聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇62) 〜預言者ダニエル
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。
旧約聖書の終盤は、小さなエピソード集みたいな感じになる。
預言者たちや、ヨブとかトビアスとかユディトとかの「人間」が活躍する、ちょっと小粒なエピソードが続く。
なんというか、織田〜豊臣が滅びるという大きなストーリーを読んだあと、外伝として、真田幸村のエピソードや石田三成のエピソードやねねのエピソードや雑賀孫市のエピソードや島左近のエピソードやお市のエピソードなんかを読んでいる感じ。
ま、面白いんだけどね。
でも、やっぱ桶狭間とか小牧長久手とか本能寺とか大阪城とかの派手な話には負ける。
そんな印象。
バビロン捕囚とかエルサレム帰還とか劇的なことはちゃんとあるんだから、もうちょっと盛り上がる終盤にして欲しかったなぁ、聖書著者さん。
で、画家たちはその中で「話の面白さよりも、絵として見栄えがするエピソード」を描いている(もしくは雇い主に発注されている)。
なんか、今回のライオンの話とか次回のスザンナの水浴の話とか、話としては他愛ない。なので、たぶん「ライオンを描きたかった」「ヌードを描きたかった」みたいな感じで選択されたんじゃないかなw
つうことで、ストーリーを追っていこう。
今回も南・ユダ王国の話である。
この図の右側、北・イスラエル王国のエピソードを終え(北は途中で滅びる)、前々回から南・ユダ王国の話にうつったのである。
今回取り上げるダニエルは、新バビロニア王国で重用され、その後、アケメネス朝ペルシャでも活躍した。
その辺、イスラエル王国が北と南に分裂し、「アッシリア帝国 → 新バビロニア王国 → アケメネス朝ペルシャ」の順番で征服されていく話は理解しておいたほうがいいので、この回(↓)とかを参考になさってください。
で、南・ユダ王国は新バビロニア王国のネブカドネザル王に征服され、人々は「バビロン捕囚」されるわけなんだけど、バビロンに連れてこられたイスラエル民族の中にひときわ優秀かつハンサムな少年がいたのである。
そして、「優秀ならイスラエルの民でも取り立てるぞよ」というフラットな方針の王、ネブカドネザル王の夢解きをして、気に入られ、重用される。
これが四大預言者のひとり、ダニエル。
いや、なんか、聞いたことがある話しだよね?
そう、ヨセフの話に似ているんだな。
ヨセフ、覚えてます?
その優秀さは、この回あたり(↓)に書いている。
なんかすごい感じが似てる。
だって、ヨセフもダニエルも夢を解くし、牢獄(みたいなもの)にも入るし、その後も出世していくのだ。
似てるよねー。
どちらも要領がよく、出世するわけだ。
まぁなんつうか、その分、預言者としてのダニエルは(ヨセフに似て)ちょっと軽い。
やっぱ預言者というからには、エリヤやイザヤやエレミヤやエゼキエルみたいな重みがほしいなぁ。
ミケランジェロが描くダニエルも、ちょっと軽いというか、重みある預言者感はあまりない(きれいな服を着ていて印象的だけど)。
青木繁。
新バビロニア王国のネブカドネザル王と、ダニエル。
ダニエルはネブカドネザル王の夢を解き、信頼され、重用される。
青木繁は旧約聖書の本の挿絵を描いたみたいで、調べたら意外と旧約聖書のことを描いていた。
で、ネブカドネザル王が死んだ後のベルシャザル王にも重用されたんだけど、ある日事件が起こるわけ。
ベルシャザル王の宴席のとき、壁に手だけが浮かび上がり、文字が書かれる、という事件。
まるでオカルトだ。
壁に書かれた言葉はこうである。
「メネ、メネ(数えられる)、テケル(計る)、ウ・パルシン(そして分けられる)」
な、なんだ、と慌てるベルシャザル王。
呼ばれたダニエルは冷静にその言葉の意味をこう読み解く。
「あなたは死に、あなたの治世は終わり、国は分割してしまう・・・そう神は告げています」と。
で、実際にまさにその夜!
アケメネス朝ペルシャに攻め込まれ、ベルシャザル王は死んでしまう。そして新バビロニア王国も分割され滅亡する。
このエピソードではレンブラントのこの絵(↓)がだんとつに有名。
その夜攻め込まれるとも知らずワイワイ宴会していると、後ろの壁に不思議な手が現れて文字を書く。
それを見てビビる王。
そりゃビビるわ。空間に手が現れて文字を書くんだもん。
この絵にはダニエルはいないんだけど、ダニエルはその言葉を読み解き、「そういう神はおっしゃってます」と告げるわけ。
つか、神、なんでそんな謎めいた言葉にしたんだ?
もっと直接的な言葉を書けばいいのに・・・。ダニエルに花を持たせたのかな。
Domenico Fiasella。
絵の左上に不思議な手が現れてなにか書き始めている。
Andrea Celesti。
この絵のどこに手があるかわかる?w
まぁ絵の中央の人が指さしているのでそっちを見るとは思うけど、かなーり控えめというか、見えないくらいこっそりと手があるねw
なんというか、これ、たぶんクイズとして楽しんだんじゃないかな。
貴族たちがリビングでこの絵を見ながら、「ん? なにかの饗宴ですな」「なんのエピソードでしょうかな」「王様みたいのがいますな」「あ、指さしている」「お、よくよく見るとここの手が・・・」「あーーー! これ、ダニエルの話じゃないですかね?」「あ、そうですね! ベルシャザル王の饗宴の絵だ!」
みたいな感じでね。つまり「話のネタ」にしたんじゃないかとw
さて、じゃ、これはどこに手があるかわかる? クリックしてアップにして探してみてください。
Bartholomäus Strobel(子)。
誰も指すらさしていない。。。
いや、これもクイズだなw
「なんの絵でしょうなぁ」「どっかの宴席ですな」「かなり豪華な宴席ですなぁ」「王がいますね」「どこの王でしょうなぁ」
とかいう会話をして謎解きをしていて、ふと「あれ? 右上にあるこの文字は・・・あ、手もある!」「ほんとだ、手がある・・・ということは?」「ということは、これはダニエルの!」「そうだ、ベルシャザル王の!」
同じ、Bartlomiej Strobel からもう1枚。
この画家さん、この手のクイズ絵を描いてすごいウケたんじゃなかろうかw
これもとんでもなくわかりにくい。
いやー、わかりにくい・・・。
つか、神、こんな謙虚なことする性格じゃないから! もっとババーーーンって主張するから!
ラニエリ・デル・ペース(Giovanni Battista Ranieri del Pace)。
これは少しはわかりやすいかな。
みんなが驚いているからね。手は左の壁。ま、急に出てくると驚くよね。
聖書の挿絵。
手が真ん中に浮いている。壁にすら近づいていない。普通にオカルト。
ジョン・マーティン。
これはね、すごい引いた絵で、アップにしていろいろ見ると面白い。
手はないんだけど、字は書かれてる。
どこだと思いますか?
この広場(?)の左の壁。
光ってるじゃないですか。そこにでっっっかく書かれている。うん、神はこのくらいドカーンと書くほうが似合ってるw
で、たぶんド真ん中の黒衣がダニエル。
「あの文字の意味はこうだ」と解いている。
周りは聞いているのかいないのか、みんな驚いて右往左往。ベルシャザル王はテーブルを離れ、右手に逃れている。
この日、ペルシャ軍が攻めてくるわけで、その混乱も描いているのだろうと思う。
これ、いい絵だな。好き。
これを「今日の1枚」にしよう。
奥のほうにバベルの塔みたいのもうっすら見えていて、そこも好き(バビロンだけに)。
さて、ダニエルはその後、新バビロニア王国を滅ぼしたアケメネス朝ペルシャでも重用される。
ただ、三代目のダレイオス1世の時代、さすがに妬まれるんだな。
で、妬んだ大臣たちは一計を案じる。
王の禁令として「いまから30日間、王以外の神を祈ってはいけない。破ったらライオンの穴に落とす」というのを全国に出すのだ。
ヤハウェを信じるダニエルは、そんな禁令に目もくれない。
で、「ダニエルは王に祈らず、神にばかり祈っている。ライオンの穴に投げ入れるべきだ」
ってなって、ライオンの穴(ライオンがたくさんいる)に落とされる。
で、一晩ライオンの穴にいたんだけど、神に守られているから無傷だったよー、というお話だw
このエピソードでは、ルーベンスのこの絵が圧倒的に有名だ。
ライオンの穴に投げ込まれたダニエルが神に祈っている。
ライオンたちは神に守られているダニエルを決して襲いはしない。。。あまり友好的には見えないけどねw
このライオンたちを描くために、ルーベンスはブリュッセルの動物園にスケッチしに行ったらしいよ。えっらい性格の悪そうなライオンが多いけど、その動物園の個体がこんな顔してたのかな。
というか、映画『スターウォーズ』のエピソード6、ジャバ・ザ・ハットの場面で、ルークがランコア(怪物)が棲む穴に落とされるじゃん?
あれって、西洋人、絶対ダニエルのこのエピソードを下敷きに観るよなぁ、とか思った。
ドラクロワ。
なんかターザン的な趣きの絵だなw
上から覗いているのはダニエルを陥れた大臣たちだろう。
ギュスターヴ・ドレさん。
いや、ルーベンスのもそうだけど、ダニエルっていろんな王にわりと長く仕えているので、もっと年寄りだと思うけどなぁ。。。
ジェームズ・ティソさん。
ライオンの姿としては一番自然。穴というより動物園みたいなところで見世物になった感じだね。
オラース・ヴェルネ(Horace Vernet)。
これも若めのダニエルだけど、なんかルーベンスやドレさんのダニエルより、強い意思を感じるし、預言者っぽい。わりと好き。
ライオンの手が大きくて力強いな。
ダフィット・テニールス。
ライオンが下手w 小さいしw これじゃ犬だ。
というか、左上から現れてきているのは誰だろう。
ダニエルが救い出されたあと、この奸計を実行した大臣が逆にライオンの穴に放り込まれるんだけど、そいつかな。
・・・いや、でも食べ物のお盆みたいの持ってるな。ライオンに食われるために落とされたダニエルに食べ物?
ニコラス・ベルタン。
これはいい絵。神と話をしているようなダニエル。
フランソワ・アレクサンドル・ヴェルディエ。
ちゃんと神が守ってるのが可視化されているダニエル。
ブリトン・リヴィエール。
このダニエルは、そういう意味で年相応かと思う。
ライオンたちもいい距離感だし(神に守られている感じの距離感)、超然としているダニエルもとてもいい。
ダニエルの有名な預言としては、「メシアの出現」がある。
これを残したから四大預言者になっているのかもしれない。
「見よ、『人の子』のようなものが天の雲に乗り『日の老いたる者』の前に来て、そのもとに進み、権威、威光、王権を受けた。
諸国、所属、諸言語の民はみな、彼に仕え、彼の支配はとこしえの続き、その統治は滅びることがない。」
人の子のようなもの・・・イエスのことを預言したのだろう。
それと、「日の老いたる者」・・・神のことを指す。
そういえば、この回の最後のほうでウィリアム・ブレイクさんが描いた『日の老いたる者』ってタイトルの絵を取り上げて、「なんだろうこの『日の老いたる者』って」って思っていたけど、そうか、ここから取ったのかも。
とはいえ、なんで神のことを「日の老いたる者」っていう表現にしたのか、調べたけどいまひとつわからない。日の老いたる者・・・なんだろう。
ということで、これで今回もオシマイ。
次回もダニエルのエピソード。
ダニエルというより、ヌードな話。とても有名な「スザンナの水浴」だ。
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このシリーズのログはこちらにまとめてあります。
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間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。