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日記 2023年◇月 奪われすぎても与えられすぎても人は駄目になる。

◇月某日

 最近、日記を書いていなかった。
 その代わり、友人のプロットに対する感想を書いていた。人の作品に対して感想を伝えるって書けば書くほど難しくなっていく。

 理由は僕が思ったことをただ書くだけでは何も伝わらないと分かっていくのだ。考えてみれば当たり前のことで、作品を作ろうとしているのは友人で僕ではない。
 僕が小説を書くように意見を言っても何の意味もない。

 友人が、その作品を書くこと。そして、その作品が(可能であれば多くの)読者に受け入れられること。
 その二つを念頭に感想を書かなければ、作品が良くなることはない(多分)。僕は世界に良い作品が増えて欲しいと思っている。
 この良い作品が友人の書いたものであったら良いな。

◇月某日

 7月に入って、肩に力が抜けていくのが分かった。
 冬、春の仕様で作っていた身体を夏に変えるために、まずは結んでいた紐をとくような作業が必要なんだろう。

 そういう時に、メタモルフォーゼって言葉が浮かぶ。
 声に出したくなって言う。
メタモルフォーゼ。

 その一言で夏仕様の身体になってくれればいいのに。
 薬局で塩分チャージなるものを買ってみた。飴だと思っていたので、ラムネで面喰う。そして、喉に詰まらせて咳き込む。

◇月某日

海街diary」の一巻にこんな台詞がある。

 子供であることを奪われた子供ほど哀しいものはありません

 この台詞によって「海街diary」が「子供であることを奪われた子供」のすずが、鎌倉に住む腹違いの三姉妹のもとで生活して奪われた子供であることを恢復する物語なんだと分かる。

 僕はこういう失ってしまったものを恢復していく物語が好きだ。同時に、最近考えるのは子供であることを与えられすぎてしまった人が大人になるには、どうすれば良いのか。

 世界は総じてアンバランスで、それはどうしようもない。
 ただ、人間が受け止められる器の大きさは個人差はあっても、それほど変わりはない。だから、奪われすぎても与えられすぎても人は駄目になる。
 そんな気がする。

◇月某日

 常連と化している居酒屋へ行くと、店員さんが「24時間の飲酒に成功しているんです」と言った。
 二十代前半の中性的なファッションが好きな女性の店員さん。
 それくらいの情報しか僕は持ち合わせていなかった。

「昨日の夜から飲み出して、メンヘラが大爆発して死ぬほど泣きながら酒飲んで、十五時くらいに行くところなくなって知り合いに店開けさせて、更に飲んで、今ここって感じです」

 メンヘラ大爆発して24時間お酒が飲み続けられるのだとしたら、メンヘラってすごい。

◇月某日

 ツイッターで「砂鉄」さんが
エロが好きな人間は善人に恵まれ人生を踏み外さない、というのがあるんですよ。なので古い魔除けには性器を象った物が沢山ある
 とつぶやいていた。

 ミラン・クンデラの「存在の耐えられない軽さ」のテレザの母親は確か性的なものをバカにして軽んじる人だった。
 トマーシュとの出会いでテレザは都会へ行くことになるけれど、浮気性のトマーシュとの生活が必ずしも幸せだったと言うのは難しい。
 ただ、小説を最後まで読むと彼らの人生は幸福だったと不思議と思わされる小説ではあった。そこにあったのは一つの人生だったって感じ。

 トマーシュは社会的には色んな場面で転落して行くし、あっちこっちで浮気もするけど、犬には愛情を注いでいたし、テレザを蔑ろにしたりはしなかった。
 人間としての道をトマーシュは一度も踏み外さなかった気はする(もちろん、現代社会の基準で考えるとアウトなことはいっぱいしてるけど)。

◇月某日

 京都みなみ会館というミニシアターで映画を見た数日後に9月30日に閉館するとの「お知らせ」が発表された。
 良い映画館を見つけたと思っていた矢先だったので驚きだった。
 ミニシアター自体、京都みなみ会館が初めてで、小さな映画館と一言で片づけることのできない場だった。特に印象的だったのはスクリーンへ行くまでの間にある廊下の壁にサインが大量に書かれていることだった。

 東浩紀が作ったゲンロンカフェというトークショーの壁にもあらゆる方たちのサインが書かれていた。
 著名人とは言え名前が書かれた壁というのは不思議な感じがする。少し前にいった神戸の洋食屋さんにも多くの有名人のサインが飾られていた。

 そこに名前がある。
 例えば、その方がこの世を去ったとしてもサインは残る。
 僕はそれには意味があるし、価値ある。
 そんな価値ある場所の京都みなみ会館が閉館することは本当に残念に思う。なんて、京都みなみ会館に通い多くの思い出を持っている人たちからすれば、自明のことだろう。

 僕がわざわざ書くことじゃないんだけど、京都みなみ会館初心者として、これから思い出を積み重ねられると思っていたので、ここに書き残しておきたい。

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さとくら
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