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聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇57) 〜魚に呑まれたヨナ
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。
まずは、システィーナ礼拝堂のミケランジェロが描いた有名な天井絵から。
ミケランジェロが今回のお題「魚に呑まれたヨナ」を描いている。
このエピソード、ストーリー自体は「やる気のないとぼけた預言者のお話」で、わりとどうでもいい話に思えるんだけど、ミケランジェロは(他のエピソードと比べても)かなりのスペースを割いて描いている。
「いや、魚に呑まれたヨナって言うけど、その程度の大きさの魚が人ひとり呑み込むなんて無理ちゃうか?」 みたいなツッコミは置いておいて、下の写真を見てもわかるように、かなりスペースをとって描いているし、位置としてもとても目立つ場所に描いている。
(※この天井絵の絵の配置については、この回とかで言及してます)
なんでこんなエピソードに、そんないい場所を??
しかもしかも!
この絵の場所が「『最後の審判』のキリストの真上」なのだ。
そして、でかい。
下にいるキリストより存在感あるくらいだ。
なんなんだろう、この絵は。
さらにね、ヨナの視線の先には「光と闇の創造」をしている神がいるんだな。
いや〜・・・、これって絶対なんか意味があるよね〜。
ミケランジェロが「なんとなくここに描いた」なんてことは絶対にない。
この小さなエピソードが、そしてエリヤやイザヤに比べると預言者として重要とは思えないヨナが、他の預言者よりも大きく重要な位置に描かれているのは、何かミケランジェロの意図があるはずだ。
実際、ミケランジェロはこの天井絵に7人の預言者を描いているのだけど、ヨナを一番大きく描いている。
それは何故か。
そこがわかると、今回見ていく絵の味が増すんだけど、しばらくはそれがわからなかった。どの本にも書いてないし、ヨナのWikipediaにも書かれていない。
で、たまたま、『システィーナのミケランジェロ』(青木昭著)という本を読んでいて謎が解けた。
どうやらヨナのお話はこういう位置づけらしい。
(1)ヨナは魚に呑まれて3日目に魚の口から蘇る。それは十字架にかけられて亡くなってから3日後に復活したイエス・キリストと同じ体験であり予型である。
(2)このエピソードで、神は初めてイスラエルの民以外を救う。つまり「全人類の神」としての存在を明確に示したエピソードである。
なるほどー。
つまり、ヨナは、天井の旧約聖書と新約聖書をつなぐ大切な存在であり、全人類の神として存在する証明であり、ヨナが神を見つめているのは、「イエスが父なる神を見つめていると同等」、ということか!
そうかー。
これを知るまで、「なんでこんなしょーもない預言者が重要な位置なんだ?」って不思議に思ってたよ。
ということで、以上を踏まえて、今回のエピソードを見ていきたい。
普通に「魚に呑まれた」or「魚に吐き出された」絵が多いんだけど、上記の知識があると見え方が少し違ってくる。
さて、ストーリー。
いや、やる気がないんだよなヨナ。よなヨナ。YONAYONA。
ある日、ヨナは神の言葉を聞く。
「アッシリア帝国の首都ニネベの人たちに会いに行き、悔い改めよと伝えよ。さもなくば神の鉄槌が下り、ニネベは40日後に滅びる、とも伝えよ」
アッシリア帝国、覚えてますか?
この回でまとめたように、この帝国にヨナの住む「北・イスラエル王国」はこのあと跡形もなく滅ぼされる。つまり敵だ。大敵だ。
※図はサイト「世界史の窓」の「アッシリア帝国」のページより引用。
そして、預言者のくせに、ヨナは素直にこう思う。正直だ。
「え〜?・・・敵国の首都に敵たちを救いに行く? そんなことするわけないやん。滅びたほうがええやんw 敵やで?w 救う必要なんかないやんw」
ま、そう思うよね。
自分たちの王国を滅ぼそうとする異教の徒たちを救うとかありえない。
神が一番嫌っている異教の徒だ。
この言葉はなんかの間違い、もしくは悪魔の言葉だ。
で、ヨナは神の言葉を無視して、逃げるようにニネベとは逆方向の船に乗る。
上の地図を見たらわかるが、ニネベは内陸。なのに船に乗るわけだ。
なんか神の声が日々追ってくるので、遠くに逃げたいと思ったのかも。
でもあの神が逃がすわけがない。
彼を捕らえ、反省させ、元いた場所に戻すんだな。
神の力で、船は猛烈な暴風雨に見舞われ、沈む寸前になる。
ヨナ、意外と正直者で、大慌てで船員たちに謝る。
「すまん! みんなすまん! オレ、神さまの言うことを無視して、神から逃げるためにこの船に乗り込んだんだ。すまん、もしかしたらこれって神の怒りかも!!!」
船員たちは「ばっかやろーー!」「この疫病神めーー!」「オレたちを巻き込むなーー!」「この船から出てけーー!」「神よー、オレたちは関係ありません、こいつが悪いんですー」って怒って、ヨナを海に放り込む。
大荒れの海の中、ひとり放り込まれるヨナ。
これで一巻の終わりと思ったら、ヨナは大きな魚に呑み込まれる(クジラ説が一番有力)。
これも神の操作やね。
ヨナは魚の腹の中で生きる。
反省し、とにかくひたすら神に謝り、神の栄光を称える。
そしたら3日目に魚がヨナを吐き出してくれて、ヨナは助かるのだ。
元の場所に戻ったヨナ。
「あぁ助かった・・・まぁでもこりゃニネベに行かんとしゃーないな・・・敵国に行くのかー・・・気が重いなぁ・・・なんでわざわざ敵を救うねんな」
ブツブツ文句を言いながらニネベの町に行くヨナ。
で、「敵がオレの言葉に聞く耳もつわけないやん。異教徒やで」と、全然期待せずに町の人たちに神の言葉を伝えたら、ニネベの人々は驚いていきなり悔い改め、神に滅ぼされるのを免れるのだ。
いやいや、異教徒やで。
神がいままで一番嫌っていた人たちやで。
ええええ〜?
って、そういう話。
つまり、神の愛は、イスラエル民族だけでなく他の人々にも向けられているのだよ、というお話が、旧約聖書のラストのほうになって、唐突に現れた、ということだ。
んー・・・なるほどね・・・(深読みしたくなるなぁ)。
というか、大魚(クジラ)に呑まれる、となると、思い出す物語がありますよね。
そう、ピノキオ!
ピノキオのあの場面は、この旧約聖書のストーリーをモチーフにしているわけだ。
嗚呼そんなこと思っても見なかったよ。
そう考えて映画『ピノキオ』のストーリーを思い出すと、なかなか趣深いことであるよ。
では、絵を見ていこう。
まずは「今日の1枚」。
ヤン・ブリューゲル(父)。
『バベルの塔』を描いた有名なピーテルの息子。ヤンの息子もヤンなので、(父)と表記される(ややこしい)。花を描くのが得意な、いわゆる「花のブリューゲル」とも呼ばれる人。
この絵、上記の話なんかを念頭において見ると、特に趣き深いなと思う。
もちろん単に「助かった〜」と拝む格好で出てきたとも言えるけど、キリストの復活を確実に意識した絵だと思う。
クジラ(?)の目がなんかこのエピソードのとぼけ具合を表しているようで、これもいいな、と思う。全体のバランスもよく、いい絵。
ちなみに左下になぜかカタツムリがいる。
これ、「なまけもの」「のろま」の寓意かもしれない(違うかも)。
ヨナはここで改心するけど、基本なまけものだからなぁw
これ(↓)もヤン・ブリューゲル(父)。
漁村の日常風景だ。
平凡の日常の中に事件が隠されているんだ(違)。
どこで何が起こっているかわかりにくいけど、右の海上をよくよく見ると・・・
海に放り込まれようとしているヨナと、待ち構える魚がかすかに見えるね。
ラストマン。
ヨナの格好がおもろいなぁ。吐き出されたところだろう。
なんか魚の造形はこれが一番好きかも。すごい。
描き人知らず(18世紀)。
もう完全に「獅子舞」w もしくはバラゴン。
素人くさい絵ではあるけど、魚の造形は面白い。遠くに見える町並みがやけに近代の摩天楼っぽい。
ギュスターヴ・ドレさん。
吐き出された直後かな。魚の触角が怖い。
ポール・ブリル。
暗い夜の海でよくよく見ていかないとわからないけど、中央下に赤い口をあけた大魚が見えている。
船の上をよくよく見ると、ヨナっぽい人影が手を広げて海に放り出されようとしているのがわかる。
ガスパール・デュゲ。
これは陸からの観客あり。
これもよくよく見ると、船から放り出されようとしているね。
・・・というか、題名が「ヨナとクジラ」みたいになっているんだけど、クジラが描けていない画家が多いなぁ。
でも、特に中世はもちろん水族館などなく、きちんとクジラを観察できなかったんだろうな、と思う。
もしくはクジラは知ってたけど、ここぞとばかりに想像を膨らませて怪魚を描いたか。
いや、だったら正確にクジラを描いた絵も存在するはず。
単に「クジラの正確なカタチを知らなかった」に一票。
オーストリアのバート・アウスゼーにある教会のフレスコ画。
この絵も不思議な魚。
というか、もっと魚が大きくないと、ヨナ、中で息もできん!
アダム・ウィラールト。
普通に嵐に翻弄される船の絵かと思ったら、よく見ると大魚とヨナがいる。
ほらw(↓)すごく細かく描き込んであるなぁ・・・。
両手を広げて「ピース!」みたいにしてる男はなにしてるんだろう?w
Carlo Antonio Tavella。
これまたわかりにくいけど、左隅に大魚がいる。ヨナは放り出される寸前。
ティントレット。
ぶわ〜って息をする鼻をもった大魚の口から出てきたヨナだと思うけど、なんか魚に見えないね。
ジェームズ・ティソさん。
魚の口から吐き出されたヨナ。もっとぐじゃぐじゃネバネバだと思うし、ティソさんにこそそういう絵を描いて欲しかったな。
ヒエロニムス・ウィーリクス(Hieronymus Wierix)。
もうファンタジーだね。でもこの魚の造形はとてもいい。おもしろい。
描き人知らず。
力作だ。海の荒れ具合や色の使い方とかいいな。
聖書の挿絵。
昔はこういう絵を見ていろんな想像を巡らせて楽しんだんだろう。触角がある怪魚。こういうおぞましいのに呑まれるヨナは、キリストの受難と同じくらいの苦難だった、ということか。
これも聖書の挿絵。
呑み込まれるところと吐き出されるところの両方が描かれている説明的な挿絵。呑み込むところ、魚がライオンのよう。
これも聖書の挿絵。
ヨナの後ろの湾に大魚がたくさんいる。ほぼサメだね。
これも挿絵なのだと思うけど、なんか魚とヨナが可愛い。拡大してみてみてください。
Dominicus Custos。
船から放り出されるヨナと、これまた恐ろしい顔の魚。
出典がわからない(Jami al-Tavarikhって書いてある)。
アジアのものかな。天使が「ハイ、服よ、着なさいな」って渡そうとしている?
Hans Dantzler。
チューリッヒにあるステンドグラス。呑み込むところと吐き出したところ。これまた怖い魚だなぁ。「神さまの言うことを聞かないと、あなたも魚に呑まれますよ」と子どもに教会で説教するのに使われていたに違いない。
この辺から「珍品」になっていくぞ。
これは魚の腹の中のヨナだけど、この怪物、なんだ?w
手があるし!
というか、ヨナ、普通に消化されちゃうやろ!
アクイレイラ大聖堂のモザイク画。
なんつうか、恐竜?
ヨナの吐き出され方が超おかしいw
カリッシミ「オラトリオ集」。
ジャケットか本の表紙か。なんか可愛いので採用。ヨナが聖人ちっくになっているけど。でも、やる気のない顔してるw
サルギス・ババヤンの彫刻(20世紀)。
これ、おもしろい彫刻だな。ヨナが鯨のお腹の中で必死に祈ってる。
ここに来てようやくクジラらしい造形が(現代の彫刻だけどね)。
Tim Evanson。
呑み込まれたところだろうか。それはそうと魚に足がある・・・。
デンマークのチホルム市の教会にあるオブジェ?
なんかちょっと滑稽なエピソードだけに、いろいろ遊ばれているね。子どもたちに「神さまの言うことを聞かないとこうなるぞ」って説教する用のオブジェかと。
Mozacの修道院の柱の飾り彫り(12世紀)。
仏教徒みたいなヨナ。諸行無常。
ドイツのウラッハ城に残された「そり」らしい。確かに座る場所がある。
しかしなんでそりにこの題材を採用したんだろうw
「うわっ、おまえのそり、ヨナじゃん?」
「うわーー、ヨナのそり、いいなぁ!」
って子どもの間で大評判(だっただろうな)。
ヘルダーンの聖マリアマグダレンという場所にあるドアノブw
いやぁ、いいなぁ。素敵。
Rose Campbell-Gerke。
おもちゃの貯金箱。
上の絵に「へー、おもろい」と思っていたら、実物を見つけた(↓)。
からくりで動くはずだけど(コインがクジラに呑まれるんだろう)、なんか実物見ると動きそうもない・・・。どう動くんだろう?
これ(↓)も珍品。
「マッコー鯨の頭部に大量に含まれる白色の油」をSPERM OILというらしい(SPERM=スペルマ、つまり精子)。その製品ラベルだろうと思う。
クジラといえばヨナが常識的に想像される、ということなのだろう。
どっかの公園のオブジェ。
魚の中に悩み深いヨナがいるw 可愛いな。公園で子どもたちに教訓を与えているんだろうな。
これも珍品。
「An alphabet of celebrities - J」と書いてある。有名人カルタ、みたいなものかな。
J is for Johnson, who only says « Pish ! » To Jonah, who tells him his tale of a fish.
ヨナが魚に呑み込まれた話をしてるんだけど、ジョンソン(大統領か?)が「へ!」って言ってる、ってことか?
さて、今回もこれでオシマイ。
ヨナの話はなんだか「はぁ・・・」って話なんだけど、システィーナ礼拝堂でのミケランジェロの狙いがわかってから、ちょっと深く読み込めて面白かった。
最後に、敵の町ニネベで面倒臭そうに「悔い改めよ」と説いている姿をドレさんが描いているのでそれを。
なんかまわりの人々(敵たち)がえらく落ちこんでいるのがおかしい。
つか、素直だな。素直すぎるな。
敵であるヨナが「悔い改めよ、さもなくば滅びん」って言っているのを、「ふざけるな!」「殺すぞ!」とか反感も持たず、素直に聞いて悔い改める。
このあたり、んー・・・ちょっとありえん、と思うんだけど。
ということで、次回は「ヨブの信仰」のお話を。
信仰深い男が苦難に遭う物語。
財産はなくすわ、子どもを殺されちゃうわ、ひどい皮膚病にはなるわ、これでもかと不幸がヨブを襲う。そのとき男は? 友人は? 神は? という物語。
※
このシリーズのログはこちらにまとめてあります。
※※
間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
※※※
この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。
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