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聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇37) 〜「マナの奇跡」
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。
マナさんという方からメッセージをいただいた。
一部分だけご紹介する。
さて、もうすぐ「マナの奇跡」編を更新されると思うのですが、この「マナ」は、私の名前の由来なのです。(心の糧になるようにとの願いを込めたと聞いています)
なるほど、今回取り上げる「マナの奇跡」(「マナの天降」とか「マナの収集」とか「荒野の奇跡」とも呼ばれる)は、確かに名前の由来になるようなエピソードだ。
人々が困りきったとき、神が天から降らす恵みの食べ物「マナ」。
そういう願いを込めたご両親、素敵です。
メッセージありがとうございました。
今回のエピソードの「マナ」、英語だと「manna」と書くのだけど、アメリカにも多くはないものの、マナ(マンナ)ちゃんはいるみたいだ。
「mannna」を日本語で素直に読むと「マンナ」。
そうなると、日本人的には森永製菓の子ども用ビスケット「マンナ」(1930年発売)を思い出すかもね。もう90年も売っている!
森永製菓のビスケット・ヒストリーにはこう書いてある。
マンナの語源が、旧約聖書にある、“神が荒野をさまよえる民に与え給うた愛の食べ物”manna<マナ>にちなんでいることからも、森永の想いが見受けられます。
つまり今回のエピソードからの命名だ。
そしてこのマナ、実際はウェハースみたいな食感だったというので、味的には「マンナウェファー」のほうが近いかもしれない。
ボク個人にとっては、「マンナ」というと、ロックグループ「bread」の1971年のアルバム『MANNA / 神の糧』を思い出すな。
名曲『If』が入ってるアルバムだ。
今日のエピソードを読むとわかるけど、マナは「神のパン」とも言われる。つまり、パン=bread だから、ちょっとシャレたわけですねw
と、周辺情報から書き始めてしまったけど、本題に入っていこう。
エジプトから無事脱出したモーセご一行、300万人。
海を二つに割ってエジプト軍の追跡からも逃れた彼らだけど、なにしろ300万人が荒野を移動するわけで、当たり前だけどすぐ「飢える」わけ。
海を割ったときはあまりの奇跡にみんな神とモーセを敬い感謝するんだけど、人はとにかくいろいろ文句を言う生き物だ。
「腹減った〜」「いや、きっついわ」「こんなんならエジプトにいたときのほうがマシだったわ」「つか、いったいいつ着く?」「モーセはオレたちを飢え死にさせる気か!」「あ〜エジプト恋しい」「あの頃は少なくともパンとか肉とか食べられてたし」「奴隷で良かったじゃん」「あぁ奴隷は良かった」「ご主人様が懐かしい…」「カナンとか行きたくねー」「それにつけても腹減った」「飢え死ぬ〜!」
モーゼも心では「あーうるせー」と思ったろう。
もとがヤンキーだからね。
でもまぁ長い年月で辛抱強くなっている。
で、神に祈る。
すると、神はそれに応え、夕暮れには大量のウズラがどこからともなく飛んでくるように計らい(おかずだ!)、そして、朝にはパンのような食べ物が天から降ってくるようになった(主食だ!)。
この、神が天から降らせたパンのような食べ物が「マナ」である(神も「パンを降らせる」と言っているのでパンはパン)。
このとき人々は「なにこれ?」「なんだろう?」「なんだなんだ?」と口々に不思議がった。
そこから「これは何だろう」を意味するヘブライ語の「マナ」と呼ばれるようになったらしい。
旧約聖書にはこうも書かれている。
「宿営の回りに露が一面におりた。その一面の露が上がると、荒野の面には地に降りた白い霜のような細かいうろこのようなものがあった」
「イスラエル民族はそれをマナと名づけた。それはコエンドロの種のようで、白く、その味は蜜をいれたウェハースのようであった。」
コエンドロというのは、コリアンダーのこと。
香菜でありパクチーでもある。
コエンドロの実は、つまりはコリアンダー・シード。こんな感じ(↓)。
それほど白くないけどなw
白い霜のような細かいうろこのようなもの・・・
なんなんだろうねぇ・・・そんなパンあるかねぇ・・・。
もちろん「これこそがマナの正体ではないか?」と推理した人はいままでゴマンといるわけだけど、樹液説、カイガラムシなどの排泄物説、果実説、キノコ説など、定まっていない。(↓参照)
ただね、旧約聖書によると、なんと40年間にもわたって群衆の腹を満たし続けたらしいのだ。
毎朝毎朝40年間・・・。
そうなると、普通に「神が与えた超自然的な食べ物」と考えるのが妥当なのだろうな。そんな40年毎日なんて、どんな作物でも無理だもの。
しかも、すぐ溶ける。すぐ腐る。
気温が上がると溶けてしまうし、余分に採って貯蔵することもかなわない。食べずに置いておくとすぐ腐敗して悪臭を放つらしいw
ただし安息日には降ってこないという。
神が休むから。
だからその前日には2倍集めてもよく、それは腐らないらしい。
ん〜〜〜〜、やっぱ超自然的ということで!w
ただ、疑問は残る。
どーせ降らしてくれるならもうちょっと別の食べ物とか無理だったん?
なにしろイスラエル民族、このちょっと甘みはあるけど特に味はない食べ物にすぐ飽きて、「飽きたー」「もっと美味しいのないのー」と文句を言い出すのだ。
まぁ気持ちもわかる。
どーせ超自然的な力を発揮してくれるなら、天然酵母のパンだって良かったやん?
・・・まぁ人間ほんと「足るを知る」のは難しい。
ということで、今日の1枚。
古い聖書の挿絵である。
超おもしろいw
神がマナをシュポシュポ大量生産してるw
なに、この爪の武器みたいなのw
ドラクエの「竜王のツメ」すかw
神はラテン十字の後光が差しちゃっているのでキリストになっちゃっているけど、それにしてもユニークすぎる。
製造工場ヤハウェか!
つか、40年毎朝(安息日を除き)シュポシュポしてくれていたということか・・・40年勤続・・・とっくに定年だ。
※ちなみに前にも書いたけど、イスラエル民族の中で「40年」というのは「すごく長い期間」という比喩でもあるらしい。だから現代の時間の長さの40年とは限らない。
ちなみにこの絵、表情も意外と味がある。
神の表情もいいけど、モーセのもいいなぁ。
(モーセになぜ角があるかは、この回参照)
右上のほうにはウズラ(というか違う鳥だけど)も描かれている。
マナはほとんど「まんじゅう」だね。
と、ユニークさから「今日の1枚」を選んだけど、旧約聖書の描写からすると、もうちょっと「露が一面におりる」感じが欲しいなと思う。
だって、「宿営の回りに露が一面におりた。その一面の露が上がると、見よ、荒野の面には地に降りた白い霜のような細かいうろこのようなものがあった」と書かれているわけで、その状況が一番わかりやすいものを見てみよう。
アントニオ・テンペスタ。
他の絵に比べると圧倒的にわかりやすく状況を伝えてくれている。
そう、こういう感じだったんだろうなぁと思う。
よく見ると、細部がいろいろ可愛い絵。
いくつか拡大して見てみよう。
親子連れでマナを拾い集めている。
空から降ってくるのをエプロン広げて受け止めていたり。
家族で分け合って食べていたり。
神は相変わらずミケランジェロ・スタイルで飛びながらマナを蒔いている。
エルコレ・デ・ロベルティも降り積もる感じを描いている。
見渡す限りのマナ。
で、時間が経つと溶けてしまう。保存しようとすると腐ってしまう。
やっかいな食べ物。
ベルナルディーノ・ルイーニも降り積もるマナを白く描いている。
屋根とかにも降り積もってるね。
ただ、ちょっと違和感あるのは、その屋根というか家。
定住しているわけじゃないよね。荒野のキャンプなのだ。こんな堅固な建物じゃないだろう。
というか、神は宿営の仕方も事細かにモーセに指示している。
覚えてますか?
箱舟をノアに作らせたときも、神は「大工か!」ってくらい細かく指示して作らせている。
神はこういう建築系に異様に情熱を燃やしがちなのだ。
で、今回も「わたしが示す作り方に正しく従って、幕屋とそのすべての祭具を作りなさい」と命令している。
そして、12部族ごとに場所まで指定している。
モーセたちは荒野を旅する間中、こうやってキャンプしながら進んだのだ。いやぁオオゴトだ(まぁ300万人の大所帯だからね)。
つまり何が言いたいかというと、家の描写があまりに違うだろ!って、上の絵を描いたベルナルディーノ・ルイーニに言いたいってことだ。
巨匠ティントレットから2枚。
空から白いマシュマロみたいのが落ちてきているね。これがマナか。
たぶん降り始めてみんなこの奇跡に驚愕しているところだ。
手前右側の人とか「みんなー、拾え拾えー!」って言っているようだ。
2枚目のこれはみんなで必死に拾っている(題名は「マナの収集」)。
喜びよりも飢えが勝っているようだ。
ただ、左奥のほうは人々がただ突っ立って待っている。部族ごとに順番があったのか、拾っているのがほぼ女性なので男たちは待つしかなかったのか・・・。
巨匠ニコラ・プッサン。
降っているようなジェスチャーや、拾っているようなジェスチャーもあるのに、マナがまったく描かれていない。そこが特徴的な絵。
奥にあるあの岩はいろんな絵で何度か出てくるな。たぶん楽園への門みたいな象徴的な意味だと思う。
ブロンズィーノ。
相変わらずの独特なマニエリスム。小さい豆みたいなマナが地面にポツポツと。
右手前の親子の表情がいいね。「あら、たくさん集めたじゃない? すごいねー」「すごいのー!」
巨匠ルーベンス。
なんか細かくてふわふわした雪みたいのが降ってきている。こんな細かいと集めるの大変だな。
人々の描写はとてもルーベンスっぽくて安定感あり。
グイド・レーニ。
これ、地平の奥の方まで人々がずっといる感じが出ているのがいいなと思う。なにせ300万人だからね。たぶんマナの降り始めを描いているっぽいけど、ここでもマナははっきりとは描かれていない。
ファブリツィオ・ボスキ。
雨のように降っている。そしてバケツみたいので掬う。
考えたらすごい奇跡だなぁ。
バッキアッカのは面白い。
家畜以外にキリンや豹やハイエナがいるw
ただ、左奥の岩とか、右奥の家とか、中景の人々の動きとか、よくわからないところが多い絵でもある。何かの物語を連続して描いている感じなんだけど。旧約聖書を読み込むとわかるのだろうか。
ティエポロ。
これ、いつものティエポロからは考えられないような雑さなので下描きかもしれない。でも逆にいつもよりいい味出ているなぁと思う。たぶんマナの降り始め。みんなの驚きや慌て振りがよくわかる。
マールテン・ド・フォス。
みなさん、奴隷上がりかつ荒野の旅の途中なんだけど、いい服着すぎてません?
お馴染みジェームズ・ティソさん。
荒野感(砂漠感?)は一番出ている。でも、これだとマナは単なる「砂」だなw あと、いつものティソさんのちょっとした「笑かし」がないのが残念。
ヘンドリック・デ・クラーク。
白くて丸いウェハースみたいなマナの軽さがいい感じで描かれているけど、人々の描写がいまひとつ。
ディルク・ボウツ。
小石みたいなマナ。これ、一粒一粒拾うんでしょうか?(死ぬわ)
ヴァントーラ・サリンベーニがシエナ大聖堂に描いている絵。
題名がなかったらマナのエピソードを描いているなんて全然わからない絵だなぁ。
ベニスのサン・ジョバンニ・エレモシナリオ教会にある壁画。
群像描写はわりといいなぁと思う。
これはステンドグラスなんだけど、出典がわからない。。。
なんつうか「萩の月」っぽいマナw
古い聖書の挿絵。
この表現もおもしろいな。
左上、神(キリスト)がひょっこりはんw
これも挿絵。
いかにも恵みが天から降ってきた、という感じ。いい絵。
これも「恵み」感ある。
なんか「ソフトサラダ」か「うす焼」っぽいマナ。
ヒエロニムス・ウィーリクスのタペストリー。
この楕円の上にマナが降っている。
マナは恵みそのものなので、食堂などに飾るのにふさわしい題材だよね。
さて、そろそろオシマイ。
最後は、モントリオール美術館にあるお皿を見て終わろう。
マナは食卓との相性がいいエピソードなので、きっともっと絵皿はあると思うけど、調べきってないです。すまん。
ということで、今回はオシマイ。
それにしても40年これを食べ続けるのもつらいなぁ。
だって、赤ん坊だった子どもが40歳になるまでずっとだ。まぁ飢えるより数倍いいけど。
ええと、次回は「十戒」です。
そう、モーセといえば十戒。
厳めしいエピソードだ。
※
このシリーズのログはこちらにまとめてあります。
※※
間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。
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