聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇21) 〜「エサウとヤコブ」
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。
さて、アブラハムの物語が終わり、ヤコブの物語に入る。
アブラハムとヤコブの間にイサクがいるのだが、イサクはわりと無視されている。少し不憫。
そして、イサクの息子は双子なのだが、兄のエサウもわりと無視だ。あくまでヤコブが主役なのである。
なにしろ、ヤコブは後にイスラエルと改名するからね。
大和民族の祖が「大和」と名乗るみたいなもんなのだ。つまりはかなりのヒーローなのである。
ただなぁ・・・このヒーロー、前回も書いたけど、相当小ずるくて、ビビリで、しょーもないキャラなのだ。
たとえば、今回と次回でのヤコブの動きをざっと報告してみるよ。
【今回】 エサウとヤコブ
アブラハムの息子イサクと妻リベカに、エサウとヤコブという双子が生まれる。
ふたりは全然似ておらず、エサウは毛むくじゃらで狩りが得意なアウトドア派。ヤコブは内気で賢いインドア派。
エサウは父イサクに可愛がられ、ヤコブは母リベカの寵愛を受ける。
ある日、エサウが狩りから帰るとヤコブが美味しそうな煮物を作っていたのでエサウが欲しがる。
ヤコブは「これあげたら長子権を譲ってくれますか?」とか厨二みたいなことを言う。エサウは腹減ってるから「あー、わかったわかった。とにかく喰わせろ」ってなるんだけど、ヤコブはしつこい。
ヤコブ「いまここで誓ってください!」
エサウ「はいはい、誓う誓う」
こうしてまんまと「跡継ぎの権利」を手にするのだ。
ヤコブ、小ずるい。
というか、なんかヤな奴だ。
【次回】 ヤコブを祝福するイサク
イサクも歳をとり、目が見えなくなった。
そこでそろそろ家督を譲るべく、兄エサウを祝福することに決めた。
で、「エサウよ、今すぐ獲物と獲ってきて美味しい料理を作っておくれ。そしたらオマエを祝福しよう」と言う。
(祝福は、子孫の繁栄、土地の継承などの神との約束なので、絶対取り消せないし、一回しかできない)
エサウは喜んで外に飛び出すが、それを聴いていたヤコブ派のリベカは面白くない。
ヤコブを呼んで「このままだとエサウが祝福されてしまうから、あなたもすぐ獲物を獲ってきなさい。料理は私がしてあげる。どうせイサク父さんは目が見えないから、あなたがエサウだって偽ればわからないわ。そうしてあなたが祝福を受けちゃいなさい」と悪巧みを持ちかける。
でもヤコブは心配する。
「え〜〜、でも僕は毛深くないから、手を触られたらすぐバレちゃうよ」
「大丈夫よ、腕に獣の毛皮をつければ、毛むくじゃらだし、イサク父さんもわからないわ」(マジかw)
で、ヤコブは毛皮をつけて臭い芝居をするわけだ。
「父さん、美味しい料理ができたよ。祝福してよ」
「おまえは本当にエサウなのかい?」
「エサウだよ、父さん」
そんなたわいもない芝居にイサクはまんまと欺されて祝福してしまうわけ。
いや、なんつうか、ヤコブよ恥を知れ!
である。
そのうえヤコブは、エサウが怒っているのを知り、母の故郷に逃げ、その数十年後にエサウと再会するときもビビりすぎて牛歩戦略とか取るのである。
いや〜、ヤコブ、共感できないなぁ。
・・・と、思っていたのだ。
ただね、実はちょっと見方を変える絵に出会った。
それが今日の1枚である。
誰が描いたかわからない。古い聖書の挿絵だろう。
旧約聖書曰く。
先に出てきた子は、赤くて毛むくじゃら、全身が毛皮(セアル)のようだったので、エサウと名付けられた。
その後、弟はエサウのかかと(アケブ)をつかんで出てきので、ヤコブと名付けられた。
たぶんそれに忠実に描いている。
だけど、これ、ひどくない?w
これやで、これ!
たしかに赤くて毛むくじゃらだ。全身が毛皮のようだ。聖書に正確に描いてある。
でも、これじゃ猿じゃんw
双子なのにこの違い。
しかも、左のヤコブはおくるみ着せてもらってる。
猿のエサウはおくるみすら与えられない(温める必要ないくらい毛がはえてるしな)。
抱き方も、なんかエサウの方は雑。
ひどいw
ただね、この、あまりに現実からかけ離れた「猿描写」を見て、逆にもしかして、と思った。
もしかして、エサウ、本当に猿みたいに「単細胞なアホ」だったんじゃないだろうか。
わざわざ猿的な描写にしているのはそういう直喩なのではないだろうか。
で、「兄さんがこんなアホでは我が一族は滅びてしまう・・・」と、ヤコブは真剣に悩んで、自ら行動を起こし、(母リベカも協力して)一族のためにもエサウを追い落とそうとしたのではないだろうか。
・・・もしそうなら、ヤコブの行動は「一族思いの弟による、愚昧な兄に対する苦悩のヒーロー行動」ということになる。
うわ、そうなると全然見方かわってくるじゃん。
んー・・・いろいろ聖書の解説読んでるんだけど、そういう解釈あんまりないので、ちょっとよくわからない。
小ずるいヤな奴なのか、一族思いのヒーローなのか。
まぁ答えはないけど、そんな疑問を胸に、ちょっと絵を見ていこう。
お産の場面はいくつか描かれている。
どちらも聖書の挿絵的な絵。
これ(↓)は、ヤコブがエサウのかかとを掴んで生まれてきた、ということを忠実に描いている版画。
ちゃんとかかとを掴んでるw
すげー握力w
ちなみに、窓のところには無関心な後ろ姿。
こいつイサクじゃないかな?
ま、今も昔もお産においては男は無力・・・(いまはお産にそれなりに参加できるけど)
つか、こういう感じがこのころの出産方法だったのかな、と思ったら、妙にリアリティある絵があった(↓)。
François Maitre。
この絵は強烈だなぁ。
こういう出産方法がポピュラーなのがいつの時代なのかまでは調べられなかったんだけど(Google力が足りない)、まぁ充分あり得るやり方。
ちなみにヤコブは「くそー、長子はオレだー、オレの先に出るなー!」って、エサウのかかとをちゃんと握ってるね。(昔の日本なら、慣習的に双子の後に出てくるほうが兄だったんだけどねぇ)
ある資料によると、分娩にさいしてヘブライ人の女性は「陶器師の回転ろくろに似た小さな台の上に運ばれて支えられた」とある。
また他の資料によると「出産に際してたいていの場合,一対のレンガか石の上にしゃがみ込んだ」という記述もある。
後者なんか、和式便所だ・・・。女性は大変だ・・・。
さて、兄エサウは狩人となり、その野性的な性格を父イサクに愛された。
しかし、空腹のあまり弟ヤコブの作っていたレンズマメの煮物を「喰いたい喰いたい、よこせよこせ」と望み、その替わりに自分の長子の権利を譲るという口約束をしてしまうエサク。
んー、ヤコブが単に小ずるい、とも取れるし、本当にエサウがアホで短慮な男だったのかもとも感じられるエピソードだ。
ちなみに、この逸話のおかげで、レンズ豆のスープ(レンティルのスープ)は「金運が上昇し、福をもたらす」という縁起物になったらしいよw
まぁこのスープと引き換えに長子の権利が手に入ったからねえ。
絵を見る。
まず、ストーメル。
なんとなく中途半端な印象。
ヤコブを小ずるく描くならもっとずる賢い目が欲しいし、ヤコブをヒーローに描くならエサウがもっとアホで野卑なほうがいい。
どっちやねん、ストーメル。
ちなみにリベカ母さん、なぜカメラ目線なんだw
指はエサウを指している。
となると・・・これは実はリベカが裏で糸を引いていた、ということを表現した絵かもしれない。
そうであれば、言われるがままに演技したヤコブは単なる気の弱いヤツなので、この顔でもアリ、かも。
これ(↓)もストーメル。
いや、エサウの手がつるつるだから! もっと毛深くないとおかしいやん。
「はい、約束ね」って握手してるところだと思うけど、ヤコブは小ずるくもないしヒーローっぽい賢さもない。なによりエサウが賢そうなので、なんか違和感感じる絵・・・。
ヘンドリック・テル・ブルッヘン(↓)。
カラヴァッジョに心酔し、カラヴァジェスキ(カラヴァッジョ・ファンクラブ)と言われた一人だ。
明暗のコントラストが完璧にカラバヴァッジョ。
このエサウはアホくさくていい。
対してヤコブは賢そう。
エサウの背中側の暗がりにいるのはイサクだろうか・・・。
なんかこうなると、父イサクと母リベカと弟ヤコブの共謀でエサウを騙している気さえする。
そういう意味でいろいろ考えちゃう絵。
うーん、もしかして、父イサクも「エサウじゃあかんわ」と感じていて、どっかでリベカとヤコブがやることを黙認していたとしたら・・・。
レンブラントはさらっとデッサン。
これ、小ずるいヤコブ(右側)として、表情や顔の感じがよく出来ている気がする。ずる賢いキャラ、ヤコブ。
で、ここで登場!
こういうときこそ、独自解釈してくれるジェームズ・ティソさん(↓)。
いやーー、このエサウ!
いいわー、ティソw
エサクは完全に獣人だし、知性も感じられないし、なんか「こいつ跡継ぎにするとヤバイ感」満載だ(逆にこういう感じの人って性格がいいんだけど、でも)
こうなってくると、ヤコブは一族の将来のためにあえて兄エサウを追い落とそうとしたヒーローにも思えてくる。
ヤコブの横に「忠義」を示す犬がいるのも寓意かと。
・・・ヤコブは小ずるいのか、ヒーローなのか。
それはまた次回に持ち越して、最後に、ヤコブ物語全体を描いているギベルティの「天国の門」を紹介して今日は終わろう。
まだ不勉強で、場面場面をいまひとつ理解しきっていない。
確信ないままに書いてみると、
左奥がリベカの出産かな(左手前の4人の女性はなんだろう? リベカが嫁いできたところだろうか。よくわからない)。
中央奥ではエサウが長子権を譲っている(たぶん)。
中央手前は(犬がいるから)狩りに出るエサウだろうか。イサクに「美味しい料理を持ってきたら祝福する」と言われているところかも。
建物の右奥では、リベカが「欺しちゃいなさい」ってヤコブをそそのかしている。
で、右側手前は欺されてヤコブを祝福してしまうイサク。横にいるのはリベカ。
右端はひとりスタコラ逃げていくヤコブ。
そして、右上は、逃げていく途中で「天使のはしごの夢」を見て、神から約束されるヤコブ、だろう。
しかしまぁ、ギベルティはうまいなぁ。
ひとつひとつの細かい描写がすごい。小さな彫刻なのになぁ。
最後にもうひとつ蛇足を。
リベカは結婚後20年、イサクの子どもが出来なかった。
で、ようやく出来たと思ったら、お腹の中で双子が暴れるんだな。
これ(↓)はネット上で見つけた彫刻作品なんだけど、タイトルが「胎内でレスリングするエサウとヤコブ」であるw
神はこう言う。
「リベカよ、二つの国民があなたの胎内に宿っており、二つの民があなたの腹の内で争っている」
実際は生まれてからたいして争わないわけだけど(ヤコブが一方的に騙す)、ヤコブは「おまえ、先に出るなー!!!」ってエサウのかかとを掴んで生まれてくるわけで(執念深いな)、んー、この兄弟、カインとアベルよりも根が深いな、とか思うわけです。
ということで、今回はこれでオシマイ。
次回は「ヤコブを祝福するイサク」。
ヤコブと母リベカがエサウを出し抜いてイサクの祝福を受けてしまうお話だ。
いや、別の見方で言えば、ヤコブとリベカが「一族を継ぐにはアホすぎるエサウ」が後継者になってしまうのを防ぐ話。
まぁ答えはないけど、どっちやろね。
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このシリーズのログはこちらにまとめてあります。
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間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。