逝きし世のフサフサ
コロナ禍で外出禁止のゴールデンウィークは、少しずつ断捨離した。
そして、ご多分に漏れず、いろんなものを見つけて、手がいちいち止まった。
本が一番、手が止まる。
なんとなくパラパラめくるともういかん。
その場でじっくり読み込むことになる。
特にこんな分厚い本が出てくるといかん。
半日もっていかれる。
そんなこんなの断捨離中、現れ出でたるは箱に入った過去の免許証の束。
「ちょっとちょっと」と娘を呼んで昔の免許証写真を見せ、「キモッ」とひと言で片づけられる哀しさよ。
あの頃は毎朝「朝シャン」してたな。
あの頃は「ムース」とかつけてたな。
あの頃は強風が吹くと頭を手で押さえて「卑屈」になってたな。
あの頃は座ってる後ろに立たれると「殺意」を感じていたな。
つるつる気持ちいい頭を撫でながら思い出す。
免許証写真の髪の毛の変遷を見るに、髪を剃ったのは40代半ばか。
人生から「髪」という存在をなくすのが、どれだけさっぱりするものなのか、いくら伝えても伝えきれない。
ほんと、髪の毛を剃って楽になった。
気分的には無料の永久脱毛である。
頭の上のムダ毛処理である。
ということで、髪の毛の変遷を晒そう。
一番最近の免許証から遡るよ。
56歳(2017年)
頭の上のムダ毛をすべて処理した頃だ。
51歳(2012年)
頭の上に陰影を残している頃だ。
46歳(2007年)
顔のフレームとして、髪の毛と髭がいい仕事をしている頃だ。
41歳(2002年)
頭頂部が林に囲まれた野原みたいになっていた頃だ。
36歳(1997年)
顔の上下をひっくり返してもわからない頃だ。
※
この間、24歳から36歳が、12年飛んでいる。
免許証、どっかにあるんだろうけどなー。
見つかったらまたシェアするが、近場にあったこのころの写真を貼っておこう(↓)。
たぶん30歳くらい。
おでこという未知の大陸を発見した頃だ。
24歳(1985年)
薄毛とさらさらヘアーの違いを知り始めた頃だ。
21歳(1982年)
頭を振ると、ふっさーふっさーと風が起きた頃だ。
こうして遡っても、20代30代の頃がまったくうらやましくない。
いやホント。
髪がある人生に、特には戻りたくない。
ハゲの方がいろいろ楽だ。
なにしろ髪の手入れが毎朝0秒だ。
髪型を気にする時間を「他の大事なこと」に向けられる。
シャンプーや整髪剤も買い続けなくて済む。
歳をとったら、むしろ清潔な感じになる。
そう、人生とは、髪を失う過程ではなく、ハゲを得る過程なのだ。
そんなことを思いながら、そっと免許証を箱にしまう。
いや、コロナ禍で弱った心で見てはいけないね。
心が子犬のようにキャンキャン騒ぐ。
さて、ゆっくり満月でも見て、安らかに、眠りましょう。