ザハロワのボリショイ移籍初舞台を目撃した日
4日続けてバレエの話である。
なんとなくバレエ愛に火がついたので、あと数日はバレエの話かも。
1日目「NHKで秀逸な『バレエ学校ドキュメンタリー』を観て、またぞろバレエにハマりそうな予感」
2日目「旧ボリショイ劇場、ステージ上から開演直前の客席を撮った写真」
3日目「大切なことは、準備が間に合っていないときに突然目の前に現れる。 もしくはボリショイ・バレエの楽屋でのひとコマについて。」
さて今日も、わりと希有な体験の話。
いまやボリショイ・バレエ団の、いや、世界のトップ・プリンシパルとして君臨するスヴェトラーナ・ザハロワ(Svetlana Zakharova)の話である。
※一般にザハーロワという表記もする。この記事ではザハロワで統一する。
バレエ・ファン以外は何のことやらだと思うけど、ボクは、ザハロワがマリインスキーからボリショイに移籍してきた最初の舞台を、2003年にモスクワのボリショイ劇場で観ているのである。
事があのザハロワだけに貴重な体験だ。
しかも、この舞台を見た日本人は、たぶんボクを含めて3人・・・いやあと1人2人いたかもしれない。
ザハロワ? WHO?
という方は、そうだな、たとえば下の動画を見てください。「白鳥の湖」の黒鳥(オディール)。
いろんな大スターたちが実質的に引退した今、ザハロワは文句なく世界トップのダンサーのひとりなのだけど、その美しさと上手さがよく出ている動画である(念のためだけど、ザハロワは白タイツの男性ではなく女性のほうっす)
どうです? この美しくも猛禽類のような黒鳥!
アレクサンドロワの猛禽類っぷりも好きなんだけど、ザハロワの黒鳥もなかなかの猛禽類系。
個人的にはアナニアシヴィリやロパートキナくらいな感じのほうが好きなんだけど、肉食さはザハロワが突き抜けているなぁ。。。
ま、それはそれとして移籍の話。
ロシアには、世界に誇るふたつの大きなバレエ団がある。
ひとつはモスクワのボリショイ・バレエ。
もうひとつはサンクトペテルブルグのマリインスキー・バレエ。
もともとマリインスキーは貴族階級を対象にしたのに対し、ボリショイは裕福な商人階級を対象にしていたこともあり、その芸風というか作風というか、バレエのまとめ方はずいぶん違う。
あくまでもボクの印象だが、マリインスキーは静的で格調高くどこか客観的。
群舞の揃い方は定評があり、なにしろまだキーロフ劇場と呼ばれていたソビエト連邦時代は、ダンサーの身長や手足の長さまで揃えていたくらい「美しく揃うこと」を重視している。
とにかく全体に優雅で美しい。ただ、若干クールな印象を受ける。熱よりも美しさ重視。物語よりも美しいダンス重視。そんな感じ。
それに対して、ボリショイはどこまでも熱く、演舞に迫力がある。
動的かつ野性的かつ泥臭い。
だから男っぽい演目(スパルタカスとか)を得意とする。
群舞は揃わないことの方が多いが、美しく揃うことなど最初から目指してない感じ。
ダンスよりも「物語を演じる」のを重視しているせいか、舞台からはとにかく熱が伝わってくる。
つまりは真逆なのだ。
だから、3日前に書いた「NHKで秀逸な『バレエ学校ドキュメンタリー』を観て、またぞろバレエにハマりそうな予感」という記事で、ボリショイ・バレエ学校出身で、ボリショイでずっと踊っていたツィスカリーゼが、マリインスキーのワガノワ・バレエ学校の校長をしているのを見て驚いたわけ。
真逆なのに、よくワガノワで教えてるな、と。
ワガノワもそれをよく許したな、と。
まぁ裏の事情を調べていないのでわからないけど、なんか違和感あるんだよなぁ。。。ツィスカリーゼはボリショイで教えて欲しいな。
で。
ボクは、原体験がボリショイ・バレエなせいか(ボクの原体験はほぼすべて岩田くんを通したボリショイ)、ボリショイのアプローチの方が圧倒的に好みなのである。
ぐいぐい押してくる泥臭いボリショイの芸風が大好きなのだ。
群舞はまったく揃わない。美しいというより熱い舞台。ボリショイのそういうところ、好きなんだよなぁ。
さて、それらを踏まえて、ザハロワに戻る。
2003年、彼女はそんな真逆の芸風を持つマリインスキーから、鳴り物入りでボリショイに移ってきたのである。
彼女は、ワガノワ・バレエ・アカデミーを経て1996年にマリインスキー・バレエに入団し、7年もマリインスキーで活躍したあと、2003年にボリショイ・バレエ団に移籍したことになる(そして2019年の今も、ボリショイの顔として君臨している)。
真逆の芸風のバレエ団への突然の移籍。
たぶん、将来のプリンシパルの不在に困ったボリショイが大枚をはたいた、ということではないかと思うのだけど、くわしいことは知らない。
とにかくわりと電撃的な移籍だったと聞いている。
で、移籍後の初舞台は「ジゼル」で、つまり、ボクはその初舞台を観たわけですね。
下の写真は、その日、2003年10月5日のパンフである(左下はチケット)。
ジゼル役が、ザハロワ。
アルブレヒト役が、ツィスカリーゼ。
ミルタ役が、アレクサンドロワ。
・・・な、なんて贅沢なんだ!
ボクは当時バレエ初心者だったので、何の先入観も持たずに観た。
岩田守弘くん(このプラチナ・チケットを取ってくれた)からは「ザハロワが移籍してきたんだけど、全然タイプが違うんです」とは聞いていた。
とはいえ、当時のボクは「タイプってなんだ?」って程度であったのだ。
でも・・・
初心者のボクでもはっきりわかるくらい、彼女は舞台で浮いていたのである。
まぁそりゃそうなるよね。
彼女、ずっとワガノワ→マリインスキーなんだから。
もちろん下手ではない。
というか、うまい。美しい。
でも、なんというか、とっても教科書的に美しいダンスで、「型なんか崩れてもいいから熱く演じてやれ」くらいにぐいぐい押してくるボリショイのダンサーたちの中では明らかに異質だったのである。
大丈夫かなぁと心配になるくらいに。
岩田くんは、ちょっと苦笑しながらこう言っていた。「彼女はきちんと踊れているけど、演技していない」と。
で、それはマリインスキーの特徴なんだ、とボクに教えてくれたのも岩田くんである。(彼もボリショイ大好きな人なので、マリインスキーに対して厳しいのはご了承くださいw)
ちなみに、ボクのザハロワに対する印象が少しずつ変化してきたのが、2007年くらいからだろうか。
なんだかザハロワが「ボリショイ的」になってきた、と、どっかの記事で書いた記憶がある。
いままで彼女に足りなかった「ぐいぐい押してくる感じ」が出てきたし、なによりダンスより物語に重心が移っていて「熱」が伝わってきた。
そう、ボリショイ・ダンサーはこうでなくっちゃね!
圧倒的にボリショイ派のボクは、そのあたりからザハロワを認め、好きになり、いまに至るわけです。
いまでは完璧に「ファン」だ。
ボリショイ初舞台から観てるからね。
ちょっと親心的な思いも含めての「ファン」なのである。
※
ちなみに、ボクは稀少なザハロワ体験を他にもしている。
パリのオペラ座の舞台袖で、ボクの数センチ横からザハロワが舞台に出ていった、という得難すぎる体験だ。
これについてはまたそのうち書こうと思う。
※※
あ、それと!
第三幕でジゼルが舞台からせり上がってくる場面があるんだけど、旧ボリショイ劇場はなんとそれが手動だったw
だから、舞台近くにいると「キコキコキコ」とハンドルを回す音が聞こえるw
キコキコキコとせり上がってくるザハロワw
ちょっとかわいそうだったけど、古い劇場なので仕方がない。
※※※
2011年の新ボリショイ劇場のこけら落としもザハロワだった。
「眠れる森の美女」。
リハーサルから観させてもらったが、もうオケへの注文の出し方も、みんなを指導する姿も堂々たるもので、すっかりボリショイの女王になっていた。もちろん演技も熱かった。
結果的にマリインスキーとボリショイのとてもいいハイブリッドになった、ということかと思う。
※※※※
最後に、ここまででザハロワに興味を持った方のために、ザハロワがウォーミングアップをしている動画を載せて終わろう。
2013年「ラ・バヤデール」のリハーサル前のザハロワさん。
今度はいつ来日するかな。。。
古めの喫茶店(ただし禁煙)で文章を書くのが好きです。いただいたサポートは美味しいコーヒー代に使わせていただき、ゆっくりと文章を練りたいと思います。ありがとうございます。