「はだかの兎」十五首
家うつり知らぬ街なかありくほど長年もとめし本と出会へり
〈装丁家とならむ〉と告げし旧友の名を見つけたり詩集の奥付
神田へと田舎学生ひとり来て胸高鳴れば書店に入れず
あの門で〈アレクサンドリア四重奏(クァルテット)〉読みかへす娘(こ)と待ち合はせけり
古びたる教養主義の残り香の消えぬ時代に本としたしむ
美の道を京の館で極めけり愛書狂(ビブリオフィリア)生田耕作
御(み)言葉をしるす聖なる羊皮紙の書物あふるる神学の都(オックスフォード)
売れるより大事なる性(しゃう)ひめたれば本とはまことふしぎなるもの
品ゆゑのふしぎ知りたる書店には数字にならぬ値打ちひそむる
〈売れる品を並べ売るのが商人(あきんど)〉と言ひ切る主人(あるじ)のまばゆき書店
本すべてタブレットに入れ知を誇る身の皮剝がれしはだかの兎
〈積みおけば読まずとも知らる〉とのたまふ老師は今日も本に埋もるる
あぢのある町の本屋もたそがれて無念あへなし幸福書房
安き古文庫本にも洒落つ気のある唐紙で栞こしらふ
才なきにあきらめし物理学なれどいまだに書店で立ち読みなどす
(第22回NHK全国短歌大会近藤芳美賞入選)