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日記 2021年8月 すべての人に平等に課せられているのは「死」と、それまで続く「生活」だけ。
8月某日
同じビル内でオフィスの移転が行なわれることになった。新しく人を雇う必要があり、しかし席がないというのが大きな理由だった。
とは言え、すぐに移転ができる訳ではなく、あらゆる調節が必要ということで、新しい移転先に僕が属している部署だけが先に引っ越しとなった。
結果、同期の女の子や後輩の男の子たちと別の階になってしまうことになった。
日記を書く際のネタとして彼らに頼っていた節があったので、少しだけ絶望的な気持ちになった。
もうホント、日記に書けることがない。
そんな状況で、前の部署でよく喋っていた後輩の女の子(もう、いろいろややこしいな)が、出世(?)するという噂を聞いた。
仕事終わりに、その話を後輩の女の子にしたところ、休憩室で互いの近況報告をすることになった。
「じゃあ、○○階に行くんですね。××さん(同期の女の子)と△△くん(後輩の男の子)と離れちゃうのは、泣いちゃいますね」
「まじで、ホント泣ける。喋る人いない」
「いない、は言い過ぎでは?」
「確かに。あと、三ヶ月くらいで全部署が移転してくるって話だよ」
「じゃあ、三ヶ月のお別れですね。再会した時は喋ることいっぱいですね」
「多分、三ヶ月会わなかったら、僕めちゃくちゃ他人行儀になる気がする」
「それは、なんか分かります」
え? 分かるの?
8月某日
「THE GUILTY/ギルティ」という映画を見る。
概要としては「電話からの声と音だけで誘拐事件を解決する」というもの。
制作したのはデンマークで監督はグスタフ・モーラーと言い、「THE GUILTY/ギルティ」が初長編映画監督作品だった。
予告編はこちら。
これを見るだけでも、緊張感がピリピリ伝わってくるし、主人公が徐々に苛立っていくのも分かる。
低予算映画で、一つのオフィスと電話のみで物語は完結するが、主人公の抱える気持ちと犯人の気持ちが奇妙に一致する瞬間があって、深い人間ドラマにもなっていた。
舞台は緊急ダイヤルを受けるコールセンター(?)のオフィスで、日本で言う110番っぽいシステムなのだけれど、デンマークはかけてきた電話によって位置情報と名前が分かるようになっていて、国の違いという点でも面白かった。
8月某日
2日続けて朝の気温が30°以下だった。
以前そうしていたように、朝30分ほど歩いて職場へ向かった。混雑した電車が嫌なのか、単純に歩く行為が好きなのか、一日の体調と気分が良かった。
早く日中を気兼ねなく歩き回れる気温まで下がってほしい。
8月某日
広島市への原子爆弾投下が8月6日で、長崎市への原子爆弾投下が8月9日で、共にツイッターのトレンドに上がっていて気がついた。
僕の母は広島出身で、父が長崎ということもあって、原子爆弾投下に関して酔っ払った父から、あれこれと聞いていたので、同世代の中では近い場所にいる感覚を持っていた。
けれど、今年はツイッターのトレンドで気づいて、自分の中で広島と長崎という場所が薄れて行っているような気がした。
それで良いのかも知れないと思う反面、微かな危機感もあった。
8月某日
小説現代の7月号の特集が「NEO官能小説特集 性と生のあわいに」だった。
読み切りの紹介欄に「自由で豊潤な官能の世界へようこそ」とあり、目次には「いま、性は百花繚乱。人の数だけ官能の形があっていい。11人の書き手による、妄想に溢れた豊潤なセンシュアル・ストーリーの競作」とあった。
全ての読み切りを読んだ訳ではないけれど、個人的に黒木渚の「げんざい」を面白く読んだ。
内容は、人気の官能小説作家の女性が『喪失』をテーマに、学生時代に同級生の筆下ろしをした経験を元に小説を書くことになり、過去を丁寧に思い出していく、というもの。
構成としては現在の後に過去があって、最後に現在に戻ってくる。
「げんざい」のセンシュアル・ストーリーたる部分は、過去パートの主人公がクラスメイトのスクールカースト上位の男の子に筆下ろしする、という点だった。
そして、この過去パートは最高に面白かった。
著者の黒木渚はシンガーソングライターでもあって、だからなのかスクールカースト上位の男の子に対する感情の揺らぎは絶妙で上手い。
なのに、主人公が一人になって自分との対話になった途端、縛られていた緊張感が溶けていって、深みへ潜ることなく終わってしまった。
短編であるため、単純に枚数の問題なのかも知れないが、途中まで面白かった分、ちょっと肩すかしを喰らった感じがあった。
8月某日
映画の「東京リベンジャーズ」を見た。
英勉監督だと言うことで気になっていて、理容師の友人と一緒に行った。
東京リベンジャーズはタイムトラベル×ヤンキーみたいな作品で、原作は漫画で、現在はアニメも放送している。
原作が「新宿スワン」の和久井健という点で、期待値は高かったのだが、「Abaddon」とか「セキセイインコ」といった新宿スワン後の作品を僕はあまり面白く読んでいなかったので、不安な部分でもあった。
けれど、流行っているしとアニメを見て、なるほど!面白い!となり、実写映画の「東京リベンジャーズ」も見た感想としては、最高!の一言だった。
一言と書いといて、もう少し書くなら吉沢亮が最高で、映画の制作側も、吉沢亮を如何に格好よく撮るか、という点に尽力したのではないか、と思うくらいだった。
8月某日
最近、仕事から帰ってきて手を洗ったり諸々した後、夕飯としてスープを作っている。和風だしだったり、中華だしだったりを使って、肉や野菜を煮込んで食べる。
食べる場所はパソコンの前で、食べたら小説を書く。
という生活をしている。
スープだけだと満腹にならないので、眠くならないし、皿洗いの量も少なく済む。一石二鳥。
ちゃんと小説に向き合おうと思って動いてみると、今まで如何にサボっていたかが分かる。
同時に、小説って本を読んでいないと書けないんだなぁとも実感する。あくまで僕は、という話で。
そして、小説を書くと本当にエッセイとか日記が書けない。
今も本当に書けなくて、何か参考にしようと星野源の「そして生活はつづく」を読んだ。
星野源は文章の中での一人称は「私」だった。
ちょっと良い。
8月某日
島本理生の「2020年の恋人たち」を読んでいる。
出版されたのは2020年の11月25日だった。
インタビューなどを読むと、元々は「婦人公論」で2017年6月から2019年1月の1年7ヶ月連載した後、「全面書き直し」をおこない出版に至っている。初出時のタイトルは『2020年までの恋人たち』だったとのこと。
まだ読み始めたばかりなので、何とも言えないけれど、内容としては亡くなった母が残した移転リニューアル予定だったワインバーを引き継いだ女性の物語だった。
そのワインバーで一緒に働くスタッフを募集する張り紙に主人公は以下のような一文を添える。
『2020年の東京を、この店で一緒に作りましょう。』
作中の2020年の東京が現実とリンクしているのか分からない。ただ、現実での2020年、東京でワインバーを経営していたとするなら、大変な状況に陥っているはずだ。
島本理生が連載をはじめた2017年とは、世界がまるごと違っているような状況で、「全面書き直し」の中で作中と現実のバランスをどう取ったのか。
そんな興味もあって、寝る前の数十分ほど「2020年の恋人たち」を読んでいる。
8月某日
元同じ部署の先輩が8月末に退社される、ということで、寄書きのメッセージを書いてほしいと同期の女の子から連絡をもらう。
理由を聞くと結婚するから、とのことだった。
二つ返事オッケーし、メッセージカードを受け取った。
それから内容を考えている間に、結婚おめでとう、と書いて良いのか?と疑問になった。二度目の結婚で、お相手は初めてお付き合いした人だったはずだ。
なんだか不思議な話だけれど、そういうことらしい。
僕は同じ部署で、そういう話を本人から聞いているけれど、メッセージカードにそういうことを書くのは違う気がする。なんて考え出すと、結婚おめでとうもちょっと違うのか、というか、会社側にはなんと言って辞めるのか、階が違う為、分からない。
あり得ないけど、結婚するから辞めるって言っていなくて、僕のメッセージカードでそれがバレるとかは、普通に良くない。
などと、ぐるぐる考えた結果、元同じ部署の人にメールで尋ねたところ、「好きに書いて良いらしいよ」とのことだった。
まぁでは、と言うことで、好きに書いたら結局は「お世話になりました」という内容だけで、メッセージカードは埋まった。
先輩の今後の人生が明るいものであることを祈っている。
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