量子の神秘的な作用① ~2つの現実は同時に存在できる~

 現在の物理学は、アイザック・ニュートンによる運動・力学・重力の法則をもとに飛躍的な発展を遂げたとされている。しかし、ニュートンの決定論的な物理学では全く説明できないミクロの世界が存在することが明らかになっている。量子の世界である。そして、量子力学とは、万物を形成する原子や、その原子を形づくる粒子の性質を数学的理論として説明するものである。今回は、我々の常識に反する、神秘的ともいうべき量子の性質について考察する。

量子トンネル効果

 地球上の全ての生命を養う太陽は何故、輝くことができるのであろうか。太陽は核融合炉のようなものであり、水素ガスを燃焼させ、熱と光を放出すことで光り輝けるのだが、量子トンネル効果という、驚くべき現象がなければ、太陽は核融合できないのである。量子トンネル効果とは、粒子が壁をすり抜けることである。恒星がエネルギーを放出できるのは、二個の水素原子核が融合し、電磁気放射という形態でエネルギー放射されるからであるが、二個の水素原子核は極めて接近しないと、融合ができない。しかし、二つはどちらも正の電荷を持っていて、同種の電荷は反発するため、近づくほど互いの反発力が高まる。融合するのに十分な距離に到達するためには、素粒子の壁が障壁になる。学校で習ったニュートンの物理学では、このレンガ壁をすり抜けることなど絶対に不可能なのだが、何と原子核は壁をすり抜けて融合してしまうのである。幽霊がコンクリートの固い壁をすり抜けるように、エネルギー障壁を通り抜けてしまうのだ。
 私達を含む、全ての動植物が生きていけるのは、このような神秘的な量子の作用のおかげで太陽が光り輝くからである。

量子の「重ね合わせ」

 このように量子トンネル効果によって、太陽エネルギーが発生するのだが、それでは、太陽が存在する宇宙を構成する元素はどのように発生したのであろうか。
 量子には、トンネル効果よりも、さらに神秘的な性質がある。それは、量子の重ね合わせと言われる現象である。「量子重ね合わせ」とは、量子が同時に2通り、あるいは100通り、1万通りの振る舞いをすることができる現象だ。例えば、一つの量子が、タンゴのダンスを踊ると同時に、ワルツのダンスも踊っているという現象だ。つまり、二つの現実が同時に存在する。これは、我々が学校で習った古典物理学の常識には完全に反するものである。しかし、宇宙の元素の発生には、この量子の手品が関与しており、量子の重ね合わせという現象がなければ、宇宙を構成する元素ができず、現在の動物も植物も生まれることが不可能であった。
 宇宙が誕生した時には、空間には一種類の原子しか存在していなかったとされている。それは、陽子・電子一個からなる、もっとも単純な構造の水素だ。その後、炭素、酸素、鉄といった、もっと重い重元素が発生し、生物を構成するに至った。重元素は、水素で満たされた恒星で生まれたのだが、それでは、その出発原料である重水素(重陽子)はどのように発生したのだろうか。
 重水素の発生プロセスであるが、まず上述のように量子トンネル効果によって二個の水素原子核、すなわち陽子が十分に接近する。続いて、その陽子が結合する必要があるのだが、それらの間に働く力が強くないため、ここで量子重ね合わせという現象が必要になる。全ての原子核は、陽子と中性子という粒子で構成されているが、どちらか一方の粒子が多すぎると、陽子・中性子の変換という調節が発生する。すなわち、ベータ崩壊というプロセスによって、陽子が中性子に姿を変え、中性子が陽子に姿を変える。二個の陽子の複合体は存在できないため、二個の陽子が一緒になるとベータ崩壊が発生する。そうすると、残った陽子と新たに生成された中性子が結合して、重陽子という複合体が生まれる。重陽子がさらに核反応を起こして、炭素や窒素、酸素などの元素に含まれる、複雑な原子核を生み出すのだ。
 ここで重要なポイントは、重陽子が存在できるのは、量子重ね合わせによって二つの状態を同時にとることが可能だからである。先の例えで説明するならば、もし陽子・中性子がタンゴのダンスを踊ると同時に、ワルツのダンスも踊っていなければ、陽子と中性子をくっつける原子核の糊が十分に強くならず、陽子が結合できないことが、多くの実験施設で何度も繰り返し確認されている。二つの現実が同時に存在することによって、結合力が強くなり、重陽子が発生したのである。
次回のコラムへ続く



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