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【小説】西日の中でワルツを踊れ⑭ 彼は死なない、という無慈悲なまでの信頼。
あらすじ。
記憶を失って入院している西野ナツキ。川田元幸という男を探す紗雪。二週間前に行方不明になった川島疾風。ナツキをパシリにしていた田宮というやくざの息子。
ナツキは更なる情報を求めて、紗雪の父に接触しようと考える。
紗雪の話が終わったのが分かって、ぼくは何を言えば良いのか想像もできなかった。
一度、口を開いたが、うめき声さえ出てこなかった。そんなぼくを見て紗雪は柔らかい笑みを浮かべて言った。
「ごめんなさい。突然、こんなに長い話を。私、そこの自販機で何か飲み物を買ってきますね」
言うと紗雪は立ち上がって、近くの自販機へと歩き出した。
ぼくはしばらく紗雪の後ろ姿を見てから、上を向いた。雲が太陽を隠した空だった。ぼくは目を瞑って考えがまとまるのを待った。
死者が見える、会える、紗雪、父、キンモク荘、鶴子さん、由香里さん、川田元幸、いい人、西野ナツキ……。
紗雪の話を聞く限り、彼らの父は川田元幸のことをどうでもいい奴としながら、動向をちゃんと調べていたし、ぼくという手掛かりも示している。
問題だったのは、ぼくが記憶喪失だったこと……。
本当に?
彼女の話が仮に本当だったとするなら、殆ど全てのことが紗雪の父の掌の上の出来事にならないだろうか?
だいたい、どうすれば川田元幸の行方が分からなくなって、西野ナツキが行方を知っていると調べられるんだ?
いや、それが調べられるのなら、もうすでに紗雪の父は川田元幸の居場所を知っていてもおかしくないじゃないか。
けど、なら何故、紗雪にそれを知らせない?
知らせられない理由がある? それは何だ?
一番最悪な想像が頭を過る。
記憶を失っている、ぼくが実は川田元幸を……。
しかし、それでも疑問は残るし、何故このような状態に陥ったのかの説明にならない。
確かな動かぬ事実が必要だった。
そうする為には、紗雪の父と会って話をする必要があった。
現状、最も情報を持っているのは間違いなく彼だから。
紗雪の話を聞いて、ぼくがどう動くべきか決まった。
目を開けて、顔を傾けると紗雪がこちらに歩いてくる姿が見えた。
やや幼さの残った顔立ち。
少女そのものな声。
学生が背伸びして着たようなスーツ。
ふと、他愛の無い感想が浮かんだ。
ぼくは川田元幸を決して好きになれない。
少なくとも紗雪の話を聞いた上では。
紗雪から缶コーヒーを受け取り、しばらく並んでそれを飲んだ。気づけば日が傾き空が赤く色を変えていた。
「紗雪さんはお兄さんと別れて何年が経っているんですか?」
「二年前ですね」
ぼくの問いに紗雪は間を取ることなく答えてくれた。
「ということは紗雪さん。十七歳ですか?」
「はい。そうです」
「高校生じゃないですか? 学校は?」
「行っていないんです」
言って、紗雪は苦笑いを浮かべた。
「父の仕事を手伝っている以上はお金の心配はありませんし、私の力は条件が揃えば時と場所を選ばず起きます。だから、人が集まる学校という空間は危ないんです」
「高校に行きたいとは思わないんですか?」
「思わないですね。勉強は一人で出来ますし、友達を作るにしても学校じゃないといけない理由はありません」
その通りだ、と思った。
紗雪は缶に口をつけてから続けた。
「朱美ちゃんも仕事関係で知り合ったんです。美容院で働いていて、何度か髪も切ってもらったことがあります」
「なるほど。仲、良さそうでしたね」
「仲良くさせてもらってます。頻繁に会える訳ではないので、メル友って感じですけどね」
紗雪はメールでも敬語なのだろうか?
と、ぼくは疑問に思ったが口にはしなかった。
半分ほど減った缶コーヒーを口につけて、ぼくは次の話題へ移った。
「紗雪さんは川田元幸に会って、どうするつもりなんですか?」
返答があるまで長い間があった。
その声は先ほどとは違って、か細く弱々しかった。
「分かりません」
ぼくは何も言わなかった。
紗雪は、また少し間を取ってから続けた。
「その時にならなくちゃ本当に分からないんです。世の中には、そういうことってあるじゃないですか?」
「そうですね」
と、ぼくは頷いた。
記憶を失っているぼくに経験則というものはない。
しかし、記憶がないが故に紗雪の言う、その時にならなくては分からない感覚を理解することはできた。
「紗雪さん」
「はい」
「あなたのお父さんに会わせてもらえませんか?」
「会って、どうするんですか?」
紗雪の声が固くなるのが分かった。
「事情を尋ねます」
「兄の話で分かる通り、父は歪んだ人間です。素直に物を尋ねて、応えてくれる人ではありません」
「それでも。答えを知っているのは、紗雪のお父さんです。会わなくちゃ始まりません」
ぼくの言葉に対し、紗雪は眉を寄せて不満げな表情を作ったが、言葉はなく頷いた。
父に連絡を入れてみますね、と去り際に言い、バスに乗り込んだ紗雪を見送った後、ぼくは病院へと足を進めた。
十八時を少し過ぎていた。夕食の時間を考えると、少し急いだ方が良かった。
それでも病院にたどり着き、病室の前に到着したのは十九時になる五分ほど前だった。
扉を開けると、見知らぬ男と目があった。
「よぉ、待ってたぜ」
男はそう言って、口元を釣り上げた。
そして、ぼくに向かって一歩を踏み出した瞬間、
「待って、勇次くん」
と有が短く制した。
勇次と呼ばれた男は立ち止まったものの、ぼくから視線を外さなかった。
有はやや大人びた声でぼくを呼んだ。
「ナツキさん、すみません。こちらは中谷勇次くん、僕の友達です。ナツキさんに用がある、らしいんです。話を聞いてもらってもいいですか?」
有の提案を断れば勇次は間違いなくぼくとの距離を詰めて、実力行使に出るのだろう。
そういうことに慣れた雰囲気を強く感じとった。
「もちろん。有くんの頼みとあれば」
ぼくは病室に入って、手前の使われていないベッドの横にあるパイプ椅子を一つ取って、部屋の中央に椅子を開いて座った。
夕食はぼくのベッドの横にある棚の上にきちんと並んでいたが、それに口にすることを勇次は許さないだろう。
「随分、余裕じゃねーか。パシリ野郎」
勇次が言った。
ぼくは笑みを浮かべた。
「あたふたと焦った方が良い時には、そうするんですけど」
「今はそーじゃねぇと?」
「少なくとも勇次くんは話をしに来たんでしょ? なら、冷静でないと話は聞けませんから」
「監督がいなけりゃあ、オレは五秒でお前を地べたと仲良くさせてるぜ」
「監督?」
と思ったが、有がむずかゆい表情を浮かべていて分かった。
「あぁ、有くんのことですね。それは、彼に感謝しないといけませんね」
どうして有が監督と呼ばれているのか、それは後で本人から聞くことにする。
有は一つ咳をして勇次よりも前に出て、ぼくをまっすぐ見た。そこには年齢を超えた、冷静で大切な話をする為の姿勢が感じられて、ぼくは自然と息を深く吐いて気持ちを落ち着けた。
「ナツキさん。勇次くんの代わりに、僕が最初に喋っても良いですか?」
「もちろん」
じゃあ、と言ってはじめた有の話は以下のようなことだった。
中谷勇次は姉、優子とその彼氏を探している。勇次と優子の両親は既に他界していて、二人暮らしだった。
その為、何の説明もなく優子が家を空けることはない。更に、優子の彼氏とも連絡がつかないのは緊急事態だと勇次は理解した。
勇次は二人が事故か事件に巻き込まれたのだと考えた。二人の行方が分からなくなる当日に、優子の彼氏がやくざの息子と名乗る男と揉めていた。
やくざの息子とその取り巻きを暴力で制圧したのは勇次だった。やくざの息子、田宮由紀夫とその取り巻きを探している中で、田宮かの子に勇次は行きついた。
そして、彼女から病院に田宮由紀夫のパシリが入院していると聞き、知り合いである有を頼った。
「監督、さすがだぜ」
言って、勇次はぼくを睨んだ。
「で、パシリ野郎。姉貴とシップーの兄貴をどこへやったんだよ?」
「勇次くん、駄目だよ」
有が諌めた。
勇次はその場を動こうとはしなかったが、ほんの僅かに腰を屈めたのが分かった。
いつでも、ぼくへの暴力を可能にする為の態勢だった。
「ありがと、有くん」
言ってから、ぼくは勇次に対し頭を下げた。
「すみません、勇次くん。ぼくは君の力になれません。それを今から説明します」
顔を上げてからぼくは自分が記憶喪失であること、病院前に捨てられていたこと、ぼく自身もやくざの息子、田宮由紀夫を探していることを話した。
勇次はぼくの話を聞いた後、有の方に視線をやった。
「本当だよ」と有が言った。
「人が悪いぜ、監督」
ぼやくように言って、勇次から力が抜けていくのが分かった。
「ごめん。でも、話を聞いて、ナツキさんが記憶を取り戻すって可能性がゼロじゃない以上、最初から全部話すのは違うかなって思って」
「なるほどな。まぁ結果は残念って感じだな」
「そうだね。でも、」
と言う、有の言葉を継ぐようにぼくが続ける。
「ぼくも勇次くんと同じ立場にいるから、協力はできると思うよ」
「あぁ、なるほどな」
勇次が頷き、ぼくが使っているベッドに腰を下ろして息をついた。
「田宮由紀夫の居場所は分かってんのか?」
「分からない。でも、分かったら勇次くんにも教えるよ」
「頼むわ」
やや投げやりな物言いになった勇次に、ぼくは気になったことを尋ねた。
「勇次くんのお姉さんの彼氏の名前はなんて言うの?」
「シップーの兄貴のことか? 川島疾風だな」
川島疾風? 朱美が探していた?
ぼくが眉をひそめたのが分かったのか、勇次が「どーした?」と言う。
「いや、勇次くんのように、川島疾風を探している人がいたから」
「さすが、シップーの兄貴。人気だな」
「出所の説明は難しいけど、川島疾風は今も生きているってことは保証できるよ」
「なんだよ、それ」
と勇次が呆れた後に、にっと笑った。「当たり前だろ、シップーの兄貴が死ぬわけねぇって」
無慈悲なまでの信頼だ、と思った。
勇次はベッドから立ち上がって、ぼくの前まで来て「最後に」と言った。
「一発殴ったら記憶が戻るかも知れねぇから、殴っていいか?」
いいわけねぇだろ。
と思いつつ、ぼくもパイプ椅子から立ち上った。
「勇次くんの話を考慮すると、優子さんと疾風さんの行方不明に、記憶を失う前のぼくが関わっていた可能性はあるから。殴られることに文句はないです」
勇次が短い舌打ちをした。
「オレ、お前のこと嫌いだわ。なんか、知らねぇけど。勝手に責任取れる気になってんじゃねーぞ。お前にそんな価値はねぇよ」
「その通りですけど。疑わしきは罰するって考え方もありますし」
「それを言うなら、疑わしきは罰せず、だろ? お前、オレよりもバカってやばいぞ?」
「記憶喪失ですからね」
言って、ぼくは笑った。
「あ? なに、お前? それを楯にすりゃあ誰もが納得すると思うなよ」
言って、勇次がぼくの胸倉を掴んだ。
「記憶が戻って、お前が関与してるって分かったら、しっかり殴ってやるよ」
というか、と勇次が微かに笑った。
「その時は覚悟しろよ」
真っ直ぐな勇次の目を見て、ぼくは頷いた。
「分かりました」
よし、と勇次は満足すると胸倉を放し、有の方を見て
「じゃあ、監督。オレ、行くわ」と言った。
「うん。僕の方でも色々あたってみるね」
「あー悪い。頼むわ」
と言う二人のやり取りを前に、対等な関係性が透けて見えて、ぼくは何となく羨ましい気持ちになった。
だからだろうか、後から聞こうと思っていた疑問が口をついた。
「ちなみに、勇次くん。どーして、有くんが監督なの?」
「ん?」
と、勇次が疑問符を浮かべる。
あ、呼び名が自然過ぎて、何の違和感もないパターンだ、これ。
そんな勇次をフォローするように、有が口を開いた。
「僕が勇次くんが属している部活に入れてもらっているんだ。もちろん、僕は勇次くんの通う高校の生徒って訳じゃないから、マスコット的な立ち位置ってことで、監督なんだけど」
なるほど、とぼくが頷きかけて勇次が否定する。
「ちげーって、監督。マスコットじゃなくて、アドバイザー? みたいな立ち位置だっつーの、監督なんだから」
「そうだったね」
と有がくすぐったそうに頷いた。
有のちょっとレアな表情を見た気がしたが、それよりも気になったことが口をついた。
「勇次くんって、高校生なの?」
「は? お前、それどーいう意味?」
と勇次がぼくを睨んだ。
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