聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇44) 〜「サムソンとデリラ」
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。
旧約聖書を「名画のモチーフ」で分類すると、ざっくり6つに分けられる。
・天地創造
・族長物語(アブラハムからヨセフまで)
・出エジプト記(モーセ物語)
・志師の物語
・イスラエル王国の物語
・預言者の時代の物語
前回で、3つめの「出エジプト記(モーセ物語)」までが終わり、今回から4つめの「志師の物語」に入る。
とはいえ、たったの2回。
しかも、志師自体の話は今回のサムソンの話ひとつだけだけどね。
志師として知られているのは12人くらいいるんだけど、名画の題材が意外と少ないのだ。
つか、志師って何よ。
はい、ボクも知らんかった。
「しし」と読む。元々は聖書の中国語訳で使われた単語らしい。英語だと「Judge」だ。文字通り裁判官もいたらしいけど、その枠に収まらない武人や勇者もいた。
前回のラストで書いたように、カナンにイスラエル12部族が分かれて住むようになるわけだけど、この12部族自治(地方分権)の中で、英雄的なリーダーがそれぞれに自然と出てくるわけですね。
それを志師と呼んでいるようだ。
んー、だったら「英雄」という訳でも良かった気がするな。無意味に見慣れない単語を使うことで、旧約聖書がどんどんとっつきにくい話になっていく。「志師の物語」より「英雄の物語」のほうが読みたくなるよねえ。
ちなみに、特に重要な士師(他民族から民を救う英雄で「大志師」とも呼ばれてる)は7人。
オトニエル
エフド
バラク
デボラ
ギデオン
エフタ
サムソン
この中で有名なのは、圧倒的に今回取り上げる怪力サムソン。
あとは、いわゆる「ギデオン協会」として世界的に有名な団体の語源になった勇者ギデオン、そして唯一の女性志師デボラかな。
でも、ギデオンもデボラも名画テーマにほとんどならず、サムソンだけは胃もたれするくらいたくさんあるw
ということで、有名な怪力サムソンのお話だ。
たった一回でぐっとくわしくなっちまおう!
まずは1949年の映画『サムソンとデリラ』の予告編を。
映画『十戒』と同じく、セシル・B・デミル監督ですな。旧約聖書をすさまじい予算で映画化するならセシルだな、ってことにハリウッドではなっていたんだろうね。
2018年にも映画化されている(知らなかった)。
サムソンの一生はかなりドラマチックだ。
彼の怪力の秘密が髪の毛にある、というのは有名な話だけど、どうやら彼の髪には神通力がそなわっていたらしい。
彼の母には子どもができなかったが、あるとき神から言葉をかけられる。
「お前は子どもができない身だが、これから身籠もるだろう。そして男の子を授かるだろう。
その子の髪の毛は決して切ってはならない。
彼はペリシテ人の手からイスラエルを解き放つ救いの人となる」
なるほど、サムソンは、キリストのときの処女懐胎とは違うとはいえ、神の子として生を受けたのだな。
そして、神は、彼の「毛」に「気」を宿したわけだ。
巨匠レンブラントが、神の声を受けてサムソンの父母が燔祭をして祈っている姿を描いている。
サムソンの一生は、ペリシテ人との戦闘に明け暮れる。
※ 「ペリシテ人」とは新たなイスラエル民族の宿敵だ。
イスラエル民族がカナンの山側に定住して農耕生活を始めたのと同じ時期に、カナン沿岸部を拠点として勢力を拡大した強敵であり強力な海の民である。
現在のパレスチナ(Palestina)という地名は、このペリシテ(Philistines)の名に由来する。
また、現在のヨーロッパでは、ペリシテ人とは「芸術や文学などに関心のない無趣味な人」の比喩として使用される。
彼は髪の毛の神通力で怪力無双に育ち、ライオンは素手で引き裂くし、ペリシテ人1000人をロバの顎の骨1本で殴り殺したりもする。
ほとんどアニメヒーローですな。
いくつか絵を見てみよう。
お馴染みギュスターヴ・ドレさん。
これはもう完全に中世の子どもヒーローだよね。娯楽があんまりなかった子どもたち喜んだろうなぁ。聖書の挿絵って、当時の子どもにとってマンガ的な娯楽要素もあったのかも。
巨匠ルーベンス。
ライオンの顎の力(噛む力)は270kg〜320kgと言われている。そうか〜、口から引き裂くか〜。
マルク・シャガールさん。
いや、ライオンの顔!w
ルカ・ジョルダーノ。
それはそうと、なんか4人の絵、どれも髪の毛短くない? 生まれてからずっと切ってないんだから、もっとすげー状態だと思うんだけど。
どっかの噴水の写真。
【追記】教えていただきました。サンクトペテルブルク郊外にあるピョートル大帝の夏の宮殿ペーテルゴフにある噴水だそうです。
この噴水ユニークだなw 好きだぞそのセンス。
続いてサムソンによる1000人斬りの場面。
ロバの顎の骨で1000人殺すか。すごい固い骨だ(そこ?)
ドレさんの超細密画。すげー。
え? どこにサムソンがいるかって?
中央ちょい上。ほとんどウォーリーw。
オラツィオ・リミナルディ(Orazio Riminaldi)もこの場面。
もっと大量惨殺な感じが欲しい。
ジェームズ・ティソさんが描くサムソン。
さすがに独特なサムソンだ。
というか、ロバの顎の骨、つるつる滑るよね。よく滑らず持ち続けられたな(そこ?)
グイド・レーニもこの場面。
えらくシュッとしたサムソン。
こうしてサムソンは有名になる。
暴れん坊サムソン。
怪力サムソン。
暴れ出したら止まらない超人サムソン。
彼の使命は、ペリシテ人に奪われた「ガザ地区」を取り返すこと。
ガザ地区ですよ、ガザ地区。
そうかー、3000年以上前から取り合いされてた地区なんだなぁ。
ユダヤ教とイスラム教両方の教典である旧約聖書で、約3000年前の「イスラエル民族vsペリシテ人(パレスチナの語源)」の戦いを読みつつ、現代の「イスラエル対パレスチナ」の記事を読んだりすると、なんだか「うひ〜、人類史〜!」って途方に暮れる感じになるよ。
サムソンに話を戻す。
彼の使命はガザ地区奪回。
そのためにたったひとりで敵中深く侵入し、ペリシテ人を痛めつける。
ただ、致命的に女好きなのだ。
女にだらしない、と言ってもいい。
そして女の前だとかなりのおバカになってしまう。
そんな彼が、ソレクの谷のペリシテ人(つまり敵の女)、デリラとの愛に溺れてしまう。
これが今回のテーマ、サムソンとデリラの物語。
「どうやらデリラ(遊女説もある)の元にサムソンが通っているらしい」と知ったペリシテ人たちは、デリラのところに来てこう言う。
「サムソンの怪力の秘密を探れ。成功したら銀を何千枚も与えよう」
そしてデリラは閨中でサムソンに迫るわけだ。
デ「ねぇん、あなたん、あなたなんでそんなにお強いのん? あたしを愛してるなら、あなたの怪力の秘密を教えてん?」
サ「いやいや、教えられへんて」
デ「あら、あたしを愛していないのね!(キレる)」
サ「いやいや、えっとね、えっと、新しい弓弦7本で縛り上げると、力が出なくなってしまうんだ」
デ「ほんと? えー、縛ってみたいわー。お願いお願い」
サ「ん? そう? やってみる?」
何のプレイだよw
で、縛り上げてお楽しみ、かと思ったら、デリラがペリシテ兵士たちを呼ぶ。
彼らがなだれ込む。
でも、サムソンはそんな弓弦なんか軽々と引きちぎり、彼らをやっつけてしまう。
デ「あなた、ウソついたのね!!」
サ「いや、お前こそウ」
デ「あたしを愛してないのね!!」
サ「いや、そんなことないってば」
デ「じゃあ、本当のことを教えなさいよ!!」
サ「んー・・・・いや、ホントはな、一度も使ってない縄で縛られると、普通の人間のようになってしまうんだ」
デ「ほんとに?」
で、縛った挙げ句、デリラがペリシテ兵士を呼ぶと、サムソンはまた軽々と縄を引きちぎり、彼らを撃退してしまう。
デ「キーーーー!!! なんでウソつくのよ!」
サ「いや、お前こそウ」
デ「あんなに愛してるって言ってたくせに、この大ウソつき!!!」
古今東西、惚れた弱み。
デリラに惚れてしまったサムソンは苦しむ。何度も裏切られたけど、でも、本当は愛してくれているのではないか。愛ゆえに自分の秘密を知りたいのではないか。我が愛は試されているのではないか。
デリラは、来る日も来る日もサムソンに迫る。なじる。
「愛してないのね!」「なんで本当のことを教えてくれないの!」「あたしはこんなにあなたのことが好きなのに!」
サムソンは、ついに告白してしまう。
「いや、デリラ、本当はな、髪の毛を剃られるとダメなんだ。力が出なくなってしまうんだ。今度こそ本当だ。愛してるよデリラ」
ついに本当の弱点を知ったデリラ。
ある夜、めくるめく官能の夜を彼に与え、彼を深く深く眠らせる。
サムソンは安心しきってデリラの膝の上で眠る。
デリラはそっと彼の髪の毛を切ってしまう。
そして、ペリシテ兵士たちを呼び、彼らがなだれ込む。
「え? デ、デリラ、まさか・・・デリラ〜〜!」
目が覚めたサムソンは抗おうとするが、もう怪力は失われている。あっという間に羽交い締めにされ、両目をえぐり取られてしまう。
そう、ペリシテ人たちはサムソンを殺すのではなく、いままでの復讐のために拷問にかけ、侮辱し、見せしめにするために生け捕りしたのである。
いや、もう、なんというか・・・・・・サムソ〜〜ン(泣)
まぁ普通は「敵中まっただ中で、しかもペリシテ人の女と愛欲に溺れたサムソンの自業自得だわなぁ」「つか、何度も騙されて、気がつかないかねサムソン。普通気がつくで。アホちゃう?」って話だ。
つまり、デリラは普通に敵の手先。
ペリシテ人として当たり前のことをしたにすぎない。
ただ、デリラはペリシテ人たちに卑怯な脅迫を受けていたかもしれない。「おまえ、サムソンの弱点を教えないと、両親の命はないぞ」みたいな脅迫。
だからこそ、サムソンを愛していたけど、裏切らざるを得なかったのかもしれない。
いや、もっと複雑な、愛しているけど憎んでもいる、みたいな感情だったのかもしれない。
どうなんだろう、デリラ。
答えはない。
なぜなら、この夜を境に、デリラは旧約聖書にまったく登場しなくなるからだ。
だから、画家たちは想像力を飛翔させる。
そして数々の名画が生まれる。
今回、特に好きな絵が4枚あるんだけど、それぞれにデリラの描き方が違っている。
セリフをつける無粋を勘弁いただき、その4つを紹介するとこんな感じになる。
あなたはどう思います?
デリラはサムソンなど愛してもおらず、普通に金で売ったのか(なんかいい儲け話だったわ)。
サムソンを愛していたけど、つい金に目がくらんだのか(やっぱお金が欲しいし)。
最初から愛してなんかおらず、心の中ではサムソンを憎んでいたのか(同朋が大量に虐殺されたことへの復讐よ)。
愛していたけど、ペリシテ人から卑怯な脅迫を受けての仕方ない行動だったのか(身内を人質にとられたとか)。
愛しているけど、彼を裏切る。そんな愛憎半ばな複雑な感情だったのか(大好きだけど…ごめんなさい…)
ということで、今日の1枚。
最後まで迷った。
最後はルーベンスかヴァン・ダイクかで迷った。
で、迷ったすえ、ルーベンスを推すことにする。
理由はひとつ。
この絵の前でずっといろんな想像を巡らすことができるから。
まず、サムソンの大きさがいいよね。
いかにも怪力サムソンだ。こりゃ強そうだ。
そして、このデリラの、無表情ぎりぎりの、諦観と慈愛が入り交じったような、複雑な表情はどうだ。
この表情の裏にある複雑な感情を想像するだけで、一晩ゆっくりお酒が飲める。
私はあなたを裏切るわ。
でも、とても愛していたの。
ごめんなさいね、裏切って。
あぁ、可哀想なあなた。
私の膝の上で子どものように眠っている。。。
デリラの左手はやさしくサムソンの背中をなでている。サムソンも右手はデリラのお腹に当てられている。そしてサムソンの安心しきった子どものような表情。
これは「ふたりは深く愛し合っていた」ということを表していると思う。
サムソンとデリラの背後には、ヴィーナスとその子キューピッドの像がある。母子の像だ。
これをここにもってきたということは、サムソンが母を慕うようにデリラを愛したと同時に、デリラの母性をも表現していると思う。
サムソンが右手をお腹に当てているのも母を感じさせる。
ファム・ファタール(宿命の女)というより、母に近い感情。
なんだろうな、これはデリラによるピエタ(キリストの亡骸を抱く聖母マリア)なのかもしれない。
そして、背後の老婆とデリラは瓜二つだ。
つまり、背後の老婆は年老いたデリラだ。
デリラは年老いるまでずっとこの夜のことに苛まれ続ける、ということか。
もしくは、ろうそくの灯とともに、美しさのはかなさをも語っているか。
じゃあ、どうしてデリラは、愛するサムソンを何度も何度も裏切ったのか。どうして、これから彼が酷い目に遭うのを承知で、彼を売るのか。
わからない。
だからこそ、この絵の前で呆然としてしまう。
いろんな感情が渦巻くし、長ーく考えていられる。
いや、これぞ名画、だなぁ。
最後まで迷ったのはヴァン・ダイクのこの絵。
これも名画すぎる・・・。
なによりも、サムソンの表情が素晴らしすぎる。
いや、ホント泣ける・・・。
この哀しいサムソンの顔だけで一晩飲める。
目にちょっとだけ入れている「白」が絵画全体を支配しているのがすごい。
そして、デリラのこの顔。
彼女も哀しい顔をしている。
きっとペリシテの兵たちに、身内を人質に取られるようなひどい脅迫を受けていたのだろう。
そして「仕方なかったのよ、許してあなた」と力なく左手をサムソンに伸ばしている。
いやぁ、なんて哀しい絵だろうか。
哀しい絵なのに、兵士たちの青・赤・黄の服は派手な効果を上げてるし、デリラのスカート(布団カバー?)のテカリも美しい。
全体的なバランスが素晴らしい名画だ。
巨匠レンブラント。
サムソンが目をえぐられる瞬間を劇的に描いている。
明暗くっきりの美しくも哀しい絵だ。
なんというか、普通に弱くなっちゃったサムソンが憐れで憐れで。
この絵のデリラは、髪の毛もってさっさと逃げ出している。
「悪いわね。ごめんね。じゃあね」って。
こんな悪女(しかも美女でもない)を愛し、騙されてしまうサムソンの哀しさが逆に引き立つ。
目をえぐられたサムソンのその痛みがよくわかるのはこの足先。
いたたたたた・・・。
あぁ不憫だなぁ。この絵はサムソンの哀しさ・愚かさを徹底的に描いているんだなぁ。
巨匠たちに並んで、この絵も好き。
ソロモン・ジョセフ・ソロモン。変な名前だな。
全体の造形や構図も見事だし、サムソンの表情も素晴らしいんだけど、なによりもデリラのこの顔!
「ほーら、あんたの力の源泉である髪の毛はここよー。悔しかったら取ってみなー。バーカ。あたしがイスラエル人なんか好きになるわけないじゃない。おととい来やがれっつうの! ご愁傷様でしたー!」
いやぁ、デリラ、こういう解釈も充分に「あり」だよねえ。
わかりやすい悪女、デリラ。
その本性を知りつつ愛してしまうサムソン。
典型的なファム・ファタール。
さてと。
まだまだいろんな絵があるよ。ざざざーーーっと見ていこう。
ヴァン・ダイクはもう1枚描いている。
このデリラは完全に敵の手先的な表情をしているね。
レンブラントももう1枚。
「ほら、寝たわ、早く髪の毛切りに来て!」
これも悪女デリラ。
ヤン・ステーンから3枚。
1枚目。
これはいい絵。床に髪が散らばっているから、切った直後だね。とらわれて引っ立てられるサムソン。この段階ではまだ目をつぶされていないようだ。
そして、デリラは誰かに胸を触られている。
きっと、デリラは娼婦だった、という設定だろう。「ふん、あんたの愛した女は、誰とでも寝るんだよ。バカめが」と見せつけ、心底デリラを愛していたサムソンは歯ぎしりして悔しがっている。
デリラは右手を弱々しくサムソンに伸ばしている。サムソンを愛していたんだな。
2枚目も髪が床に散らばっている。
やっぱりデリラは誰かに胸を触られている。
あぁサムソンが可哀想だ。
3枚目は冷静な仕事人デリラ。
この3枚目の絵の右隅にエサで犬を釣っている子ども達がいる。
犬は「忠義」の寓意だから、「金に釣られたデリラ」を表しているのだろう。
グエルチーノは2枚。
どちらかというと「義の人デリラ」って感じ。
1枚目は復讐の戦士みたいな格好と表情、2枚目はとても冷静なデリラ。
女性画家のアルテミジア・ジェンティレスキはデリラをどう描くのだろう、って期待したけど、たぶんこれは「義の人」として描いているな。
「さ、切ったわよ、兵を呼んできて」って、冷静に復讐の手助けをしているデリラに見える。
マックス・リーバーマンは、タッチの違う絵を2枚残しているけど、二人とも裸というのは他の画家たちにはない傾向。
完全にサムソンを憎んでいる感じのデリラだね。
ポンペオ・バトーニ。
すごい、刈り上げてる! 美容師か!w
「ほら、切ったわよ、いまよ」ってキュー出してる。あんまりためらいはないね。
アントワーヌ・ペーヌ。
虎刈りすぎるw というか、完全に丸刈りしようとしてる。
デリラに迷いはない。
ヤン・リーフェンス。
ねえ、おばちゃん、あなたデリラ? 床屋の中年夫婦じゃなくて?
いや、せめてデリラはもうちょいいい女に描いて欲しいな。サムソンが浮かばれない。
アレクサンドル・カバネル。
「ほら、来て」ってそっと指を動かしているデリラ。
諦観が目に現れている。仕方なくやっているデリラかなぁと思う。いい表情のいい絵。
ヘラルト・ファン・ホントホルスト。
いやー、聖女のようなデリラだ。何も知らずに見ると、母が子どもの散髪をしてあげているような絵。
この絵のデリラは何を考えているんだろう。よくよく見ていくとちょっと哀しげ。ルーベンスの絵と同じ方向なのかも。
ジョゼフ=デジレ・クール。
これも聖女っぽいデリラ。ルーベンス方向のデリラだなぁと思う。いい絵。
マルク・シャガールさん。
「ほーら、髪、切れたわよー。来てー」ってやってるデリラ。
でも、ちょっと目は哀しげかな。複雑な表情。
マティアス・ストーメル。
悪女なデリラ。サムソンは口開けて寝てる。イビキすごそうw
フレデリック・リチャード。
「さ、早く!」って言ってる感じのデリラ。悪女系。
ヨース・ファン・ヴァインヘン。
なぜか屋外w デリラは左手でサムソンを押さえてる。完全に協力者デリラ。
ヘンデリック・デ・ソマー。
んー、えらく幼い感じのデリラだな。サムソンがそこまで夢中になる感じが想像しにくい。
ティントレット。
このデリラの表情はよくわからない。ま、金さえもらえればいい感じかな。
パドヴァニーノ。
これも、表情から何も伝わってこないタイプ。
クラナッハから2枚。
相変わらず独特な絵だ。2枚とも足もとに「1000人斬りしたロバの顎の骨」が置いてある。つまり「復讐」を示唆していると思う。デリラの表情は硬い。というか、アングロサクソンすぎる。
ギュスターヴ・ドレさんは、デリラに告白をするサムソンを描いている。「実はこの髪の毛を切っちゃうとな」って打ち明けているな。
この髪の毛の量はとてもリアルっぽい。
ということで、これでもわりと絵を選んで貼った。
いやぁもう画家さんたち、みんなこのテーマが好きなのね。大量に絵があるのだ。
さて。
サムソンは目をえぐり取られ、みんなの笑いものになりながら、奴隷として働かされる。
カール・ハインリッヒ・ブロッホ。
スポーツ刈り(スポーツ刈りw)のサムソンが、ガザ地区の牢屋に入れられ、無限の労働をやらされている。
もう「並みの人間の力しかない」から、相当キツいはずだ。
ウィリアム・ホールも同じ場面。
目が見えないから、暗闇でひたすらひたすら粉をひく。
そして、捕まってからある程度の月日が経った頃(毛がもう一度伸びるくらいは月日が経った頃)。
ペリシテ人のお祭りにサムソンは引き出され、見世物にされる。
大勢(3000人と言われている)の前で笑いものにされたという。
旧約聖書には、どんなことをさせられ、笑いものになったか、その内容は書いていない。ただ、サムソンにとっては恥辱の至りだっただろう。
そうやって侮辱されたあと、サムソンは「ちょっと休ませてくれ」と頼み、柱に寄りかかる。
サムソンはもう髪の毛がずいぶん伸びている。
つまり、神通力が蘇っている、ということだ。
サムソンは祈る。
「神よ、オレのことを思い出せ。
もう一度だけ、オレに力を与えよ!」
そして、建物を支えている2本の柱の間に入り、右手と左手を広げ、一世一代の怪力を込めて押す。
神殿は崩れ落ちる。
そこにいた3000人が圧死する。
サムソンもいっしょに圧死する。
彼がその死をもって殺した人の数は、彼が生きていたときに殺した人の数より多かった、という。
ドレさん。
シャガールさん。
ジョバンニ・ベネデット・カスティリオーネ。
聖書の記述では、上のふたりの描写のほうが正しいけど、一応。
ということで、ちょっと長くなったが、サムソンとデリラの物語はオシマイだ。
最後に1枚だけ、おまけを。
レンブラントが、サムソンの結婚式を描いているので、おまけ的に。
この太って髪の毛が長いサムソン、すごいリアルっぽいなぁ。
ちなみにこの結婚式にも逸話があるんだけど、たいしておもしろくない話なので省略。
というか、今回、レンブラントは4枚も描いているな。
よっぽどサムソンの物語が好きなんだろう(もしくは雇い主の好物だったか)。
つうことで、オシマイ。
次回は、ルツ記から「ルツの落ち穂拾い」。
わりとあっさり短いエピソードだけど、かの文豪ゲーテはルツ記を評して、「最も好ましく完璧な仕事」と言っている。いい短編小説みたいなストーリーなのだ。
ではまた次回。
※
このシリーズのログはこちらにまとめてあります。
※※
間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
※※※
この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。