銭湯男子

格差が広がる今の時代、人間が平等に扱われる場所はあるだろうか？
答えを探しに鈴木太郎は今日も銭湯へ来た。

太郎が銭湯の脱衣所でスーツを脱ぎ丁寧に畳んでロッカーに入れる。
弁護士バッチは小さなケースにしまう。

ギターを背負った細身の溝川俊の隣には筋肉質の岩木元気。
元気がニッカポッカを脱いでいるが、俊のギターが邪魔をしている。

元気「兄ちゃん、邪魔なんだよ。銭湯にそんなもん持ってくんなよ」
俊「すみません、でも僕これからライブなんです」
元気「あ？言い訳すんなよ、マナー守れよ、マ・ナ・ア！」

俊が助けを求めるような目で太郎を見る。
元気「ダチか？」
太郎「今日、薔薇風呂らしいですよ」
きょとんとする元気と俊。
そそくさと浴場に向かう太郎。

数分しかもたないくだらない嘘をついてしまった。
どうも自分は弁護士バッチを外すと適当人間になるらしい。

頭を洗っている太郎に冷水を浴びせる元気。
元気「薔薇なんてねえじゃん、お前俺に嘘ついたのか？」
太郎「おかしいですね、今日のはずだったのに」
ニッカポッカ男は意外とロマンチストなのかもしれない、
とニヤッとしてしまう太郎。
元気「お前、何が可笑しいんだよ」
太郎に掴みかかろうとする元気の薬指に指輪。
太郎「あ、ご結婚されてるんですね」
元気「は？関係ねーだろ、もういいよ」
つぼ湯に入りに行く元気。

太郎の背後から俊が抱きつく。
太郎「え？え？え！？」
俊「さっきは僕のためにありがとうございました」
裸で抱き合う二人。周囲の客にジロジロ見られる。
太郎「いえいえ、気にしないでください」
ゆっくり距離をとる太郎。

お湯につかる太郎。
元気がつぼ湯を独占している様子や
俊が丁寧に体を洗っている様子が見える。
銭湯での振る舞いを見ているだけでその人の人間性が垣間見れる。
あの二人は脱衣所での印象と変わらないなと、ぼんやり思う太郎。

元気と俊が太郎の両隣で湯につかる。
俊が鼻歌を歌う。
恐る恐る元気の様子を窺う太郎。
泣き出す元気を見て驚く二人。

太郎「あの、大丈夫ですか？」
元気、お湯で顔をバシャバシャ洗う。
元気「昨日ツレが子供を連れて家出て行ってしまってさ、
それ三人でよく歌ってた思い出の歌なんだよ」
太郎「・・・そうなんですか。きっと戻ってくると思いますよ。
お若いのに家庭を持って立派だと思います」
元気「もう26歳だからな」
太郎「え！？私も同い年です」
俊「僕も同い年です」
元気「なんだよ、お前らタメかよ」
太郎「すごいです、同い年でお父さんなんて尊敬します」
俊「因みに奥さんが出て行った原因に心当たりはあるんですか」
太郎、俊を睨む。
元気「周りの人にすぐ喧嘩を売るから子供の教育にも良くないって」
俊「あー、なるほど、分かります」
元気「あ？何だこのもやし野郎」
俊に伸ばした元気の手が、間にいた太郎の目に当たる。
沈黙の三人。目を抑える太郎。

太郎「私は暴力で解決しようとする人種が一番嫌いなんです。
言葉で争いましょうよ。まぁ弁護士の私に勝てるとは思いませんがね」
裸で仁王立ちの太郎。
元気「お前、滑稽だぞ。本当に弁護士なら股間は隠して欲しいな」
吹き出す俊。真っ赤になって肩まで湯船に浸かる太郎。

裸の人間を見て偉い人や金持ちが区別できるのだろうか。という疑問を持ち今日も銭湯に来たのに自ら肩書を言ってしまった。
怒りで目的を失い、しかも至近距離で股間をさらしてしまうとは。
私は弁護士に向いてないのかもしれない。

俊「今の出来事、歌詞にしてもいいですか」
太郎「やめてください。侮辱罪で訴えますよ」
俊「僕、繊細なのであまりいじめないでください」
太郎「いや、いじめてるんではなく」
元気に手を差し伸べられる太郎。
太郎「？」
元気「兄ちゃんが弁護士かどうかなんて裸じゃわからないが、
さっきは悪かったな」
太郎「・・・わかっていただけたようで」
元気と太郎が握手する。
元気が手に力を込める。痛がる太郎。
元気「俺はな、ドヤ顔で正論かましてるやつが大っ嫌いなんだよ」
俊「同い年同士仲良くしましょうよ」
太郎「私は本能で行動してるタイプの人間が嫌いなんですよ。後ろの人に自分が使ってるシャワーがかかってても気にしない人、掛け湯せずにお湯に浸かる人、脱衣所のスペースを独占する人、つぼ湯からなかなか出てこない人。銭湯での振る舞いで人間性がよくわかる」
元気「そんなストレス溜まるなら銭湯来るなよ」
太郎「それでも好きなんですよ、銭湯が」
俊「気持ちわかります。僕も好きです。あなたのいる銭湯はもっとす・・・」
元気「わかったよ、じゃあ誰がこの銭湯を使えるか勝負しよう」
太郎「勝負は得意です。司法試験もストレート合格なんで」
俊「僕は苦手だけどライブ前にこの銭湯使いたいから」

銭湯に浸かる三人。顔が赤い。
太郎「お二人とも無理しない方がいいんじゃないですか？」
元気「余裕だね」
俊「人生でこんなに頑張ったことないです」

脱衣所に仰向けで並べられる三人。
客にうちわで扇がれている。
太郎「この勝負の続きはまた今度・・・」