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聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇50) 〜サウル王の自害

1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。



悩み深きスーパーアイドル、ダビデの物語もようやく中盤だ。

構成上、話がどうしても前後してしまうので、読んでくださってる方は混乱しているかもしれない。

なので、まず、頭の整理をしよう。

ダビデの物語はキリスト教文化圏では常識だと思うので、ざっくりストーリーを知っておくのは有益よ。【】を追うだけでも。

【定住した】モーセに率いられた苦難の旅の末、エジプトから「約束の地カナン」に移ってきたイスラエル民族はついにここに定住する。

【王を立てた】最初はイスラエル12部族バラバラに分かれて地方分権でやっていたけど、周囲から侵略してくる敵が強すぎて、統一して王を立てて戦わないと無理!ってことになる。

【サウルが王になったけどミスる】預言者サムエルは青年サウルを見出し「キミが王だ!」って告げ、サウルはそれに応えて連戦連勝するけど、あるとき神とサムエルの言いつけを破り、見捨てられる。(「預言者サムエル」の回)

【次の王にダビデ指名。でもまだサウル王制】預言者サムエルは次の王を探し、羊飼いの超美少年ダビデに油を注ぐ。ただもうサウル王制は始まっちゃっているので「時を待て」と諭して去る。

【サウル、ダビデの竪琴に癒やされる】神とサムエルに見捨てられて極度の鬱になったサウル王に、部下が「竪琴の名手がいます。竪琴など聴かれてはいかがでしょう」と進言し、竪琴の名手が呼ばれる。それがダビデ。ダビデは夜な夜なサウル王の元で竪琴を弾き、寵愛される。(「サウル王とダビデと竪琴」の回)

【ダビデ、スーパーアイドルになる】あるとき、たまたま戦場に行ったダビデは、敵の挑戦に応え、巨人ゴリアテと一騎打ちする。そして石ころひとつで勝ってしまう。戦士も民衆も大騒ぎ。スーパーアイドル・ダビデの誕生だ。(「ダビデとゴリアテ」の回)

【ダビデとヨナタンが親友になる】サウル王の息子ヨナタン王子、ゴリアテを倒したダビデに惚れ、深い友情が生まれる。(「ダビデとヨナタンの友情」の回)

【ダビデ、サウルに命を狙われまくる】サウル王はダビデの名声や人気に嫉妬し、またダビデが油を注がれたことも知ったのだろう、「ダビデが王の地位を狙っている」とダビデを殺そうとする。ダビデは間一髪逃げ、国中をさすらうことになる。

【ダビデ、サウルに反撃しない】サウル王は何度もダビデを追い詰めるが、ダビデはさらりと逃げる。逃げるだけでなくサウル王の寝室に忍び込んで槍を盗んだり服を切ったりして「私はサウル王に反撃できたのにしなかった」とアピールする。サウル王はダビデを許すが、それでも結局ダビデを信じられない。


ということで、前回までいろいろ行ったり来たりしながら、ここまで書いてきた。

ま、なんつうか、ダビデってここまでは完璧だな。

美少年で、サウルやヨナタンにBL的に愛される。
運動神経抜群で戦闘もうまく、楽器もうまい。
で、それを鼻にかけるかと言うとなにかと謙虚で、みんなを愛する。みんなに愛される。

要するに「超〜できて、超〜いいヤツ」なのだ。

だから、サウルに単身追われても次々と「ダビデ派」みたいな民衆が集まって一大勢力になったりする。

そしてサウル王は焦る。

「はやくダビデを殺さなければ、みんながダビデを王と認めてしまう。そんなことになったら私はどうすればいいんだ!」

そんなとき、心の師であった預言者サムエルが亡くなってしまった。

サムエルにはすごく冷たくされていたサウル王なんだけど、迷えるサウル王は降霊術でサムエルを召喚し、「サムエルさま〜、いったい私はどうすれば〜」とすがりつく。でも強烈に冷たくされて絶望する。

で、サウル王はペリシテ軍との戦いに敗れ、サウル王は山の上に追い詰められてやむなく自害してしまう。

父に忠義を尽くすため同行していたヨナタンも戦死する。


いや、サウル、ほんのちょっとだけ神の言いつけを破っただけなのに!

ただ、なんかサウルって同情できないんだよなぁ。
聖書系の人たちからも全然人気がない。

可愛そうだな、サウル・・・。


さて。
いろいろな画家が、これらを題材に描いている。

今日もザザザと見ていこう。

まずは今日の1枚。

サウル王の自害の場面として有名なピーテル・ブリューゲルの絵だ。ブリューゲル独特の細密画。ぜひクリックして大きくし、細部まで見てほしい。

サウルはどこで自害していると思います?

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ここっ!
左端っ!
敵に追い詰められて(すぐ下に敵が迫ってる)、捕まって晒し者になるよりは、と、従者に「私を刺せ!」って言うんだけど、従者が「王を刺すなんて・・・」とビビって刺せない。
仕方ないから、サウルは剣の上に自ら倒れて自害する
それを見て、従者も同じように自害する。

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よりアップにするとこんなふう。
サウル、預言者サムエルにいきなり「君こそ王だ」って言われ、がんばってたのに少し言いつけを守らなかったからって見捨てられ、最後は自害。。。可愛そうだな。

というか、旧約聖書上では、人類で初めて自殺したのはサウルなのかもしれない。

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ブリューゲルの絵は「バベルの塔」の回でも取り上げたけど、今回は題材が題材だけにちょっとおふざけな細密描写はなさそうだ。

誰が敵で誰が味方かわかりにくいけど、ほぼ全部敵に占領されている、と考えたほうがいいのかも。
鎧や兜の感じは、たぶんブリューゲルが生きた中世のを描いている。

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あ、遠くに変な乗り物発見!

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この大きさ、この首の長さ、これはラクダとかではない!

こ、これは、もしかして、ブラキオサウルスでは!(サウルだけに!)

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ブリューゲルさん、やはり何かしら突っ込んでくるなw


さて、少し時間を巻き戻す。

ここからはサウルが預言者サムエルの霊を呼び出すところを多くの画家が描いているので、それを見ていこう。

サウルは預言者サムエルにダメだしされてからも「サムエルさま〜、どうか神に許される方法を教えて下さい。お願いします〜」とすがりつくんだけど、サムエルはすごく冷たくあたって「いや、もうお前には絶対会わん」と拒絶する。

で、そのまま亡くなってしまう。
サウル、ショック。

で、迷えるサウルは降霊術でサムエルを呼び出すんだな。
んー、亡霊を呼び出す、みたいなオカルトな場面も聖書では初めてだった気がする。

で、「サムエルさま〜、わたしはどうしてらいいんですか〜、お答えを〜!」って亡霊にすがりつくんだけど、サムエルの亡霊は冷たくこう突き放す。

「おまえな、霊になった私をわざわざ呼び出して、そんなことが聞きたいのか。だから言っただろ。おまえはもはや王ではない。お前が神に認められることはもうない。というかな、よく聞け、おまえは明日死ぬ。死んでこっちに来るだろう」


サウル、がーん!

降霊術師を呼ぶほど悩んでいるのに、引導を突きつけられてしまった。可愛そうなサウル。

でも、サウルって、可愛そうなのになんだか全然同情できないんだよな・・・。なんでだろ。


さてこの場面、いろんな画家が描いている。


サルヴァトル・ローザ
これは力作だなぁ。背景にいるのは悪霊のようだ。悪霊とともに現れるとは、いったい預言者サムエルの霊はどこにいたのだろう。

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いやぁ、降霊術師の老婆、大迫力!

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ベンジャミン・ウエスト
ボワン、と煙とともに現れるサムエルの霊。
サウルは「なんとかお答えを〜!」とすがりつく。

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いいなぁ、ウィリアム・ブレイク
タイツ姿がサウル王かな。いいなぁ。
サムエルもイェーってラッパーみたいな手になってる。いいなぁ。

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Nikiforovich Dmitry Martynov

足がない日本的な幽霊。どろどろどろ。
サウル王、冷たくされて大ショック!

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オカルト大好き系画家、フュースリー
サムエルの霊は実に落ち着いて諭しているな。こういう霊なら怖くない。さてはこの降霊術師、腕がいいな。

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デンマークの画家、Andreas Ludvig Koop
あぁ、なんかリアルな降霊だな。

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Gabriel Ehinger
いろんな霊が降霊されているな。そしてサムエルが超怖い。
なんか洋ゲー(洋ものゲーム)する人しかわからいかもだけど、ちょっと『ウィッチャー3』感ある。

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聖書の挿絵。
サムエルは骸骨っぽい幽霊。降霊術師のテントの模様がすごいw

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ニコライ・ゲー
わりと実物感ある霊(重量を感じる)。目が白目で怖いけど。

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ベルギーの画家、Gaspar de Crayer
これもえらく実物感ある亡霊w 右の窓から見える外には、翌日サウルが死ぬ運命が描かれているのかな。

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マティアス・ストーメル
いや、降霊してないでしょ、浮浪者でしょ!

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ベルナルド・カヴァッリーノ(Bernardo Cavallino)。
いやだから、浮浪者でしょ!

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マルク・シャガールさん。
降霊ばあさんが主役。出てきたサムエルはなんかおずおずしてる。この絵は全然怖くないなぁw

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ヤーコブ・コーネリス・ファン・オーストサネン(Jacob Cornelisz van Oostsanen)。

これは不思議な絵。
基本、降霊術師が主役で、この降霊術師は降霊の練習をしている。
で、いろんな時系列が同居していて、正面アーチの奥には、降霊されて棺桶から出てきているサムエル。その奥には自害するサウル王。左側にはサウル王が「降霊してくれない?」って申し込みに来ている。

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降霊術師は老婆。指揮棒みたいの持って練習してる。

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左側には、片肌脱ぎする前の降霊術師とサウル王。

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アーチの奥の手前は墓から出てくるサムエルw
「お、おう」って言ってる。

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アーチの奥の奥にはサウル王の自害の場面。

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右上には不思議な集団。

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左下には不思議な生き物。変な絵だな。

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以上、意外と面白いのが多かった降霊術の絵はこのくらいにして、「サウルの自害の様子」を描いた絵をいくつか見ていこう。


ギュスターヴ・ドレさん。
むっちゃ痛そう。剣がささった傷口をそのまま描いている。

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イーライ・マルクーゼ(Elie Marcuse)。
サウル王に折り重なるようにヨナタンも死んでいる。
死にきれなかったサウルを従者が指して殺した、という説もあるので、立っている人々はその従者かもしれない。

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聖書の挿絵。
残酷な場面だ。左側では逃げているサウルと従者も描かれている。

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これも聖書の挿絵だと思う。
刺す寸前のサウル。痛そうだ・・・。

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これはお皿w
お皿に自害の場面を描くかねw

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マルク・シャガールさんから2枚。
うしろでよれよれしているのはヨナタンなんだろうな。

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こちらは、椅子に座っているのはダビデだろう。
サウル王に命を追われ続けたくせに、ダビデはサウル王の死を哀しみまくる。まぁそういう多情な性格なんだな。

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ジャン・フーケ
サウル王とヨナタンの死を知り、ダビデは悲嘆に暮れる。

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そして、今日のラスト。

哀悼の歌を読むダビデをシャガールさん。いい絵だな。

「ヨナタンの弓は退いたことがなく、 サウルの剣は、虚しく帰ったことがなかった。サウルもヨナタンも、愛される人だった。
生きているときにも死するときにも離れることなく、鷲よりも速く、 雄獅子よりも強かった。
イスラエルの娘らよ。サウルのために泣け。
サウルは紅の薄絹をおまえたちに まとわせ、おまえたちの装いに金の飾りをつけてくれた。
ああ、勇士たちは戦いのさなかに倒れた。
ヨナタンは誇り高く殺された。 あなたのために私は悲しむ。私の兄弟ヨナタンよ。あなたは私を大いに喜ばせ、 あなたの私への愛は女の愛にも勝ってすばらしかった。
ああ、 勇士たちは倒れた」

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ということで、今日はオシマイ。
数回に渡って登場したサウル王もこれで最後。

次回は、ダビデでゴリアテに並んで有名なエピソード「ダビデとバト・シェバ」。不倫の物語だ。



このシリーズのログはこちらにまとめてあります。

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間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。

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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。


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