聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇54) 〜ソロモンとシバの女王
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。
「シバの女王」。
(英語スペルがShebaなので、シェバと表記されることも多い)
中学高校のころ(つまり40年くらい前だ)、かじりつくように聴いたラジオの深夜放送での忘れられない曲が「シバの女王」だ。
TBS「パック・イン・ミュージック」の金曜日、通称『ナッチャコ・パック』。野沢那智と白石冬美がパーソナリティだった名番組。
その番組のエンディング曲に、レーモン・ルフェーブル楽団演奏による『シバの女王』が毎回かかっていたのだ。いったい何百回聴いたことか。
この美しくもやるせないメロディ。
エキゾチックなアレンジと演奏。
そして、深夜3時にこの曲を聞きながらぼんやりと人生を考えていたあの頃。。。
いったいこんな美しい曲の元になったシバの女王って、どんな女王なんだろう。。。
妄想は膨らんだんだけど、ずっと調べもしなかったな。あんなに好きな思い出の曲だったのに。。。
ところがね。
今回この回になってようやく調べてみたら、全然たいしたことないエピソードなのだったった。
ざっくり言うと、こういう話。
シバという国の女王が、ソロモンの智慧の噂を伝え聞き、お土産に金銀財宝をむちゃくちゃいっぱい持ってソロモンを訪ねてきた。
※シバの所在地についてはエチオピア近辺と南アラビアの二説がある。
彼女は難問で彼が本当に賢者かどうか試そうとするんだけど、ソロモンが何でも答えちゃうんでひたすら感心する。
しかも、宮殿の豪華さ、料理の素晴らしさなどにも目を奪われ、ソロモンが仕える神を称え、金や香料や宝石を贈った。ソロモンもそれを上回る量を贈り、シバの女王は大満足で国に帰った。
・・・こんだけ。
え? こんだけ!?
こんだけで、なんであんなにせつない名曲になるん???
でもね、調べたら、わかった!
実は、旧約聖書のこのエピソードを、イエス・キリスト本人が引用しているんですね。
まぁまだ新約聖書をちゃんと読んでないので(旧約聖書が終わったら次は新約聖書にチャレンジする)、意味わからない部分があるけど、こういうことらしい(from Wikipedia)。
イエスは、律法学者やファリサイ派の人々から「しるし」を見せるように迫られた際、「しるし」なしでも回心した例として「南の国」「地の果てから来た」女王をあげて彼らを諌めている。
またイエスは審判の日、女王が蘇り不信仰者たちを断罪するだろうと予言しており、これ以降、女王は回心する異教徒の原型とみなされ、ソロモンと女王を主題とした絵画や彫刻が多く作られることになる。
なるほどー!
シバの女王はもともと異教の神を信じていたんだけど、ソロモンの智慧に触れて、改宗した、ということになっているのか!
で、そうだからこそ、こんな普通のエピソードなのに、絵画や彫刻が多く作られ、きっと音楽にもなった、ということなんだな。
なるほどねー。
そして、映画にもなっている。
ユル・ブリンナーとジーナ・ロロブリジーダ。
ちなみに、セクシー女優ジーナ・ロロブリジーダは多彩な人で、いまは彫刻家をやっているんだよ。愛称の「ロロ」はフランス語のスラングでおっぱいの意(そんなことはどうでもいいw)。
で、シバの女王については伝説がいろいろあり、「聖十字架伝説」っつう、ゲームタイトルみたいな伝説もある。
なんと、アダムとエバが食べてしまった、あの「善悪の木の枝」が、大天使ミカエルを通じてアダムの子に渡され、たぶん挿し木されたんだろう、ソロモンの時代にまで残っていて大きく育っていたというんだな。
というか、そんなすごいお宝の木、「契約の木」ばりに大事だろうw
つか、その木の実、普通の通りがかりの人、食べられるん??
で、食べたらどうなるの???
教えてほしいっ!w
しかも、そんなすごいお宝の木を神殿の建材に使うために切ろうとするw
さらに、切ったはいいけど、長さが合わず、沼に捨て置かれるw
なんなんだw
いや、善悪の知恵の木やでw
それを食べたためにアダムとエバが追放された木やでw
人類が背負う「原罪」のもとになった木やでw
で、ここでシバの女王が出てくる。
シバの女王がエルサレムへ訪れた際、沼にあったこの木を見て「いつか世界の救い主がこの木に架けられる(つまり十字架に使われる)」ということを心眼で見抜き、その場で跪いて拝礼したという。
ソロモンは女王からその話を聞くと、そんなことが起こらないように木を地下深く埋めたらしい。
月日が流れ(500年くらい)、その地には燔祭に使った動物の血を洗う堀が造られ、イエスの磔刑の際、ひとりでにその木が堀に浮かび上がってきて、その木が十字架に使われた、という・・・。
あ、あの十字架は、善悪の知恵の木だったってこと・・・?
(この伝説はヤコブス・デ・ウォラギネ著の『黄金伝説』という本に書かれているだけで、トンデモ説かもしれないので、この部分は「おもしろ話題」として置いておきます。ただWikipediaに書かれているので、それなりに有名な伝説なのかもしれないけど)
ま、気を取り直して。
他にも、シバの女王に関しては、ユダヤ教の伝説とかエチオピアの伝説とかいろいろあるんだけど、ここでは省略するね。
こんなにいろんな絵が多いのも、シバの女王のエピソードがイエス・キリストにつながっているから、ということを理解しておけばいいかな、と思う。
ということで、絵を見ていこう。
たくさんあるよ。でも、どれも「ソロモンとシバの女王が出会うところ」みたいな絵ばかりで、特に面白いということはない。
ざざーーっと見ていこう。
まず、今日の1枚。
マルク・シャガールさんはこの連載で何度も「今日の1枚」にしているので、他の画家の絵にしようと思ったんだけど、結局ボクの中で、あの名曲「シバの女王」が頭の中に再生される絵がこれだった。
あと、このソロモンと女王の距離感がいいな、と思った。
女王は女王で(もし改宗するなら)このあと運命が変わるわけだ。なんかそんなドラマチックな予感を感じさせるとてもいい絵だと思う。
これまたお馴染みさんのギュスターヴ・ドレさん。
この絵も(ボクの中では)音楽が聞こえてくるなぁ。なんだろう、女王がミステリアスなのがポイントかも。
エドワード・ポインター。
タイトルは「The Visit of the Queen of Sheba to King Solomon.」。
これが時代考証的に正しいかどうかはわからないけど、全体の雰囲気はとてもよくわかる絵だなと思う。
ジョバンニ・デ・ミン。
これも雰囲気がよくわかる絵。
奥の方に市民の生活っぽいのが描かれていて、なかなか見ていて楽しい。
Jan Erasmus Quellinus。
貢物をたくさん持ってきた感じがまぁわかる。オウム(?)もきっと貢物だね。
フランス・フランケンから2枚。
2枚とも貢物感あるね。ソロモンと女王の上下関係もすごく出している。そりゃ異教の女王よりソロモンのほうが圧倒的に上なわけだ。キリスト教的観点では。
右端の侍女がなぜかカメラ目線。
こういう場合、たぶん身内とか雇い主の娘とか知り合いを描いている場合が多い気がするので、まぁ誰かなのだろう。ちょっとした楽屋落ちかと。
2枚目はカメラがより上から撮っている感じ。
シバの女王、指とか立ててるので、なんか難問を出しているところだろうと思う。
ウィレム・デ・ポーター。
これはかなり強く上下関係を表しているね。
ジャック・ステラ。
貢物が次々と運び込まれてくる。
Gerard Hoet Königin。
ふたりが心を通わせる様子、群衆の盛り上がりなどがよくわかる。
ハンス・ホルバイン。
これも全体の雰囲気や貢物の感じがよくわかる絵。肝心なシバの女王の顔が見えないのと、ソロモンが偉そう。
ヨハン・ハインリヒ・アウグスト・ティシュバイン。
タイトルは「The Queen of Sheba Kneeling before King Solomon」。なんか弱小国の王女って感じだなぁ。もっともっとお連れも多いと思う。
パウル・フレーデマン・デ・フリースとアドリアン・ファン・ニウラント。
広い絵は気持ちいいな。ソロモンが走り出てくるw ソロモン、ほんと女に弱いな。
クロード・ロラン。
これは有名な絵。「シバの女王が乗船する港の風景」。
つまり、ここはシバ王国なのだな。女王は画面右手に小さく。これから乗船する船は左端に切れて見えている。そんな構図が大胆でいいけど、エチオピアか南アラブの国のわりになんかエキゾチックさがなくヨーロッパの海港みたいだ。
ピエロ・デラ・フランチェスカ。
これも有名な絵。
シバの女王とソロモンは右側にいる。
左側は、ソロモンに謁見する前のシバの女王。上の方で書いた「聖十字架伝説」を描いていると言われている。つまり、シバの女王(青い服)は、聖木を拝んでいる。後ろにあるのは善悪の知恵の木かもしれない。
ルーベンス。
天井絵なのだろう、あおって描いている。お宝を運んでいる人たちがカメラ目線なのがおもろい。
ラファエルの弟子たちの作品。
貢物をもっているから出会いの場面だと思うけど、なんか旧知の恋人みたいだ。
ティントレットから2枚。
なんかシバの女王がどこにいるかわかりにくいけど、中央の白い肌の人がそうなんだろう。侍女っぽい人たちは貢物の山をみているのだろうか。
2枚目のこれのほうが好き。
この人の服、すげーセンスw
というか、逆にモダン。
クロード・ヴィニョン。
外であったのか。もうちょっと背景を美しく描いてほしかった。砂嵐かな。
エドワード・スローカム(Edward Slocombe)から2枚。
ドンとかまえた女王。ここまで正面から女王を描いた絵は逆に少ない。これはソロモンに会いに行ったときなのか、シバの国にいたときなのかはよくわからない。
というか、侍女がセクスィーすぎる。
これもシバの女王のみ描いた絵。
この絵は(今回省略した)「ユダヤ教におけるシバの女王の伝説」を描いていると思われる。ソロモンからの親書をヤツガシラ(鳥)にもたせてシバの国の女王に届けさせた絵だと思う。
Jakob Ferdinand Saeys 。
この絵で目を奪われるのは、この犬だ!
珍種!
ティーカップトイプードルより小さくないか!!
フランチェスコ・デル・コッサ。
これ、いい絵だなぁ。なんかじっと眺めていられる。
Pietro Dandini。
この絵の見どころは、この蝋人間だなw
どした? なにがあったw
Nicolaes Knüpfer 。
女王が難問を出して、すらすらと答えているソロモン王だろう。
だって、王様の仕草がもう「ここが違うよ、ここが」って頭を指してるw
ホアン・デ・ラ・コルテ。
こりゃずいぶんと壮大な絵だ。というか、ソロモンと女王じゃなくても誰でも良かったんだろうと思う。こういう細密画を遠近感たっぷりに描きたくて仕方がなかった時期の画家さんなのだろうと思う。
ジェームズ・ティソさん。
ティソさんはいつも何かしら笑わせてくれたりするんだけど、これはそうでもなくて残念。
コンラート・ヴィッツ。
これはとてもユニークで印象が強い絵。
なにか難題を出している女王かな、と思う。
ロレンツォ・ギベルティ。
天国の門にある彫刻。これもいいなぁ。音楽が頭に流れる。
これは聖書の挿絵。
黒い肌の女王に描いた絵が少ないのだけど、そのうちの1枚。
シバはエチオピアの南にあったという説もあるから、その場合はこういう感じだったかも。
ということで、以上がシバの女王の絵でした。
あと少し、ソロモン王のエピローグ的なことを書いて終わろう。
ソロモンの妻は700人、側女は300人ということは前回書いた。
好色でもあったと思うけど、政略結婚ゆえのことが多かったらしく、とにかく次々と妻を他国から娶るから、異教の妻ばかりになる。
で、ソロモン王は、異教がだいっっっっきらいで嫉妬深い神がいるというのに、妻たちが異教を信じることを黙認するだけでなく、異教にちょっと傾倒したりするんだな。
そりゃあかんわねえ。
Giovanni Battista Venanzi。
「さあ、あなた、この女神を拝んで」
「ん・・・うむ(まぁいいか)」
セバスチャン・ブルドン。
「あなた、私が信じている神を拝めないとでもおっしゃるの?」
「いやいや、そんなことはないぞよ」
これもブルドン。
「ほら、偶像を拝んで」
「おお、なんかありがたい気持ちになってきた」
(「私たちはどんどん燔祭を捧げましょ」「そうしましょ」)
セバスティアーノ・コンカ。
「うむ、なかなかいい神だな」
「でしょー、王国の繁栄まちがいなしよ!」
ウィレム・デ・ポーター。
妻たちに言われるがままに異教の偶像を仰ぐソロモン。
そこに神が現れる。
「ソロモンよ、ソロモン。
他の神を拝んではならぬとあれほど言ったのに、守らなかったな。
もうよい。
わしはもうお前の王国を裂いて取り上げる。
お前が生きている間はダビデに免じて待ってやるが、お前が死んだらすぐ実行する」
・・・あーあ。(というか、ここでもダビデ贔屓)
で、繁栄を誇ったイスラエルは、ソロモンの死後、すぐに北と南に分裂してしまうのだ。
ソロモンちゃん?
神に「善と悪を正しく見分ける力」をもらったよね?
神にとっての「悪」くらいわかりそうなものなのに・・・。
まぁ、男は女に弱い。
単にそういうことかもしれない。
Isaak Asknaziy。
絵のタイトルがすごい。「Vanity of vanities, all is vanity」
賢王ソロモン。
イスラエルを大繁栄させ、栄華を誇り、分裂させ、滅びる原因を作った男。。。
次回は、ダビデやソロモンを軽く復習しつつ、旧約聖書の終盤まとめをします。
※
このシリーズのログはこちらにまとめてあります。
※※
間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
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