原子は物ではない ~不確定性原理から考える原子の姿~
以前のコラムで量子波動力学の祖といわれるシュレーディンガーの波動関数を紹介した。今回は、もう一人、現在の量子力学の数学的土台となる定理を確立したヴェルナー・ハイゼンベルグについて紹介し、原子の正体について考察する。
不確定性原理
まず、ハイゼンベルグが確立した不確定性原理を紹介しよう。不確定性原理は、現在の量子力学の土台であると共に、科学全体でも、もっとも重要な原理の1つと言われている。以下のような内容の定理である。
【不確定性原理】
物体の位置と速度の両方を同時に、いくらでも正確に測定できるような実験を行うことは不可能であることを、数学的に証明したものが不確定性原理である。ある物体の位置を決めると、その物体の速度が不確定になり、一方で物体の速度を決めると、位置が不確定になってしまう。
例えば、動いているハエを写真に撮ることを例に考えてみよう。シャッタースピードを高速にすれば、写真を撮った瞬間のハエの位置を記録する鮮明な画像が撮れる。しかし、シャープな画像の写真で、ハエは止まっているように見えるため、速度については何の情報も得られない。そこで、今度はシャッタースピードを遅くすると、ぼやけた画像になり、ハエが動いていることが分かるようになるが、位置の測定値は曖昧になってしまう。このように位置と速度を同時に、正確に伝える写真を撮ることは不可能だ。
原子の構成要素
18世紀後半から19世紀前半にかけて、原子の存在を認めることで、自然界の理解が飛躍的に進み、原子はあらゆる物質の最小単位であると考えられるようになった。しかし、その後、原子は物質の最小単位ではないことが明らかになった。原子の構成要素として原子核・電子があり、さらに原子核の構成要素として陽子・中性子があり、その陽子・中性子の構成要素としてクォークがあることが分かった。以下に整理する。
【原子内部の構成要素】
1.原子の構成要素:原子核、電子
2.原子核の構成要素:陽子、中性子
3.陽子・中性子の構成要素:アップクォーク、ダウンクォーク
原子の姿
以前のコラムで量子重ね合わせにより量子は同時に2つの状態をとれ、2つの現実が同時に存在できることを紹介した。「原子は物ではない」とは、ハイゼンベルグの言葉と言われているが、量子力学に基づくと、原子の中の電子も同時に複数の場所に存在している。
量子力学によると、あらゆる現象は確率的に振る舞う。例えば、2つの箱があり、一方の箱に一つのボールを入れたとする。古典物理学的に考えれば、どちらか一方の箱にしかボールは入っていない。しかし、量子力学の世界では、一つのミクロの粒子が2つの箱に同時に入っているという状況があり得る。その粒子がどちらの箱に入っているかは、箱を開けて「観測」することで初めて決まる。確率論でいうと、一つの粒子と2つの箱があれば、それぞれの箱に50%の確率で粒子が入っているということになる。
原子の中の電子も同様で、電子が位置については「観測(測定)」しないと、どこにあるか分からない。つまり、一つの電子は、決まった位置をとっておらず、ゆらいでおり、複数の場所に同時に存在する。そのため、一般的な、原子を表す図では、原子核の周りに電子の球が飛んでいるように描かれている場合があるが、量子力学に基づくと、それは正しくない。実際には電子は、ゆらいでいて、原子核の周りを雲のように、ぼんやりと取り巻いている状態なのである。ハイゼンベルグは、電子と測定装置を相互作用させ、測定しない限り、電子は明確な存在にならないと結論づけた。つまり、原子は物ではないのである。
古典物理学の型を破った量子力学
ミクロの量子の世界は、幽霊が出そうな現実離れした場所であるが、今回までのコラムで紹介したとおり、昨今の量子力学の発展は目覚ましく、同時に二つ以上の状態をとれる量子重ね合わせや、粒子が壁をすり抜ける量子トンネル効果などのような、従来の物理学では説明不可能な現象の存在が証明されている。量子力学は、従来の古典物理学の型を破ったのであり、何百年も続いた科学的概念と決別したと言ってもよいだろう。量子力学に基づく原子は、古典物理学でいう「物」ではないのである。