまその日の直前に登山道が崩れた、ということだったようではあるが。)
「自治 体」職員の本分とは
さて、昨日は、自分の思ったことの大半は、知る人がみな発言をしてくださったので、僕からはなにか発言する必要はなかった。
でも、せっかくなので、今、思っていることを、ここに書き記しておこうと思う。
まず、昨日、これだけの人が、関心を持って集まられた、ということに、素直に希望を感じた。
高時川のことに関心を持っている人が、これだけいてくださる、ということが。
その一方で、「流域自治」「地域自治」の実現は、まだまだ途上だということも、改めて実感した。
特に、県、中でも森林保全課の、逃げ腰とも感じられるような態度が、その困難を高めていると感じる(昨日も、この濁水の責任はどこにあると思うかと訊かれた森林保全課長が「今回の雨は記録的な豪雨で云々…」と答えだした態度に象徴されるように)。
同課の担当者としては、開発許可を出した責任、是正工事を完遂させられなかった責任、あるいは漁業補償へとつながる可能性など、自らの責を認めてしまったら何が起こるかと、恐々とされているのかもしれない。
しかし、今取るべき行動は、責任逃れではなく、すでに起きている問題について、できる限りの対処を進めていくことだと僕は思う。課題解決のために自ら行動し、他の部署や、人々の参画・協力の機会を開いていくことだと。
せっかく、四部署合同の体制がつくられているのだから、調査も対策も、他部署に助けを求めたらいいし、住民からの情報、住民の協力を求めたらいいと思う。
ほんとうに人々が実現したいことは、責任の追求ではなく、一日も早い現状の改善、清流高時川を取り戻すことのはずだ。それが遅々として進まないから、矛先が責任追求へと向かうのではないか。
調査にばかり時間と労力をかけ、明確な原因がわからないといって対策の立案や試行を遅らせれば遅らせるほど、人々の苛立ちは高まり、得られるはずの協力も得られなくなるだろう。
そうではなく、人々の声に真摯に耳を傾け、心を寄せ、課題解決のために行動すれば、人々の見る目も、関わり方も変わるだろう。
川や森を本気で守る動きをすること。そして、嘉田さんが提案してくださったように、あらゆる立場の人々が情報や知見やアイディアを持ち寄り、よりよい方策をさぐる動きを生み出していくことに、県の担当者の方々には努めていただきたい。
県も市も「自治 体」である。「知事治 体」でも「職員治 体」でも「議員治 体」でもない。「専門家治 体」でもないし、「事業者治 体」でもない。
自治の主役はそこに住まう人々だ。人々が自ら、自分の住む地域を治めることを、手助けすること(情報の収集・提供、対話・協力の醸成、具体策の実施など)、それが「自治体」職員の職務のはずだ。
僕はそう思って職員の方々に接してきたし、これからもそうする。
どうか、県職員の方も、市職員の方も、自らの本分を忘れずにいていただきたい、と切に願う。
さいごにー関心をお持ちの皆さまへ
「高時川濁水問題検討会議」の第2回は、9月頃に公開で開催される予定とのこと。ご都合のつく方は足をお運びいただきたい。
ぜひこういう場で、阪田さんや子林さんはじめ、現場をよく観察している人々からの情報や意見も、専門家からのそれと同じように議論の俎上にあげていただきたいと思う。
また関心をお持ちの方には、できれば議論の前にまず、現場に足を運んでいただきたい。まずは川に、できれば旧ベルクスキー場跡地に。中山県議がおっしゃるように、写真や動画、ましては数値では伝わらない空気感がある。現場に立って初めて感じられるものがあるからだ。
とはいえ、旧ベルクスキー場跡は、僕が前回に訪ねた昨年11月頃に比べても崩壊が進んで、歩くのはかなり危険になっている模様。なのでやはり、まずは、現場を知る人の体験談に耳を傾けていただきたい。