New熟語譚27 無鍪(むぼう)
漢和辞典を目をつぶって指さし、そこにあった漢字で新たな熟語を作ります。
これは、その熟語を元にした、短いおはなしです。
無鍪
あたしったら、なんてことしちゃったのかしら。こんな暑い日に、帽子を忘れてくるなんて。
ちゃんと、玄関とこに、置いといたのよ。それなのに、なんてことかしら。
こんな大事な日に。
ジリジリと、髪が焼けてくわ。
肌にシミができちゃう。
大変ったら大変。
それなのに、木陰もないなんて。
あら、あたしの目の前に、大きな帽子をかぶっている人がいるわね。
「おじいさん。良い帽子ね」
「そうか」
「うん、とっても良い帽子。つばが広くて、風通しも良さそうで」
「そうかー」
「ね、それ、ちょっとの間だけでも、貸してくださらない?」
「これはー、だめだー」
「あら、けちねぇ。ちょっとなら、いいじゃない。たった5分よ、5分。どうせあともう少しで待ち人が来るんだから」
「これなら、貸してやれるけどなー」
「これ、なに?なんだか目盛りがついてる。あらやだ。これ、炊飯釜じゃない」
「それでもかぶっとれ」
「やぁだー、でも、ちょっとかぶってみようかしら」
あたしは、その炊飯釜を頭にかぶってみた。
とすんっと気持ちが落ち着いた。
なんなのかしら。この、満たされた、気持ち。
ごはんをいっぱい食べたあとのような……
なんだか眠くなってきたわ
ひんやり涼しいの。
ずっとこのまま、釜をかぶっていたい……
「なにしてるんですか」
「あ、あらあら、待ち人来ちゃったわ」
待ち人は、釜をあたしの頭から取ってくれた。
「この炊飯釜、すんごいのよ。かぶってみて」
「いや、ぼくはいいです」
「そう。残念ね。じゃあ、返すわ」
あたしはおじいさんにそれを返そうとした。そしたら、おじいさんは消えていて、そこには、炊飯器が一つ、置かれているだけ。
あたしは炊飯器を開けて、釜を戻したの。
「さ、行きましょ」
「あれ、そういえば、今日は帽子かぶってないんですね」
「そうよ。忘れたの」
「あんなに日焼けを気にしてたのに、良いんですか?」
「いいのよ。ちょっとくらい焦げてた方が」
ピー
「あら、なんの音かしら」
「ごはんが炊けたんですよ」
「えっ? もうお?」
あたしたちは、炊飯器を開けた。
底には1合分の、つやつやごはんがあったの。
「つまみましょう」
「あ、これ、おこげですよ」
「まああ」
あたしたちは、おなかいっぱい食べました。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
無鍪(むぼう)・・・何かが欠けているのに、満ち足りている気持ち。
※注 このことばは、造語です。実際にはありませんので、ご注意ください。