聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇30) 〜「夢を解くヨセフ」
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。
今回のは、映画『ショーシャンクの空に』を思い出させるようなエピソードだ。
映画では、有能な元銀行員が無実の罪でショーシャンク刑務所に収監されるが、めげずに牢獄の中で有能さを発揮していき、少しずつ未来が開けていく姿を描いている。
結末は違うけど、根幹となるストーリーはとても似ている。
たぶん、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教文化圏の人たちは、この映画を観ながら、「無実の罪で牢獄に入れられたけど、めげずに有能さを発揮して最終的に取り立てられるヨセフ」のことを想起しているんだろうな、と思う。重要な小道具として聖書も出てくるし。
で、ヨセフの物語の結末を想起した上で、「じゃ、この映画の結末はどうなるんだ?」っていう映画の楽しみ方をしている。たぶんね。
そういう共通知識の元に観ると、この映画もまた違う深さがあったりするのだろう。
やっぱ知ってると知らないではずいぶん違うなぁ(もうちょい若いときに勉強しておきたかった)。
ということで、まずはここまでの物語を1分で読んでみよう。
アブラハムはいろいろあって「約束の地カナン」に住むようになる。
息子イサクは双子の息子に恵まれるが、弟ヤコブは小ずるい策士で、兄から長子権も祝福も騙し取って他の地へ逃げる。ただ、その後結婚詐欺とかも受け、いろいろ苦労した挙げ句、カナンに戻ってくる。
ヤコブは12人の子どもに恵まれるが、最愛の妻ラケルにできた11番目の息子ヨセフを溺愛してしまい、ヨセフのKYぶりも相まって、10人の兄たちはヨセフを憎むようになる。
で、ある日、ヨセフは兄たちに囲まれて殺されかけ、挙げ句エジプトの隊商に奴隷として売られてしまう。
エジプトに売られたヨセフは、王の侍従長ポティファルの奴隷になる。
ただ、そこで彼は有能さを発揮し、いつしか家計をすべて任されるようになる。
で、その有能さとハンサムさに惹かれたポティファルの妻に言い寄られるのだが、ヨセフはかたくなに断り、妻の面目をつぶしてしまう。妻は旦那に「ヨセフにベッドで襲われたの〜」と訴える。
で、ヨセフは無実の罪で牢獄に入れられてしまう。
前回の「ポティファルの妻の誘惑」では、この無実の罪で牢獄に入れられちゃうところまでを書いた。
ただ、ヨセフはなかなかすごい。
牢獄でも、いちいち有能で、たちまち看守長から絶大な信頼を勝ち得てしまう(その辺が『ショーシャンクの空に』ぽい)。
看守長「いや〜、有能すぎるわ。もう全部任せるわ〜」
どんだけ有能なんだよw
で、ヨセフは、囚人仲間たちにも親切だ。
ある日、同じく牢獄に入っていた王(ファラオ)の給仕長と料理長から頼まれて夢解き(彼の特技)をする。
それはすべてその通りになり、給仕長は王の下に戻る。
(料理長は悪い夢解き結果が出て、そのとおり死んでしまう)
ただ、その給仕長は「うまく王の下に戻れたらヨセフを取りなしてやるからな!」って言った約束をすっかり忘れてしまったので、ヨセフはそれから2年も牢獄から出られない。
で、ずぅっと牢獄に入りっぱなしかと思っていたある日、王さまに呼び出されるのである。
王は夢を見た。
周りにその夢の話をするが、誰もその夢が解けなかった。
で、給仕長がヨセフのことをようやく思い出すわけ。
「王さま、そういえば牢獄にヨセフという不思議な若者がいます。以前、牢獄にいたとき、わたしが見た夢を解いてくれました。それが当たったから、私は今、宮殿で働いているんです!」
王は、ヨセフを宮殿に呼び寄せる。
そして、見た夢のことを話す。
夢の中で、わたしがナイル川の岸に立っていると、 突然、よく肥えた七頭の雌牛が川から上がって来て草を食べ始めた。
その後から、今度は貧弱で、とても醜い痩せた七頭の雌牛が上がって来て、初めのよく肥えた七頭の雌牛をみな食べてしまった。
草食の牛が、共食いしたんですか王さま!
まぁ待て。まだある。
7本の良く実った麦の穂が生えていたが、7本のヒョロヒョロの麦が、この良く実った麦を食べてしまった。
いったいこれらはどういうことか、解いてみよ。
麦が麦を食べるってどういうことっすか王さま!!
ヨセフは、その夢をこう解いた。
王さま、それは神からのお告げです。
これから7年の間、エジプトにはたくさんの小麦やとうもろこしなどの収穫があります。しかし、その後の7年間は飢饉が続いて何も穫れなくなります。
だから、賢い人を大臣にして、最初の7年の間、倉庫を建てて、小麦やとうもろこしを大切にしまっておくのです。そうすれば、飢饉になって何も穫れなくても困ることはないでしょう。
ヨセフの夢解きに関心したファラオは、ヨセフをいきなり総理大臣に任命する。
(マジか!)(いきなりか!)(もうちょっと考えようよ!)
まぁすぐ話してわかるくらい有能さが滲みでていたんだろうな。
もしくは「オマエが言ったことだ。オマエが実行し、オマエが責任をとれ」ということかもしらん。
それにしても、収監されている奴隷からの1000段飛びくらいな出世である。
信じられないほどの超抜擢。そのときヨセフ若干30歳!
ただ、その後、すべてヨセフの夢解きどおりになるんですね。
つまり大豊作のあと大飢饉がくる。
そしてヨセフの策が当たり、エジプトは大飢饉に耐えることができたわけ。
すごいな、ヨセフ。
そういうお話である。
さて、今日の1枚。
このエピソード、王の前で夢の説明をしているヨセフの絵がわりと多いんだけど、このエピソードの本質は、牢屋の中でも丁寧で親切に夢解きをしてあげるヨセフの姿だと思う。
つまり、「苦難にあってもめげずに誠実に努力する」という教訓になっていると思う。
なので、その中の絵から1枚を選んだ。
ランゲッティ(Giovan Battista Langetti)が何枚か書いているのだが、そのうちの1枚。
右側がヨセフ(牢獄でこんないい格好していないと思うけどねw)。
で、囚人だとバカにせず、丁寧に夢を解いてあげている。
夢を解いてあげている相手は、このあと夢解きの通りに3日後に死んでしまう料理長だろう。
なぜかというと、ランゲッティは他にも描いていて、この絵(↓)の裸のオジサンは上の人といっしょ。そして夢解きを聞いて絶望している。
つまり、3日後に死ぬ料理長。
で、もう1枚(↓)を見ると、もうひとりは、夢解きを聞いて「ふむふむ」ってなってる(奥に料理長がいるね)。
つまり、この人は、このあと王の下に戻れる給仕長だな。
いずれにしても、バロックっぽすぎる絵なんだけど、牢獄でのヨセフの誠実な生き方を示しているいい絵だと思う。
フリードリッヒ・ヴィルヘルム・フォン・シャドーも牢獄でのヨセフ。
真ん中で落ちこんでいるのが料理長で、右が給仕長かな。
ちなみに、ふたりの上にある円は、料理長の夢解きの図解だ。
これ(↓)ね。
どんな夢解きかというと、まず左の円、料理長のほう。
この夢はこんな夢だ。
「料理長の頭の上にかごが3つあった。すると鳥がやってきて一番上のかごの中に入ってある王(ファラオ)のための食事を食べてしまった」
で、ヨセフによる夢解きはこんな感じ。
「3つのかごというのは3日のことです。3日後、王様はあなたを木につるして殺し、鳥が死体に群がることでしょう」。
それを聞いて、料理長は落ちこんでいるわけ。
ま、そりゃ落ちこむわ。
上のランゲッティの絵の料理長も「うぎゃー」って落ちこんでいるw
そして3日後、本当に料理長は殺されてしまう。
右の給仕長の夢はこんな夢。
解像度ボケボケでわかりにくいね。
夢はこんな感じ。
給仕長の前に1本のぶどうの木があり、その木には3本のつるがあった。そのつるが芽を出すと、すぐに花が咲き、ぶどうの実がなった。給仕長がそのぶどうを摘み、王の杯の中に搾って入れ、その杯を王に渡した。
絵は杯を渡しているところだね。
この夢をヨセフはこう解き明かす。
「3本のつるというのは3日のことです。3日後、王様はあなたを元の地位に戻し、以前のように王に杯を渡すのを許されることになります」
で、上のあらすじに書いた通り、給仕長は王の元に戻るのだ。
ジロラモ・ブルサフェロ(Girolamo Brusaferro)も牢獄の中の3人。
左のヨセフが夢を解いている。たぶん頭を抱えているのが料理長。
ジェームズ・ティソさんは、例によってもっとリアルな挿絵風。
牢獄だからね。こっちのほうが近かっただろう。
料理長は落ちこんで奥でふて寝してる。そりゃ落ちこむわ。
というか、「ヨセフ! 勝手なこと言うんじゃねー!」って殴りかかってもいいくらいだ。
ここからは王(ファラオ)の前に出て夢解きをするヨセフだ。
まぁテーマが「夢解き」なので、絵で描くにしても動きが難しく、全体的に普通の絵が多いんだよね。
まずは毎回毎回状況をわかりやすく絵解きしてくれるギュスターヴ・ドレのこの絵。わっかりやすいなぁ。
やっぱ王の間はこのくらい天井が高いと思うし、王の周りの人たちもイメージ通りだ。
ペーター・フォン・コルネリウス。
王の椅子の背もたれの両脇に、円で描かれた夢の描写がある。
左は7頭の雌牛、右は7本の麦(上のほうに書いた「あらすじ」参照)。
画面左端から出ていこうとしているのは給仕長かな。いやもしかしたらヨセフを牢獄にぶちこんだ侍従長ポティファルがこそこそ出ていくところかもしれない。
いろんな人たちのいろんな表情がおもしろい絵なんだけど、味はそんなにない。
夢の説明という意味では、古い聖書の挿絵からこんなのも。
説明的だけどわかりやすいね。
これも古い聖書の挿絵から。
王が寝ながら夢を見ている。下で元気な雌牛がやせっぽちな雌牛に食べられていたり、その上には7本の麦が描かれているね。ヨセフはいないけど。
レジナルド・アーサー。
王が乗り出して、ヨセフの夢解きとその賢さに魅入られている感じがよく出ている。ヨセフは指で「7」とか表しているようだ。
どーでもいいけど、王の足もとの虎の敷物、暑くない?
アントーニ・ファン・モントフォート。
遠近感を強めに表現して劇的な効果を上げている絵。
ルーカス・ファン・レイデン。
侍従たちが「なんだあの奴隷め」って目で見ている。
そりゃ不安だよな。実際この後いきなり一足飛びで彼らの上司になるわけで。
どーでもいいことだけど、王の前の不思議な食べ物はなんだろうなぁ。なにかの爪に見える。素直に骨付き肉と捉えるべきか。
それとその左側にいる不思議な生き物はなんだろうなぁ。。。
アドリアン・ギニェ。
エジプトっぽいし、奴隷ヨセフと王たちとの差も出ている絵。
シャガール。
右上に雌牛の絵。中途半端に6頭。なぜだw
絵としては好きなんだけど、元ネタわからないとホント意味わからない絵になっちゃうね。
「ポティファルの妻の誘惑」でも印象的な絵を描いていたドイツのロヴィス・コリントはなんだか超変な絵を残している。
おもろいなぁ、なんだろこのヨセフ。
ゲルマン民族がひとり紛れ込んだ感あるw
ジュームズ・ティソから2枚目。
みんな丸坊主だなw ヨセフも上の絵から髪を切ったのだろうか(王の前に出るために?)。ちょっと独特すぎてよくわからん。さすがティソさんw
ストーメルのは王が偉そうw ま、偉いんだけどw
ただ、このあと総理大臣に任命するほどの信頼感をヨセフに寄せているというよりは、なんか疑念が感じられる絵。
ティエポロの王も偉そうだ。
ヨセフはなんか必死こいてお願いしている感じになっている。
もしかしたら「おぬしを総理大臣に取り立てるぞよ」「え!本当ですか王様!」というやりとりなのかもしれない。
ちなみに画面奥の方で遠くを指さしているのはなんだろう。ここは読み解けなかった。
ヤコポ・アミゴーニ(Jacopo Amigoni)のも「総理大臣に取り立てたところ」かもしれないな。左下にいる小人(?)がよくわからないけど、縮尺を保ったまま小人になっているのでなんだか不気味。天使か?
フィリップ・ギセラー。
これも任命の場面だろうなぁ。まわりが「えー、奴隷がいきなりっすか!」ってなってる。
さて、最後は、もう偉くなってからのヨセフである。
ローレンス・アルマ=タデマ「ファラオの穀物倉庫を管理するヨセフ」。
もう総理大臣をやっているね。
ということは左側は王か。
こんな長髪の王の絵はあまり見たことないなぁと思ったけど、でもよく考えてみたら、ツタンカーメン像とかの写真はこうだ。
そうか、これは長髪だったのか!
ということは、アルマ=タデマの絵は実はリアル、ということかもしれないな。よく見ると顎髭も描いてあるしね。
という発見をしたところで、今回はオシマイ。
次回は、飢饉を乗り切ったエジプトにカナンの飢饉で疲弊した兄たちがやってくる、というお話だ。
なんと兄たちは弟ヨセフに気づかない。
でもヨセフは兄たちだとすぐわかる。
では、ヨセフは自分を奴隷に売った兄たちをどうするか。
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このシリーズのログはこちらにまとめてあります。
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間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
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