聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇16) 〜「ロトと娘たち」
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。
さて、今日はわりと鬼畜な話だぞ。
まだ旧約聖書を全部読み込んでいるわけじゃないけど、現代の感覚で言うとトップクラスに鬼畜な話だ。
だって、娘姉妹が父親を酔わせてレイプする話なのだ。
近親相姦なら旧約聖書でもギリシャ神話でも頻出する。
でも、レイプだからなぁ。。。
しかも、名だたる画家たちが好んでこのエピソードを絵にしている。
どういうこっちゃねん。
本題に入る前に、例によって短く復習しておこう。
神は天地を創り人を造ったんだけど、人間たちの不敬と不法に呆れ、大洪水を起こしてノア・ファミリー以外全滅させた。
で、そのノアから11代、アブラハムの時代に話は移る。
アブラハムはイスラエル民族の祖にして信仰の父という超重要人物。その甥っ子がロト。
アブラハムは、神の啓示を受けてウルという土地から約束の地カナンに引っ越すんだけど、飢饉であっさりエジプトに移動し、そこでいろいろあって金持ちになってまたカナンに帰ってくる。
で、ここからが前回の「ソドムとゴモラ」の話になり、ロトが登場人物としてクローズアップされる。
カナン近くで、いままで同行してきたアブラハムとロトは分かれ、別の土地に住む。ロトは死海のほとりの町ソドムを選んだ。ソドムは悪徳、頽廃、乱交がはびこる町だった。
で、神が怒ってソドムを滅ぼすんだけど、アブラハムの取りなしもあって、ロト家族だけ「助けたるから、先に逃げよ」ってこっそり逃がしてもらう。
ロトたちは必死に逃げる。
妻は、神が言った「決して後ろを振り返るな」という言いつけを守れず振り返って炎上するソドムを見てしまい、途中で塩の柱になってしまう。
つまり、ロトとふたりの娘だけ逃げおおせた、ということだ。
ここからが今回だ。
つか、ロト家族はどうなってるんだ?
ロトは、ソドムで男色家たちに「まだ男を知らない娘」を差し出してしまうし(前回参照)、妻は言いつけに背いて振り返ってしまうし、娘たちは順番に父親をレイプする。
ドラゴン・クエストの伝説の勇者イメージが台無しじゃないか!(関係ありませんw)
まぁいいや。
で、ロトはソドムから近くの小さな町に逃げ込んだんだけど、その町に住むことを恐れるようになる(理由は聖書に書いてないけど、神に滅ぼされたソドムから汚れた奴らが来たって、住民に殺されそうになったんじゃないかな)。
で、その町から出て、2人の娘と洞窟に住む。
ちなみに、ロトの洞窟は(後付けだと思うけど)、ヨルダンに実在するそうだ。本当にここに住んだのかどうか知らんけど。
さて。
今日の1枚。
シャガールだ。
この絵がすっごく好きということではないのだけど、なんかこの題材でのいろんな絵の中では一番ホッとするというか・・・。タッチが生々しくない分、好きなんだよね。
さて、ちょっと胸くそ悪いけど、ストーリーを追っていこう。
ロトと娘たちは、洞窟の中に隠れて暮らす。
(アブラハムを頼ればいいと思うんだけどなぁ・・・それはしない)
で、ある日、姉は妹に提案をするのである。
「このあたりに私たちと結婚してくれるオトコなんていないわ。たぶんこれからもずっと誰も来ない。このまま行くとロト家の血は途絶えてしまう。こうなったらお父様から子種をいただくしかないんじゃない?」
「そうね、お姉様! じゃぁお父様にワインをたっぷり飲ませて酔わせてしまって、なんとか子種をいただくことにしましょう!」
姉妹はこの計画を実行に移す。
一晩目は姉。
二晩目は妹。
どちらの時にも、父ロトは完全に意識を失っており、レイプされたのに気付かなかった(と、聖書には書いてある)。
そして2人の娘は父親の息子を出産した。
いやいやいやいや!
いろいろおかしくないか?
子種だけが欲しいなら、自分を偽ってどこかの町に行けばいい(ソドムだけが乱交の町ではないだろう)。
つか、ごめん、娘だと気がつかないくらい前後不覚になったら、男の機能などまったく役に立たんぞ!
若いならともかく(ともかく?)、年頃の娘がいるロトの年齢では絶対無理!
というか、いくら血脈のためとはいえ、父親と・・・
って、気分悪くなった人がいたらすいません。
ボクも書いてて具体的に想像しそうになって脳みそ止めたわ(娘がいるので)。
そして、こんな鬼畜なエピソードを、わりと多くの画家たちが描いている。
しかも大変お下劣な絵も多い。
まぁ画家としては「堂々と男女間のいかがわしい関係を描ける」ということだったのかもしれないな。
だって、当時はエロ雑誌もないし、ビデオもない。かといっていかがわしい絵を描くのも御法度。でも、旧約聖書のエピソードなら堂々とエッチな場面を描いてもおとがめがない。そんなような背景があった気がする(あくまでも想像だけど)。
ということで、他の作家の絵も見てみよう。
これらを見ていくと、あなたも「あぁ、シャガールの絵はホッとするわ」ってなると思う。
まずは状況を全部「説明」しているいくつかの絵。
つまり、ソドム炎上からロト家族の逃亡、塩の柱になる妻、そして娘たちのレイプまでをひとつの絵に入れている。
そうやって「聖書が読めない文盲の民衆」に、「聖書の場面を説明することに徹している絵」だと思うのだけど、そうまでして説明して得られる教訓がこのエピソードにあるかなぁって思う・・・。
ヤン・ブリューゲル。
遠くにソドムの炎上。真ん中手前に小さく塩の柱になった妻。そして左下にロトと娘たちのポルノシーン。
こうやって物語をすべてひとつの絵に入れちゃうことで、旧約聖書のこの場面を解説しやすくしているわけだけど、んー、そうまでして解説する必要がある話か、ってことですよ(ソドムの滅亡などは教訓としていいと思うけど)。
ルーカス・ファン・デル・レイデン。
これは手前の橋に逃げていくロトたちも描かれている。超説明的。
ただ、左下がポルノちっくではないので、まだマシか。
妹がもうワインをどんどこ飲ませようとがんばっている。
つか、父親ロトよ、正体不明に酔っているんじゃないのか?
自分から行ってるじゃねーか。
クラーナハ。
これも説明的だけど(右端に逃げてるロトたちと塩の柱になった妻がいるね)、まぁでも可愛くは見える。
でもね、なんか抱いている姉と父の関係が絵として逆にキモい。
なんか好きになれない絵。まぁクラーナハっぽいんだけど。
リッピ。
これはまだしも上品だね。
ヤン・マサイス『ロトと娘たち』。
なんか左にいる姉のカメラ目線が妙に卑猥。
これってもう子種目的じゃない気がする・・・。
ロトの目は完全に据わってる。
ヤン・ステーン。
この辺から品がなくなっていくので、お覚悟を。
ロトのクソ親父ぶり・・・w
それと左にいる妹(?)の手が直接的すぎてイヤだぞ。
ヘンドリック・ホルツィウス。
脱いじゃったね。
ロトの酔った感じはよく出てる絵。
とはいえ画家たち、やっぱり公然とポルノを描きたいだけなんじゃないかと思わせる絵。
アルブレヒト・アルトドルファー。
んー、いやもうなんというか、当時のエログラビアだな。
グエルチーノ。
ロトと娘の腕の間に、遠く妻とソドムが見える。
この絵はね、わりと感じるものがあって、この構図により、彼らの数奇な運命を反芻できるので、なんか「まぁロトたちも運命に翻弄されただけで、いろいろ大変だよな」というちょっとした共感が生まれる。
そういう意味で、この絵は好き。
クールベ『ロトと娘たち』。
そうかー、巨匠クールベも描いているのかー。
まぁでも直接的じゃなくて悪くないなと思う。
ここからは、「説明」の部分がない絵。
つまり、ソドムの遠景とか、塩の柱とかが描かれていない、ロトと娘たちだけの絵だ。
アルテミジア・ジェンティレスキ。
なんだろう、絵としては嫌いじゃないけど、あえてこの題材を選んだ意図がいまいち不明。
グエリエーリ(Giovanni Francesco Guerrieri )。
おおーバロック。カラヴァッジョっぽい。カラヴァジェスキなのかな。
ピエトル・ヨセフ・ヴァーハーゲン(Pieter Jozef Verhaghen)。
酔っ払ったロトとかいい感じだけど、いやーこんなに年輩でイケる?w
巨匠も描いてる。
ルーベンス。ルーベンスが大好きな太った女性。でもこの絵はあんまりイヤな感じはしないな。品がいいからだろうか。
オラジオ・ジェントレスキ『ロトと娘たち』。
これ、よくわからない絵だ。何を指さしているんだろう。ソドムかな。
赤い服の後ろ側にある杯と壺は生殖の寓意かと思う。
グイド・レーニ。
品はあるけど、なぜこの題材をあえて選んだかがわからない絵。
フランチェスコ・フリーニ。
この老人の顔はわりと好き。この絵を見ると、意外とロトはわかってて知らんぷりをしたのかも、と思う。血脈のために。子孫を絶やさないために。
ちなみに、近親婚もしくは近親相姦は当時はタブーではなく、神の神聖な血統の断絶と拡散を防ぐため、という説もある。
現代の価値観でこれらの話を見るナンセンスはわかっているんだけど、でもねぇ・・・。
シモン・ヴーエ。
えらく積極的なロト、そして娘だ。
単に描きたかっただけ、なんだろうなぁ、と想像する。
ということで、これらの絵に辟易したところで、もう一度、冒頭のシャガールを貼るよ。
まぁ裸だし、ワインの持ち方とかエッチだし、全体にどうかなとは思うけど、でも、上のたくさんの絵を見たあとだと、なんかホッとする。
それはわかっていただけるかもしれない。
このようにして、ロトの二人の娘は父の子を身ごもり、やがて、姉は男の子を産み、モアブ(父親より、という意味)と名付けた。彼は今日のモアブ人の先祖となる。
妹もまた男の子を産み、ベン・アミ(私の肉親の子、という意味)と名付けた。彼は今日のアンモンの人々の先祖となる。
(どうでもいいけど、名付けが過激すぎるw)
モアブ人とアンモン人は、のちにユダヤ民族と敵対する。
つまり、このエピソードは、相手の出自を貶めるため、ととることもできるわけだ。
ちなみに、お馴染みティソ様の絵を探してみたらあったあった!
まぁすごく面白いってわけではないけど、姉妹が悪巧みしているところで止めているのがわりとマシ。
画というよりは聖書の挿絵に近い絵っぽいけどね。
というか、ティソが描く女性って、わりとワンパターンだということがだんだんわかってきたw
はい、ということで外伝的なエピソードだった今回もオシマイ。
アブラハムとサラの夫婦にイサクが生まれたことで、ハガルと息子イシュマエルは追放されちゃうんだよね。可哀想に・・・。
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このシリーズのログはこちらにまとめてあります。
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間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。