ジム・クローチ『Photographs and Memories』
人生に欠かせないオールタイムベスト音楽をいろいろと紹介していきたいと思います。ジャズ、クラシック、ロック、ポップス、歌謡曲、フォーク、J-Popなど、脈絡なくいろいろと。
ある先輩がLP(LP!)を無理矢理貸してくれたことがあった。
あれは大学3年の秋(1983年)だったか。
無理矢理、である。
なんか強制的に2枚手渡された。
それは、キャット・スティーブンス、と、ジム・クローチ。
「絶対佐藤は気に入るはずだから!」って。
なんか聞いたことない歌い手だったし、ジャケットも地味だったし、荷物にもなるし、なんというか「趣味を押しつけられてもなぁ…」って。
とはいえ、その先輩にはお世話になっていたので、まぁ、お借りした。
さっさとカセットに録音して、「あ、あれ、良かったです! 特に2曲目、いいですね」とか、何度も聴いた振りでもして、さらっと返そう、って(ひどいw)。
なんか先延ばしするとどんどん先輩の魔の手が伸びてきそうだったので、帰ってすぐに録音した。
当時使っていたテープデッキは、ナカミチだったか、ソニーだったか。
最初の印象は、「?」。
キャット・スティーブンスはまぁまぁ良くて「これは好きになるかも」と思ったんだけど(実際その後好きになる)、ジム・クローチについては「なんか合いそうもないな」というのが最初の印象だった。
ウエスタン?
フォーク?
ブルース?
この辺のジャンルにあまりくわしくなかったボクは、よくわからなかったのがホントのところ。
まぁざっくり「アメリカの演歌」なんだろうと思った。
『Photographs and Memories』という甘ったるい題名と、田舎くさい男の写真のジャケット。
なんかそれも「全然イケてない感じ」だった。
そんなことも忘れかけたある日。
車で軽井沢まで遠出して、夜中にひとり、東京に戻ってくる途中のこと。
車に置いてあるカセットテープは全部聴いちゃったんで、仕方なくこれをかけた。
あれ?
このカセットなんだろう?
ジム・クローチ?・・・んー?・・・あ、先輩が貸してくれたヤツか!
その程度の印象だった。
で、かけた。
疲れ果てた夜中の1時。
車も少ない真っ暗な関越自動車道。
まだ先は長い・・・
もう想像つくと思うけど、これのシチュエーションがハマったわけですねw
なんかすごいカタルシスがあった。
涙が出るくらい。
気がつくと大音量にして、何度も何度も繰り返し聴いていた。
そうしてジム・クローチの良さや味がわかったボクは、このカセットをしつこいくらい聴くようになった。
そしてようやく、その先輩が無理矢理貸してくれた意味がわかった。
このLPも、ジム・クローチも、あの辺のジャンルを特に好まない日本人なら、自分からは絶対選ばない。
だから、なんか無理矢理感が必要だったんだ。
そして、ジム・クローチだけでなく、そこにキャット・スティーブンスをカップリングさせて貸した感じもすんごいよくわかった。
ジム・クローチからそんなに離れておらず、それでいて、ちょっとマニアック度を緩和してくれるキャット・スティーブンス。
あぁ・・・絶妙だったんだなぁ・・・
やるなぁ・・・先輩・・・w
時代は移り、LPからCDへ。
ジム・クローチの『Photographs and Memories』がCDになって日本で売られることを待ち望んでいたのだけど、その気配すらなかった。
周りにジム・クローチを愛好している人もいなかったから、すごく孤独だった。
先輩みたいに、誰かに無理矢理貸したかった。
でも、そもそも売ってくれないと、人に勧めることも出来ないんだよ(LPはすごい勢いで時代遅れになっていったし)。
そのうち、違うタイトルのベスト盤が発売され、それをボクはいそいそと買いに行き、大事な友人や付き合っていた女の子とかに「ジム・クローチって知らないと思うけど、でもすごいいいんだよ!」って無理矢理貸したりしていた(キャット・スティーブンスといっしょに!)。
でも・・・誰も好いてはくれなかったなw
先輩のあれ、「絶対佐藤は気に入るはずだから!」ってのも、大事だったんだな。
ボクの周りには、ジム・クローチを愛好しそうな人は、ほぼいなかったということだ。
ジム・クローチ。
彼は「ルロイブラウンは悪い奴」で全米第1位を初めて獲った2か月後、飛行機事故で亡くなった。
1973年。
30才。
本当にこれからという時の死。
でも、長くやっていてもそんなにヒットを重ねられなかったんではないかな、と思う。
曲想が全部似ている。似すぎている。
「Don't mess around with Jim」「Time In A Bottle」「Operator」「I Got A Name」「New York's Not My Home」「Photographs and Memories」……
とはいえ、、曲想が似ているからこそ、ハマるとすごいチカラを発揮する。
夜中のドライブ。
薄暗い木の匂いのするバー。
家で飲む長い夜のバーボン。
シチュエーションにハマると、この声は尋常でなく人を安心させる。不器用な歌と曲が、心にゆっくり沁みてくる。
甘い話になっちゃうけど。
自己憐憫に浸りたくなる長い夜、ボクはこっそりとジム・クローチに頼る。
そういう意味で、ボクの人生に欠かせない一枚になった。
先輩、ジム・クローチを教えてくれてありがとうございました。
このCDを聴くと、いまでも先輩のあの時のちょっと照れたような、不安なような、でもボクが気に入ると確信しているような、複雑な表情を思い出します。
無理矢理貸すのって、勇気いりますよね。
本当に、ありがとうございました。
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