古河悟

日曜エッセイスト。小説も書きます。平日は製造業に関わる仕事をしています。 │ 『炎 —…

古河悟

日曜エッセイスト。小説も書きます。平日は製造業に関わる仕事をしています。 │ 『炎 — 小説工作機械メーカー』執筆中。普段は決して人の目に触れない工作機械。その謎めいた営業現場のリアルな空気を描きます。

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  • 古河悟エッセイ集

    基本的にはノンフィクションです。

  • 炎 ― 小説工作機械メーカー │ Y工業大学編

    工作機械メーカーの営業マン高杉と、専門商社の仁川のコンビを中心とする製造業物語。普段は決して人の目に触れない工作機械。その謎めいた営業現場のリアルな空気を描く試みです。業界外の方にも読んで頂けるよう専門用語が分からなくても読み進められるように書いています。 「Y工業大学編」では高杉と仁川が千載一遇の巨大入札案件を手掛ける中で、様々なトラブルに翻弄されながら、のちの高杉のキャリアを決定づける大事件が発生する。 週1回の更新を目指して執筆中。 本小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

最近の記事

  • 固定された記事

炎 ― 小説工作機械メーカー │ Y工業大学編 第1章「1億のタネ」①

「お世話になっております。ニモの高杉です。」 「ああどうも。仁川ですけど。高杉君さ、Y工業大学、来年入札やるらしいよ。旋盤10台。」  僕は自らの髪の毛が逆立つのを俄かに感じた。  僕の勤務先である株式会社カネモト、通称「ニモ」は、愛知県北名古屋市に本社を置く企業だ。1911年に工業用ミシンの修理・オーバーホール業として設立された企業で、現在はNC旋盤・NC複合旋盤・マシニングセンタ・5軸マシニングセンタなどの製造・販売・メンテナンスを行う、世界でも数少ない総合工作機械メー

    • 早稲田大学法学部受験記

      2014年2月15日、早稲田大学早稲田キャンパス。YONEXのウインドブレーカーの上から真っ黒な学ランを着て、異様に着膨れした姿の私は、法学部の入学試験を受けに高田馬場を訪れていた。 髪も眉毛もボサボサ、第一ボタンまで留めた学ランの袖口からいかにもポリエステルな生地が覗くなんとも垢抜けない高校3年生は、新橋のホテルからほとんど命からがら試験会場に辿り着いた。 電車が意味不明に複雑かつ、土曜日なのに普通に混雑しており、しかも悪いことに特大遅延していた。父に買ってもらったHTC

      • 俺のイングリッシュヒーロー

        「この人みたいに弾きたいからこの楽器を始めた、続けている」と言えるほどの、強烈な憧れを抱かせるプレイヤーのことを、「ヒーロー」と呼ぶことがあります。 私も色んな楽器を弾きますが、それぞれにヒーローはいるんですよ。 ギターヒーローはEd Sheeranと斉藤和義、ベースヒーローはMarcus Miller、ウクレレヒーローは、まあ笑っちゃうほどベタすぎますけどJake Shimabukuro、とかね。 そういう意味では、「この人の言うことを字幕無しで理解してみたい」と思わせる

        • クソ重くて最高な時計と俺の話

          1998年にカリフォルニアで誕生したファッションブランド NIXON。 このブランドのダイバーズウォッチシリーズのフラッグシップとして、51-30というモデルがある。 横幅51mmのド迫力のフェイスサイズ。直径10mm超の馬鹿でかいインデックスとクロノグラフ。コマ厚さ5mmは下らない堂々のブレスレット。267gという、缶コーヒーよりも重いイカれた重量。 どこを取ってもやりすぎなほどに巨大で重厚。アメ車みたいな、さしずめHUMMER H2かCadillac Escaladeみた

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        炎 ― 小説工作機械メーカー │ Y工業大学編 第1章「1億のタネ」①

        マガジン

        • 古河悟エッセイ集
          7本
        • 炎 ― 小説工作機械メーカー │ Y工業大学編
          6本

        記事

          短歌の狭さ

          5、7、5、7、7。 31音。字余りさせてもまあマックス35音程度。 この土俵で十分な粒度と彩度を担保しなくちゃいけない。 短歌は、狭い。 私なんかはまだ下手っぴなので、ハイコンテクストすぎて自分しか理解できないような歌をたくさん詠んでしまう。視線が紙面や画面の右方向に、あるいは下方向に滑るに従って、痛いくらいに鮮やかな赤青緑黄色を思い起こさせる歌は、そんなにたくさんは詠めない。 本当は、本当は、青空に白い万年筆で飛行機雲を引くような歌を作りたい。河合塾終わりのカルピスソ

          短歌の狭さ

          テラルのポンプ ― 工作機械短編小説

          ― さて、そろそろ事務所に戻って、見積依頼をやっつけるか。 2021年5月13日午後3時過ぎ。 株式会社カネモト 岐阜営業所の堤は、営業車に乗り込んだ。 カネモトは岐阜県可児市に本社を置く、工作機械 - 鉄の塊を自由自在に削る馬鹿でかい機械 - の世界最大手メーカーである。数年前にはアメリカの大手工作機械メーカーを買収し、2位以下との差を更に拡げた。堂々たる業界の巨人である。 堤は2015年入社の6年目。担当エリアは可児市や関市や各務原市などの岐阜県中部、恵那市や多治見市な

          テラルのポンプ ― 工作機械短編小説

          TOEIC900と英検準1級とTOEFL iBT80を同時に取る方法

          高校1年レベルが理解できた後、今から書くことをやればタイトルの資格が取れます。 【基礎編】 単語・文法 まずは単語と文法を固めましょう。単語と文法がダメでは何をやっても身につきません。 ・ UPGRADE 文法はUPGRADE1冊で大丈夫です。 最低7周はやってください。最終的には通読して全問正解できるまでやり込みましょう。12周くらいで全問即答できるようになると思います。ペースとしては、3日で1周するくらいがちょうどいいと思います。 ・ 速読英単語 必修編 単語帳の

          TOEIC900と英検準1級とTOEFL iBT80を同時に取る方法

          俺は本気であなたのコピーになりたかったんですよ。

          「新人の古河です。一生懸命頑張ります。よろしくお願いします。」 2019年8月。俺は新卒で入社した工作機械メーカーの合同新人研修を終え、営業所へ配属された。 さて、クソみたいに機械売りまくって、さっさと海外営業部へ異動しよう。 なんて、尖っていられたのも束の間。俺の自己紹介に誰も拍手のひとつもしない。俺と目を合わせる人はいないし、誰も話しかけてこない。外様を徹底的に排除する異常な雰囲気だった。 俺の上司である営業所長がぼそっと独りごちた、「今年新人来るって聞いてねえけどな

          俺は本気であなたのコピーになりたかったんですよ。

          俺が3Dプリンターを買った理由

          「あのさぁ、ちゃんとワークの形状分かってんの?研修で図面の読み方習ったよな?良い大学出てんのか知らねーけどさ、お前は結局頭使ってねえんだよ。」 前職の工作機械メーカーで営業をしていた頃、営業技術課長から嫌われていた。以前別の案件であからさまな手抜き対応をされ案件がポシャりかけた際に、上司からクレームを入れてもらって以来逆恨みされている。 俺がこのクソ野郎を訪ねたのは、今期の目玉案件の機種・仕様選定を手伝って貰うためだ。2台で合計1億円を超える大型商談。 工作機械メーカー

          俺が3Dプリンターを買った理由

          「恵まれないアフリカの子供たち」なんか広尾か白金で言ってろ

          「アフリカには毎日往復6時間かけて井戸に水を汲みに行く子供たちがいます。彼らは学校にも行けず、貧しい暮らしを送っています。」 なるほど。それは気の毒なことですね。 「私たちは日本という恵まれた国に生まれました。蛇口を捻れば水は出る、スイッチを押せば電気が点く、車でイオンにも遊びに行けます。恵まれていることに感謝して、一日一日を過ごしましょう。」 小学生時分、物知り顔の先生からこんな話を聞かされた。 いやいや、冗談じゃない。 俺が生まれ育った岐阜県の何の変哲もない街。

          「恵まれないアフリカの子供たち」なんか広尾か白金で言ってろ

          人を死に至らしめるものを売るという仕事

          「機械ってのはな、売らなきゃいけないんだよ、俺たちは。社長が青い顔していようが、社長の奥さんが泣き喚こうが、そんなことは関係ないんだ。」 新卒で工作機械メーカーに入社してすぐ、新入社員と営業本部の上役との宴会が催された。場を仕切るのは営業部長。営業のピラミッドの頂点だ。十分に酒が回った彼は、瞳を輝かせる俺たち新人の前で唐突に冒頭の台詞を放ったあと、あるエピソードを開陳し始めた。 25年以上前、部長がまだヒラの営業マンだった頃、ある零細の町工場で引合が発生した。しかしどうや

          人を死に至らしめるものを売るという仕事

          営業が売りやすい商品は、「良い」商品か - JIMTOF2018を思い返して

          「営業が売りやすい製品が良い製品である」 米国カリフォルニア州の小さな民家で創業したスタートアップ企業 Pied Piper社が、独自のファイル圧縮技術を使って巨大IT企業に成長する様を描く、ドラマSilicon Valley。2016年に公開されたSeason3では、ベンチャーキャピタルの謀略によってCEOからCTOへ降格させられた、Pied Piper社創業者のリチャードと、社外出身の新CEOが小競り合いを繰り広げる。 新CEOはリチャードが創造したデータ圧縮技術をビジ

          営業が売りやすい商品は、「良い」商品か - JIMTOF2018を思い返して

          炎 ― 小説工作機械メーカー │ Y工業大学編 第1章「1億のタネ」⑥

          「多分機械の大きさは大して変わらないと思うんです。ただK社の機械の方がチップコンベアが短い。」     そう言いながら僕は再度KHTのカタログをバッグから取り出した。     チップコンベアとは、ワークを削った後の切りクズ(切粉と呼ぶ)を機外に排出するための装置で、NC旋盤であれば機械の右側に付くことが多い。排出された切粉は、チップバケットと呼ばれる専用の巨大な容器に堆積し、いっぱいになったら屑鉄業者に引き取りの依頼を掛ける。チップコンベアは機械の横幅を長くする大きな要因のひ

          炎 ― 小説工作機械メーカー │ Y工業大学編 第1章「1億のタネ」⑥

          GRITと岐阜高校

          GRIT。 「やり抜く力」を意味するアクロニムで、成功者の共通点としてアンジェラ・ダックワース氏が提唱した。僕はダックワース氏がGRITという概念を発明する何年も前に、GRITとは何かをまざまざと見せつけられた出来事を体験している。 中学時代の親友(Mと呼ぶ。イニシャルと実名は無関係。)の話。小学1年で同じクラスになったことをきっかけに知り合い、中学で偶然同じ部活に入ってから意気投合した。 Mは所謂オタクで、ボカロ、東方、ドナルド、歌ってみたや弾いてみたは全てMから教わ

          GRITと岐阜高校

          炎 ― 小説工作機械メーカー │ Y工業大学編 第1章「1億のタネ」⑤

          「それで高杉さん、現場で何をご覧になるのですか?」 「じっくり機械を見させて頂きたいのです。いま池尻先生は現状と同じスペックの機械を探されている。しかも既設機とこれから私がお出しする御見積のメーカーは異なる。ですから少しでも先生のイメージと私のヒアリング内容にズレが無いか確認するために、毎回必ず現場で機械を見せてもらっているんです。」 工作機械は納入後の仕様変更がとても面倒な商材だ。ユーザーから見れば些細に見える変更も、メーカーから見れば、やれ配管改造、やれ配線延長、やれモー

          炎 ― 小説工作機械メーカー │ Y工業大学編 第1章「1億のタネ」⑤

          炎 ― 小説工作機械メーカー │ Y工業大学編 第1章「1億のタネ」④

          「いやいや、失礼しました。」 池尻教授は足早に会議室に戻ってきた。さしずめ、入札時期が想定より早くなりそうだと伝えに行っていたのだろう。池尻教授はメーカーや商社の前で焦りの態度を見られ、足元を見られることが悪手であることは理解しているらしい。 「お気になさらず。では続きを。今回K社さんの旋盤を更新されるというお話ですが、新しい機械はどんなスペックのものをご想定されていますか。」 納期の話は終わったので、やっと機械の話に移れる。商談において僕の大好きなパートだ。 「基本的には同

          炎 ― 小説工作機械メーカー │ Y工業大学編 第1章「1億のタネ」④