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【小説】西日の中でワルツを踊れ⑰ やくざの会談の前に並ぶテーブルいっぱいの中華。
あらすじ。
記憶を失って入院している西野ナツキ。川田元幸という男を探す紗雪。二週間前に行方不明になった川島疾風。ナツキをパシリにしていた田宮というやくざの息子。
ナツキは更なる情報を求めて、紗雪の父に接触し一つの条件を提示される。
やくざの会談がおこなわれる中華料理屋の営業時間は、十一時からだった。
それは土日も関係がなかった。
山本と話し合った結果、念の為にぼくらは朝の八時から中華料理店を見張った。
常にじっとしているのは怪しい為、何度か近所をぶらぶら歩いたり、コンビニに入ったりしつつ何か動きがあるのを待った。
ただ待つだけでは時間が勿体ないと思い、ぼくは中華料理の周辺を回ってみた。
店の裏口には日陰になった川があった。
深さはそれなりあるようだけれど、上流の方から洗剤の類を流しているのだろう。虹色の油が水面に浮かんでいる箇所が確認できた。
お世辞にも綺麗とは言えない川だった。
広い駐車場の端っこにある自動販売機でペットボトルのお茶を買っていると、山本が近づいてきた。
「やくざの会談だって言うなら、複数の人間が集まるだろうから移動は車だろう。なら、店の前の駐車場がいっぱいになった頃が、会談時だろうね」
ぼくもその考えに異論はなかった。
十一時を過ぎても駐車場に車が停まることはなかったので、店内に入るのはやめて、やはり周辺をぶらぶら歩いた。
十二時を少し過ぎた辺りから、車が一台、二台と停まりはじめた。
「行きますか」
と山本が言い、ぼくは頷いた。
店内に入ると、店員が現れテーブル席に通してもらえた。
片岡潤之助と会った時に二階への階段は確認していた。
幸い山本と共に座ったテーブル席は出入口と階段が確認できた。
山本はメニューを見ると
「なにか食べたいものはあるかい?」
と言い、ぼくは任せると返した。
じゃあ、と山本はシュウマイや水餃子といった分けやすい料理をを注文していった。
「やっぱり、中華といったら、こう皿が幾つも並んでないと雰囲気がでないよね」
「好きなんですか? 中華」
「家族で来ると楽なんだよ。みんなで分けられるから」
周囲をそれとなく把握していたぼくは山本の方を見た。
「山本さん。もしかして、奥さんだけじゃなく、お子さんもいらっしゃるんですか?」
「いるよ、二人。男の子と女の子」
「そうですか」
と言いつつ、山本が自分の父親だったらと考えたが、記憶がないぼくからすると具体的な想像は浮かばなかった。
ただ、なんとなく一般的な良い父親からは離れたイメージが浮かんできた。
「ちなみにだが、ナツキくん」
「はい」
「これからの計画はあるのかい?」
「おぼろげに、ですが」
「聞いても良いかな」
山本の表情は至って普段通りで緊張の類は見受けられなかった。
もしかすると、山本はこういう場に慣れているのかも知れない。
「田宮由紀夫はぼくの顔を知っています。なので、帰り道に声をかけます」
「ん? 顔は知っているのかい?」
「昨日、かの子ちゃんに会いに行って、田宮由紀夫の写真をもらってきました」
「なるほど。一応、準備はしているようだね。けど、それだけで上手くいくのかい?」
「もう一つ準備はあるんですが。正直、出たとこ勝負です」
言いつつ、ぼくは店内の客の数を数える。
テーブルに二つ。
全て男性で三人で座っているのと、二人で座っている。
彼らが一般客なのか、やくざなのかは判断がつかなかった。
店内の扉が開く音がした。団体客だった。
明らかに一般人と離れた雰囲気の彼らは、店員に案内されることもなく二階へとぞろぞろ上がっていく。
スーツの厳つい男のたちの中に一人だけ、白衣の男が混ざっていた。
医者?
と疑問に思ったが、やくざの会談に医者が参加する理由もよく分からなかった。
団体の最後尾に松葉杖をつく、ボウズ頭の男がいた。かの子からもらった写真とも一致する。
彼が田宮由紀夫だ。
片岡潤之助が比喩で使ったように、彼はサルにとてもよく似ていた。
「本命の到着だね。さて、本当に上手く行けば良いねぇ」
山本はどこか楽しげに口もとを緩めた。
やくざの会談が始まりつつあるが、ぼくが狙うのはあくまで帰り際だった。一つ息を吐いて、目を瞑った。
体の力を抜けば震えそうな緊張がぼくを支配していた。
「それで」
と山本は普段通りの声で言った。「ナツキくんは、紗雪ちゃんのことが好きなの?」
ぼくは山本の質問の意図を掴みかねて、彼の顔を見つめた。
しかし、山本はからかうように笑うだけだった。
何の意図も掴めず、ぼくは素直な気持ちを口にした。
「嫌いなわけないじゃないですか」
「じゃあ、これが終わったら、ナツキくんは紗雪ちゃんに告白するわけだね。あの頑張って着てますよって感じのスーツを脱がしてやるんだね」
山本の予想外の物言いに、ぼくは咄嗟に反応することができなかった。
数秒の間を置いて
「告白って、学生じゃないんですから」
と言った。
「大人でも告白するだろ? なに、ナツキくんって、お互いのイベントに物を送り合ってたら、自然と付き合うことになるよね、ってタイプ? 女と付き合うのなんて、普通にしてればできるでしょ系?」
「なんですか、その腹立つ人種は」
言いつつ、ぼくは新しく入ってきた女性を目で追った。
ギャル系の女性で、場違いなほど露出した格好で、堂々と席についた。
連れはいないようだった。
「いるんだよ」
と山本が更に続ける。「そーいう、自然と人って惹かれあうよね、って本気で考えているタイプ」
「自然と惹かれあうんですか?」
「そんな訳ないじゃん。少女漫画の読み過ぎだよ」
「何にしても、山本さんの関心は男と女のことなんですね」
別に非難の意図はなかったが、そういう響きが自然と帯びてしまった。
山本はとくに気にした様子もなく続ける。
「そりゃあ、そーだよ。あくまで経験則だが、男と女の関係を蔑ろにしたり、軽んじたりする人間に良いヤツはいないんだよ。だから、ナツキくん」
「はい」
山本はニヤッと笑った。
「気持ちよくならない人生は選ばないことだ」
「気持ちよくならない人生」
思わず、そのまま復唱してしまった。
そこで丁度、店員が料理を運んできた。テーブルには湯気の立つ皿がずらりと並んだ。
山本は店員に礼を言ってから、ぼくの方に取り皿と箸を置き、手を合わせてから料理を自分の取り皿によそい始めた。
「ナツキくん。ここで重要なのは、気持ちがいいだけの人生も選ばないことなんだよ」
「気持ちいいだけの人生は駄目なんですか?」
「そりゃあサルの人生だ。ほら、よく言うじゃないか。自慰行為を覚えたサルは死ぬまで、それをやってしまうってヤツ。そんな人生は人間のもんじゃないよ」
「難しいですね」
素直な感想だった。
山本が水餃子を口に放り込んでから
「そりゃあ、そうだ。簡単な人生なんてないよ。だから、考えることだ。少年」
と言った。
「はい」
頷いた時、横目に見知った顔が店に来店したのが分かった。
見間違いかと思って二度見したが、思った通りの人物だった。
喫茶店『コーヒショップ・香』の店員、守田裕が店内を見渡していた。
守田の目当ての人物はギャル風の美人だった。
彼女が手で合図すると、守田はそちらの卓へと近づいていった。
「ん? なに、ナツキくん。彼、君の友達なの?」
「友達というか、知り合いです。よく行く喫茶店の店員さん」
「ふーん」
ぼくはそこで箸を手にして、料理を取り皿によそった。
守田裕がここで現れるのは予想外だった。単なる偶然か、それとも何かしらの関係があるのか。
そんなことを考えながら、熱々のシューマイを口に入れる。
肉汁を口で満たし、熱さから噛むのに何度か躊躇していると、山本が「おっ」と声をあげた。
彼の視線の先は守田裕とギャル風の美人に固定されていた。
熱で涙目になった視線をずらすと、守田がギャル風の美人に銃を突きつけられていた。
男女のいざこざにしても行き過ぎた場面だった。
「へぇ、すごいな。ナツキくんの知り合い」
山本が感心したように言った。
「何がですか、っていうか、どーして誰も止めようとしないんですか? 犯罪じゃないですか!」
まるで映画のワンシーンに紛れ込んだような錯覚を味わうぼくとは裏腹に山本は殊更に落ち着いた声で応える。
「まーまー、ナツキくん。あれは偽物だよ」
「え?」
山本は取り皿の残った料理を口に入れて、咀嚼してから
「いや正直、この距離だと本物か偽物かの区別はつかないんだけど。どちらにしても、あのギャルのお姉さんは撃つ気がないよ。単純にからかっているんだろう」
「からかってる?」
「お遊びみたいなもんだね。だって、周囲の誰一人として動揺していない。ナツキくんと銃口を向けられた子くらいか。単純に全員やくざだってことかも知れないけれど」
何でもないことのように言う山本に、ぼくは得体の知れない不安を感じた。
「全員、やくざなんですか?」
「そりゃあ、そーでしょう。だいたい、やくざの会談をおこなう中華料理屋だよ? 店員まで含めて全員真っ黒だって」
言われてみれば、その通りだと頷く他なかった。
ということは守田に銃を向けている美人もまた、やくざなのだろう。
山本は変わらぬトーンで楽しげに続ける。
「そんな中で、ナツキくんの知り合いはたいしたもんだよ。ちゃんとギャルの目を見て話をしてる。肝座ってるよ」
数えるほどしか話をしていない守田が、それほどの覚悟を持ってやくざと対面している。
彼が何を抱えて銃口を前にしているのか、ぼくは知り得ない。しかし、守田の意地はしっかりと貫かれようとしている。
銃を持った美人は守田に笑いかけたかと思うと、銃口を口元に近付けて、咥えていた煙草に火を点けた。どうやら銃の形をしたライターだったようだ。
あえて勝敗をつけるなら、守田は勝負に勝ったように思った。自身の覚悟と意地を持って意思を貫いた。
ぼくにも、そのようなことができるのだろうか?
その問いは、当事者になってみなければ分からないが、自信があるかと言われれば疑わしいものだった。
銃の脅威から解放された守田は力が抜けたのか、その場に座り込んでしまった。
呆れ顔で煙草を咥えた女性が手を差し出し、守田に肩を貸す形で奥の一人で食事をしている男の卓へと連れて行くのが分かった。
事の中心は、田宮由紀夫と川島疾風が起こした事故だ。
その周りであらゆる人間が動いている。片岡潤之助、久我朱美、守田裕、中谷勇次……。そして、岩田屋町周辺のやくざ。
他にもぼくが知らないだけで多くの人間、思惑が渦巻いているはずだ。
その中に記憶を失った西野ナツキこと、ぼくも含まれている。
見えるのは当たり前だけれど、ぼくの視界が捉える範囲だ。
そして、肩入れができるのも、ぼくが知っている人たちだけだ。
それでも、この一連の事件に関わる各自が収まるべき所に収まり、願わくば幸福な終わりを迎えてくれればと思った。
つづく
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