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そのさよなら、代行します。

【あらすじ】
自分に代わって別れを告げてくれるという「さよならメッセンジャー」
仙道雄介(28)は「さよならメッセンジャー」として働いている。
優しい性格の仙道は「さよなら」を他人に任せて
簡単に人との縁を切ろうとする依頼人に共感することができない。
また、さよならを言われた相手が可哀想に思えて、同情してしまう日々。
仙道の職場の先輩、吉田智治(45)からは同情を捨てて
仕事をしろと言われる。
仙道は依頼人の今井みさと(37)から死期が近い父に対して
暴言のようなメッセージを預かる。
仙道はみさとに反発しそのような言葉は伝えられない、
素直になって父に会いに言って欲しいと説得するが、
みさとの強い希望で依頼を渋々引き受ける。
そしてみさとの父、今井和敏(67)には仙道自ら考えた、
さよならのメッセージを伝えてしまう。

【登場人物】
仙道雄介(28)さよならメッセンジャー
吉田智治(45)仙道の先輩
今井みさと(37)仙道の依頼人
今井和敏(67)みさとの父親

【本編】
○ワンルームの部屋・中(朝)
    手のひらの社章バッチをスーツに付けている仙道雄介(28)。
    部屋の中を右往左往している男を見て困惑しながら、
仙道「2年間頑張って付き合ってみたけど好きになれなかったの・・・
   あと何回言えばいいですか?」
「嘘だ、絶対嘘だ。あんなラブラブだったのに」
仙道「残念ですが、依頼人からの言葉をそのまま伝えるのが僕の仕事なの
   で嘘ではないですよ」
    仙道、ペンと書類を差し出す。
仙道「さぁここに署名してください。署名さえいただければすぐに立ち去
   りますから」
「同情とかしねえのかよ、お前」
仙道「僕の仕事はさよならメッセンジャーです。最後の言葉をお伝えす
   るだけです」
「お前、酷ぇ奴だな」
仙道「酷いのは直接さよならを言わない依頼人だと思いませんか?」
    仙道、俯く男の顔を覗き込む。
仙道「面と向かって別れを言わない女なんてロクなやつじゃない。付き合
   いが2年で済んでむしろよかったですよ」
    男が仙道の持っているペンと書類を乱暴に取る。仙道、慌てる。
仙道「すみません、出しゃばりました」
「いい女だったろ?優しいんだあいつ。俺が泣き顔を見られたくないの
  を分かってってお前に頼んだんだよ。絶対そうだ」
    男、泣きながら署名する。
    仙道、泣いている男の肩に触れようとするが 
    踵を返し部屋から出ていく。

○道
    子供同士が手を振り別々の道を進んでいく。
    仙道、子供を見てほほ笑む。
    吉田智治(45)が仙道の肩を叩く。吉田のスーツには手のひらの
    社章バッチが付けられている。
吉田「仙道、今日まだ1件目だろ?
   私は次で12件目だ」
仙道「12件目!?吉田さんさすがです」
吉田「仙道はサボりすぎだ」
仙道「サボってないですよ。ただ、その」
吉田「また同情してるのか?」
仙道「僕の言葉で目の前の人が一喜一憂するのをみると
   色々考えてしまうというか」
吉田「僕の仕事は・・・?」
仙道「僕の仕事はさよならメッセンジャーです。
   最後の言葉をお伝えするだけです」
吉田「そうだ。ちゃんと覚えてるじゃないか」
仙道「尊敬する吉田さんから教えていただいた言葉ですから」
吉田「同情しそうになった時はこの言葉を言え。何度も言えば
   最後の言葉を伝えられた人も諦めるようになる」
    吉田、腕時計を見て走り出す。
    仙道、ため息をつく。

○居間・中
    仙道、畳の上に座り湯呑の茶を啜っている。
    机上には花瓶に入ったバラの花がある。
    襖が開き今井みさと(37)が仙道の前に座る。
    仙道、名刺を渡しながら、
仙道「さよならメッセンジャーの仙道雄介です。早速ご依頼の件ですが」
みさと「仙道さんが今さっき飲まれたお茶、実は毒入りなんですよ。
    さよなら」
    笑顔のみさと。仙道の表情が強張る。
    みさと、仙道を見て大声で笑う。
みさと「どう?さよならメッセンジャーがさよなら言われたご気分は?」
仙道「じょ、冗談ですか?本当に?」
みさと「冗談ですよ、ごめんなさいね」
    みさと、仙道の前にある湯呑の茶を一気飲みする。
    湯呑に口紅が付く。
    仙道、生唾を飲み込む。
みさと「あら?年上の女性がお好きなの?」
仙道「いえ、そんなことは。いや、素敵だと思いますけど依頼人の方とは
   契約違反になってしまうので、その・・・」
    みさと、仙道の耳元で、
みさと「仙道さん、真面目なお方なのね」
仙道「し、仕事はきっちり真面目にこなします。
   休日は他の顔もあると思いますけども」
みさと「ぜひ見てみたいわ。別の顔」
仙道「僕は仕事をしに来たんです。今井さん、ご依頼内容はなんですか?」
みさと「からかってしまってごめんなさい。私、さよならメッセンジャー
    を何回か利用させていただいたことがあるんです」
仙道「それはありがとうございます」
みさと「今まで来ていただいた方々はとても淡々としているというか、
    冷たい印象でした」
仙道「それは失礼しました」
みさと「でもあなたは違うみたい」
    みさとが棚からアルバムを出し、机に広げる。
    アルバムの写真に写る子供の女の子と大人の男を指さす。
みさと「父と私です」
仙道「凄く良い写真ですね」
みさと「父の再婚相手の女が撮った写真です」
仙道「そうなんですか・・・すみません」
みさと「母が亡くなってから再婚したり色々と女遊びをするように
    なってしまって。父に対して子供の頃から
    さよならメッセンジャーを何度も利用したんです」
仙道「それは・・・辛かったですね」
みさと「同じ家に住んでいるのにさよならを伝えてもらうなんて
    可笑しな話ですよね」
仙道「(ためらいながら)代行せずに面と向かって話した方が
   上手くいくこともあるとは思います。だって家族ですし」
みさと「夜、母の仏壇の前で泣く父に直接さよならなんて言えません」
仙道「娘でなく、代行の者に言われたらお父様は悲しい気持ちに
   なるんじゃないですか?」
みさと「これが父と私のコミュニケーションなんです。
    身近な存在だからこそ直接言えないことがあるんです」
    みさと、湯呑の茶を飲み一息つく。
みさと「もうすぐ亡くなる父に最後のさよならを伝えてほしいんです」
    仙道、立ち上がりみさとの両肩を持つ。
仙道「何言ってるんですか、今井さん。直接言わないと後悔しますよ。
   考え直してください」
みさと「こんな早くくたばりやがって。弱い奴は嫌いだ。
    とお伝えください」
仙道「今井さん、意地張らないで会いに行きましょう」
みさと「亡くなった母に父が言った言葉です。
    この言葉をどうかお伝えください」
仙道「駄目ですよ。お父さんの気持ちも考えてください」
みさと「あなたはさよならを伝えるお仕事でしょう?依頼主は私です。
    あなたから指図される立場ではありません」
    仙道、拳を強く握る。
仙道「僕の仕事はさよならメッセンジャーです。
   最後の言葉をお伝えするだけです」
    みさと、笑みを浮かべ仙道の手を強く握り握手をする。
みさと「よろしくお願いします」
    仙道、渋々頷く。

○中央病院・全景
    大きな病院。入り口に「がんセンター中央病院の看板」。
    仙道が病院に入っていく。

○ 居間・中
    みさとが机の上のアルバムを棚に戻している。
    アルバムからバラの花を背景に父、母、みさとが映っている写真が
    足元に落ちる。
    写真の裏に「私達家族は強い」の文字。
    涙を浮かべるみさと。

○中央病院・病室・中
    奇麗な個室の病室。仙道、ノックして部屋に入る。
    今井和敏(67)がベッドで眠っている。
    仙道、慌てて今井の元に駆け寄る。
仙道「大丈夫ですか、今井さん、今井さん」
    今井、顔をしかめて目を開ける。
今井「あ?あんた誰だ?看護師じゃねぇのならいいか」
    今井、布団の中からグラビアアイドルの写真集を出して見始める。
    仙道、動揺する。
仙道「あ、あの僕は」
今井「あれだろ、死神だ。最期くらい楽しませてくれよ。な?」
仙道「違います、仙道さん。僕はさよならメッセンジャーです」
今井「こんな弱ったじじいにさよならか。
   お前の言う言葉によってはすぐ逝ってしまうな」
    仙道、目が泳ぐ。今井、ニヤニヤと笑いながら、
今井「やっぱり死神だったな。早く出て行ってくれ」
仙道「今井さんの娘、みさとさんから言葉を預かっています」
    今井の手がピクリと動く。
今井「最初の女房の子供だな。もう何年も会ってないから忘れたけど、
  一番面倒な奴だった気がする」
仙道「そんな面倒だなんて」
今井「で?あの子はなんて言ってた?」
    今井、真剣な眼差しで仙道を凝視する。
仙道「ええと・・・その、ありがとうと」
今井「ありがとう・・・本当に言ったのか?あの子が」
仙道「素直になれなくてごめんなさい。お父さん大好き。会いたい。
   と言いました」
今井「みさとが、そんなことを」
    今井、部屋の窓を開けて身を乗り出す。
    仙道が慌てて止める。
    病室のドアが開き吉田が慌てて今井を窓枠から引き離す。
    仙道、驚く。
仙道「吉田さん、どうしてここに」
吉田「仕事だ。今井さんにメッセージを持ってきた」
今井「死神が増えたな」
   今井、ベッドに押さえつけられている。
吉田「今井さん、あなたの娘さんの夏希さんから
   メッセージを預かりました」
今井「あぁ、三番目の女房の娘か」
吉田「あなたを反面教師として生きてきて良かった。今では感謝してます」
   仙道、恐る恐る今井の顔色を窺う。
仙道「吉田さん、なんてこと言うんですか?」
吉田「依頼人からの言葉をそのままお伝えしただけだ」
仙道「今井さん、気にしないでください。
   早くさっきの雑誌の続きを読みましょう」
    今井、大きな声で笑う。
今井「嫌味ったらしい三番目の女房そっくりだ。元気そうで結構結構」
    今井が吉田の持つ書類に署名をする。
吉田「では、私たちはこれで失礼します」
   吉田、ドアの方に向かおうとする。突っ立ったままの仙道に気付き、
吉田「仙道?どうした、早く次行くぞ」
今井「こいつの書類に署名はしない。納得いかん」
吉田「今井さんが署名した書類が依頼人の元に届かないと言葉を
   伝えられたことの証明ができないんです」
今井「署名はしない。帰ってくれ」
吉田「依頼人のさよならを尊重してください」
今井「みさとがあんな事言うなんて信じられなくてね。署名は断るよ。
   俺のことも尊重してくれ」
    仙道、俯く。吉田が仙道を睨み、
吉田「仙道、依頼人の言葉をそのまま伝えたんだよな?間違いないな?」
    俯いたままの仙道。
吉田「おい、答えろ」
仙道「少しだけ柔らかくお伝えしました」
    吉田が仙道を殴る。
吉田「また同情したのか?私たちの仕事は信頼の上で成り立っているん
   だぞ。依頼人の言葉通り伝えることができないならこの仕事をする
   資格はない」
仙道「吉田さんは件数をこなすことばかりに気を取られてますよね?
   少しは寄り添う気持ちとかないんですか。メッセンジャーとして
   人間が言葉を受け取り伝える意味を考えたことはありますか?」
吉田「君はいつまで経っても半人前だ。言葉を曲げて伝えることの
   愚かさを考えていないな」
仙道「吉田さんよりは考えてますよ。移動中も、風呂に入ってる時も、
   夢の中でも」
今井「もう出て行ってくれないか。一応病人なんだよ俺」
吉田「失礼しました、仙道行くぞ」
    仙道、手のひらを見る。赤いインクでバラの柄の
    スタンプが押してある。
今井「さっさと行け死神」
    仙道、不思議な顔で手のひらを今井に見せる。
仙道「多分みさとさんに付けられたと思うんですが、何ですかね?バラ?」
    今井の表情が固まる。
仙道「そういえば机の上にもバラの花が飾ってあったような」
   今井、グラビアアイドルの雑誌で顔を隠す。
今井「みさとはさっきの言葉本当に言ったのか?死神らしく
   俺に気を遣わずに本当のこと言ってくれよ」
    吉田、仙道を睨む。仙道、吉田から顔をそむける。
仙道「こんな早くくたばりやがって。弱い奴は嫌いだ。です」
    今井、雑誌で顔を隠したまま笑う。
今井「そうか、みさとがそんなことを言ったのか。覚えてたんだな」
    仙道、気まずそうに今井と吉田を見る。
今井「私達家族は強い。俺とみさとは意地っ張りでね。
   心で思っていることと真逆なことばっかり言ってしまうんだよ」
    今井の肩が震える。
今井「女房が好きだったバラをいつか二人で見ようと約束したんだ。
   もう見れないと弱気になってたよ」
    仙道、手のひらのバラをじっと見る。
今井「女房を愛してた。みさとは一番可愛い娘だ。
   女房が死んで変わってしまった俺を許してくれるんだな、みさと」
    吉田、署名をさせるよう仙道を促す。
仙道「今井さん、ご署名していただけますか?」
    今井が顔を隠していた雑誌を手元に下ろす。顔が涙で濡れている。
    仙道、驚く。今井が泣きながら署名する。
今井「ありがとう、死神。君たちからもらったものは忘れない。
   伝えてくれてありがとう」
    泣き続ける今井にお辞儀をして部屋から出る二人。

○道(夕)
    仙道、早歩きの吉田に追いつこうと小走りになる。
仙道「吉田さん、すみません。まさかあんな
   言葉が今井さんの胸に刺さるなんて。悲しむと思ったんです」
吉田「これで分かったか、言葉を正確に伝えることがいかに重要か。
   同情は無用」
仙道「僕が図り得ないさよならの言葉があるんですね」
吉田「今更気付いたのか。鈍いぞ」
    吉田、腕時計を見る。
吉田「じゃ、次の案件を急ぐから」
    吉田、手を挙げて去っていく。
    仙道が大声で吉田の背中に向けて、
仙道「吉田さん、ありがとうございました」
    吉田が振り向き唇に人差し指を当てる。
仙道「さよならメッセンジャーだけど僕は直接言葉を伝えたいんです」
    仙道、手のひらのバラのスタンプを見る。
    手をぎゅっと握り大きく一歩歩き出す。


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