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聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇18) 〜「イサクの犠牲」
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。
今回はアブラハム物語のハイライト、『イサクの犠牲』だ。
『イサクの燔祭(はんさい)』と呼ぶ場合も多い。
(燔祭の意味はこの回で解説した。生け贄の動物を祭壇で焼き、神に捧げる儀式のことだ。英訳するとホロコースト)。
このエピソードをもってして、アブラハムは「信仰の父」となったし、「模範的な信仰者」として、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒に称えられることとなった。
そう、アブラハムは神に「信仰」を試される。
神に「息子イサクを生け贄として私に献げよ」と命じられ、アブラハムは愚直にその言いつけを守ろうとするという物語である。
ただ、このエピソード、さまざまな解釈がなされている。
●いやいや、神は信仰を試したんじゃなくて、当時の邪教(バアル崇拝など)で一般的に行われていた「人身御供の習慣」を禁止させるために、わざとこういう劇的なことをさせたんだよー
●いやいや、もともと人身御供を非難している神がイサクを生け贄にしろなんて言うわけないじゃん。神はイサクを殺せと言ったのではなくて、イサクを聖別する儀式を指示しただけだよー
●いやいや、これって実は、神じゃなくてサタン(悪魔)が囁いたんだよ。で、神の横槍で失敗したと見たら、サタンは急いで妻サラのところに行って「アブラハムがあんたの大事な息子を殺したで〜」ってウソついて、サラを狂い死にさせたんだよー
他にもいろいろ。
まぁ数千年に渡っていろんな人がいろんな解釈をしてきたエピソードなので、この辺に突っ込むのはやめておく。
とはいえね。
神がイサクを生ませてくれたわけですよ。
神がイサクの子孫は繁栄するって約束してくれたわけですよ。
その、たったひとりの息子を生け贄として差し出せ、という超理不尽。
この「超理不尽な無茶振り」に対して、アブラハムの心の奥がどう揺れ動いたのか、その辺を画家たちがどう描いたのか、が、個人的な興味ポイントだったりする。
あと、アブラハムは本当に敬虔な信者であり人格者か?という素朴な疑問も消えない。
彼の行き当たりばったりな旅(信仰篤いならカナンにすぐ行けよ)
彼のエジプトへの引っ越し(信仰篤いならカナンで粘れよ)
彼のエジプトでのペテン(人格者がやるこっちゃない)
彼のエジプトからの逃げ方(人格者がやるこっちゃない)
彼のハガルへの仕打ち(人格者ならサラのいじめを黙認すな)
彼のイサク誕生予告についての神への疑い(信仰篤いなら信じろよ)
彼のハガルとイシュマエルの追放(人格者ならサラを説得しろよ)
とかね。
なにより、見て見ぬ振りが多いんだ、アブちゃん。
サラがエジプト王に売られ、サラがハガルとの人間関係に悩み、サラが身ごもり、サラがハガルの追放を要請する。
全部アブちゃんはウケ。
消極的に対処してきただけ。神の言葉が聞こえるならもっと積極的に仕切れよアブちゃん。
で、今回だ。
そんな行動をとってきた彼が息子を躊躇なく生け贄に差し出す・・・。
その行動をそのまんま受け取って「信仰の父」と崇めるのは、なんかやっぱりもやもやする、というのが本音だなぁ。
・・・まぁでも、最初っから人格者ではなく、最初っから信仰が篤かったわけでもなく、だんだん成長してきて、この「イサクの犠牲」で彼の信仰は完成する、という風に見るべきなのだろうな。
さて、今日の1枚。
巨匠レンブラントの『イサクの犠牲』。
ボクは、このエピソードを描いた画家たちの絵の中で、アブラハムの表情はこの絵が一番好き。
懊悩し、迷い、打ちひしがれ、疲れ切ったアブラハムの顔。
終始ウケだった消極的な彼とも、単なる愚直な信仰者とも違う、感情をもった父としての顔が描かれているなぁ、と感じた。
イサクの「まな板の上の鯉状態」もこの絵が一番好きだ。
イサクは「生け贄として殺される時に暴れて父を傷つけないよう、自ら縛られることを願い出た」という逸話もあるので、たぶんそれに忠実に描いた気がする。そしてアブラハムの左手で覆い隠し、あえてイサクの表情を見せない。
天使の「はい、そこまで!」という左手もいいねw
あと、ムダに羊を登場させていないのも好き(羊については後述)。
ちなみにレンブラントは版画も描いている。
この版画のアブラハムと天使の「友情感」も好きだなぁ。
天使が「わかった。わかった。もういいから」って感じでアブラハムをやさしく抱くこの感じ。
ちなみに、この版画のアブラハムの短剣の下あたりに「ふたりの人間」が小さく描かれている。
アブラハムとイサクは、ふたりの従者を連れて神に命じられたモリヤ山に登った。
その道の途中でそのふたりに「ロバと一緒にここで待ってなさい」と言っているので、それかなぁと最初思ったけど、よく見たらロバは右下のわりと近いところにいて、その横に人っぽい姿も描かれている。これが従者だな。
ということは、短剣の下のふたりの人間は「道中のアブラハムとイサク」と取った方がいい気がする。
そういう目で冒頭の1枚を見ると、ナイフの向こうに小〜さく大人と子どもっぽい人影が見えるね。これも道中のふたりじゃないかなぁ。考えすぎかもしらんけどw
この辺のストーリーの流れを1枚の絵に全部入れてくれたのがアレッサンドロ・アッローリだ(↓鮮明な絵がみつからなかったので解像度に難ありだけど)。
聖書を読めない文盲の人に解説する目的の絵。
左上のアブラハムの家から、ロバに鞍を置き、薪を拾って、ふたりの従者とともに出発する。
左下の絵がよくわからないけど、これ、ふたりの従者がロバと一緒に(寝っ転がって)待っているんじゃないかな。
画面中央下は、アブラハムはイサクに薪を背負わせて、モリヤ山を登っていくところ。
イサク「お父様、生け贄を献げに行くのに、その生け贄の仔羊はどこに?」
アブラ「それは主が用意してくださるだろう」
アブラハムはそうやってごまかしながら、ふたりで神が示した場所に行き、薪を並べ、いきなりイサクを縛って祭壇の薪の上に寝かせ、いざ刃物で刺そうとしたときに天使が止めに入る(中央上)。
「そこまで! わかった。よくわかった。あなたはひとり息子さえ私のために献げようとした。あなたの篤い信仰心はよーくわかった!」
アブラハムが目を上げると、そこになぜか仔羊がいた(上の絵ではイサクの後ろにいる)。なのでそれを息子の代わりに燔祭として献げた。
右上で、アブラハムたちは天使にこう言われている。
「私はあなたを祝福し、子孫を天の星の数のように、海辺の砂の数のように増やすぞよ」
こうして、アブラハム(そしてイサクは)イスラエル諸民族の祖になったのである。
道中の様子を、お馴染みギュスターヴ・ドレが描いている。
アブラハムの表情が複雑だね。
あと、薪がちょっと蛇のように見える。これはサタンを暗示しているのかもしれない(たぶん考えすぎw)。
これまたお馴染みジャームズ・ティソも描いているけど、この絵は挿絵の域を出ていないかも。
で、モリヤ山(燔祭する場所)についてからの絵をいくつか。
ヤン・リーフェンス。
アブラハムが「イサク、仕方ないんじゃ。神がおまえを生け贄にと望まれているのじゃ」と説得しているところだろう。
イサクは戸惑いつつも従順。
ただ、ふたりの表情がもうひとつ深くないなぁ、と思う。
クリスチャン・ウィルヘルム・ヘルンスト・ディートリッヒ。
イサク、哀しい。
この絵、人間アブラハムと人間イサクを描いていて、しかもなんか全体に侘しい空気が漂っていて、なんかずっと見ちゃうな。。。
ここからは、イサクの燔祭の模様を描いた絵をダダダと見ていこう。
まずは、「今日の1枚」に取り上げたレンブラントと同じくらい超有名な絵。巨匠カラヴァッジョだ。
ただ、ボクは演出過剰であんまり好きじゃない。
なんか明暗のつけ方も、イサクの表情も、全体に劇的に描きすぎていて品がない気がする(あくまでボクの好みです)(アブラハムが実際にやってきたことを考えると、この品のなさは実はリアルなのかも、とも思うけど)。
ただ、ナイフを持つ手とナイフの切れ味の鋭さ、イサクの表情あたりはさすがな迫真だ。
カラヴァッジョをもう1枚。
コントラストがより強調されている。これまたナイフの切れ味感やばい。
巨匠ティツィアーノ(↓)。
ただ、これ、アブラハムがマッチョすぎるw
あと、かなり勢いよく刀を振ろうとしているので、天使の慌てぶりがすごいね。
・・・つか、ロバw
仔羊はともかく、ロバいる?w しかもこんなに可愛い必要ある?w
ヴェロネーゼ。
これはアブラハムの表情がいい。イサクの表情もいい。わりと好きな絵。
ヴェロネーゼからもう1枚。
アブラハムの表情をまっっったく見せない、という画期的な絵。
そして、天使の姿もまっっったく見せない。すんごい省略。
しかも、天使、刃を手で持ってて痛いよ。
シャガールも美しいのを描いている。
左にいるのはサラだろうか。
右上にはキリストの磔刑が描かれている。
この「イサクの犠牲」のエピソードは、キリストの磔刑との類似性がよく語られるようだ。キリストの受難を神に献げられた犠牲として解釈すると、イサクの犠牲と同じ意味合いになるようである。なるほど。
ローラン・ド・ラ・イール。
なんかすごくバランスがいい絵だなぁと思う。いろんなところにV字がある。
デル・サルト。
右下にいるのは従者たち。無関心そうに寝て待っている。
その上、遠く道を歩いて向こう側に向かっているのは、たぶん、モリヤ山から家に戻っていくアブラハムとイサクだろう(未来の姿)。一族の者たちが迎えに出てきているのが小さく見える。
ティエポロ。
これは天井絵なので、全体に相当明るく描いている。
イサクの無垢な顔がいい。
ヤーコブ・ヨルダーンス。
この絵、いい絵だなと思うけど、印象的なのは天使の顔だ。
なんか友人に同じ顔の人いる(そこか)w
フアン・デ・バルデス・レアル。
イサクがもう完全に成人しているのが面白いね。
ちなみに、このエピソード時のイサクの年齢についてはいろんな説があるらしい。37歳という説もあり、そうであるなら、このレアルの絵は正しいね。
上の方でも紹介したヤン・リーフェンスをもう1枚(↓)。
下に落ちているナイフに血がついているので、仔羊を殺したところ(まだ焼いてはいなさそうだ)。
神の声が鳴り響いているのかもしれない。
もうなんというか絶句しているのが伝わってくる。
さてと。
彫刻も少し見て、オシマイにしよう。
これ(↓)はマンテーニャ。
天使が手だけなんだけどw、でも、この彫刻はとってもいいなぁ、と思う。表情から気持ちとかがとてもよく伝わってくる。
今日のラストを飾るのは、2つの彫刻だ。
ギベルティとブルネレスキの対決。
1401年のこと。
フィレンツェの毛織物商組合は、サン・ジョヴァンニ洗礼堂にブロンズの門扉を寄進することを決め、その制作者を決めるためのコンクールを実施したんだけど、その課題が『イサクの犠牲』だったわけ。
で、たくさんの芸術家が応募したんだけど、最終決戦は天国の扉で有名なギベルティと、フィレンツェのドゥオモを設計したブルネレスキ。
ふたりとも超がつく実力者。
さて、みなさん、どっちが勝ったでしょう?
両方見てもらいますね。
ひとつめ、ギベルティ。
ふたつめ、ブルネレスキ。
ふたりとも、二人の従者やロバ、羊まで、全登場人物を出してきているね。
さて、どっちが勝ったでしょう!
答えは、
ギベルティ!
現代から見たら、ブルネレスキのほうが迫力あるし勝ちかなぁと思うんだけど、どうやらギベルティは当時の流行である「優美なゴシック調」に沿って描いているらしく、それがウケたらしい。
さてはマーケティングしたなw
リアルな迫力を追求したブルネレスキは、そのドラマチックさが当時としては革新的すぎて、いまいち受けなかった、ということみたいである。
ということで、アブラハム物語の白眉『イサクの犠牲』はオシマイ。
次回は、アブラハム物語のラストである。「イサクとリベカの結婚」。
イサクが結婚するよ!
【追記】
アブラハムの妻サラは、このすぐ後くらいに亡くなってしまう。享年127歳。
ギュスターヴ・ドレがそれを版画にしているので、それを貼っておく。
サラ。
この連載でずいぶんとサラについて考えてきたこともあり、なんかちょっと胸に来る1枚・・・それにしても、立ったまま埋葬するのか。
この洞窟はアブラハムがサラの墓地として購入した。
そして、サラだけでなく、アブラハム、イサクと妻リベカ、彼らの子ヤコブと妻のレアの6人がここに葬られた。
現在は「マクペラの洞穴」として遺跡になっている。
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このシリーズのログはこちらにまとめてあります。
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間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。
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