ベルリン:水道サービス再公営化とその後の挑戦
ドイツの首都ベルリン市は1999年に結んだドイツ最大の官民パートナーシップ契約を2013年11月に解消した。株の買い戻しを市議会で決定し、水道は100%公営に戻ったのである。ベルリン市は市民の根強い運動により再公営化に舵を切ったものの、一度民営化したサービスを公営に戻すために多大な代償を払うことになった。そして民営化の爪痕は深い。再公営化に至った経緯と再公営化後の課題に迫る。
この記事はフィリップ・ターホーストによる記事 Remunicipalisation in Berlin after the buy-back: From de-privatisation to demands for democratisation を岸本聡子がまとめた。
ベルリン上下水道公社の民営化
1994年、連立与党のキリスト教民主同盟(CDU)と社会民主党(SPD)はベルリン上下水道公社(BWB)の商業化/企業化の道を開いた。のちの民営化の準備でもあるが、BWBはこのとき公法ではなく私法が定める 公営企業となった。5年後、同じ連合の下でCDU のエーベルハルト・ディープゲン市長はBWBの株の49.9%を33億ドイツマルク(16億9000万ユーロ、約2335億円)で RWE アクア社とビベンディ・エンバイロンメント社(のちにヴェオリア)に売却した。この売却の過程は秘密裏で不透明だったため批判にさらされた。
この官民連携モデルはベルリン水道ホールディングPLCを中心に大変複雑な所有形態を取った。完全に利益追求型の企業経営にもかかわらず、また官民が共同で所有するにも関わらず、公営企業が受けられる税制の優遇を受けるための施策がこらされた結果である。二つの民間企業は49.9%の株を所有するにすぎないがBWBの経営を任せられ、民間企業は非公開の契約によって高い利益率を保証された。この官民連携は数々の公開、非公開の契約から成り、企業が受ける恩恵はたくみに隠された。30年間契約の再交渉も解約もできない契約の下で、水道料金が高騰し、おびただしい数の労働者が解雇され、水道への社会投資が著しく減少し、インフラは過小投資となった。BWBの企業化と続く1999年の部分民営化はその正当性が疑われるだけでなく、インフラの視点からも社会によい結果にはならなかった。言うまでもなくヴェオリアとRWEにとってはすばらしいビジネスでありつづけた。
再公営化のための運動
2004年の大きな料金値上げの後、ボリビアとベネズエラの水と社会正義を求める運動に触発されたベルリン市民はベルリン水テーブルを2006年に立ち上げた。再公営化要求は法的に難しかったので、2007年に非公開の官民連携契約の開示を求める住民投票のための運動を開始した。粘り強い運動の結果「ベルリン市民は水を取り戻したい」という提案の第一歩として、2011年2月、666,235人のベルリン市民が契約書の開示を求める住民投票を投じた。ベルリン市議会の妨害にも関わらず、これはベルリンで初めて成功した住民投票となり、民主主義の勝利として広く認識された。
脱民営化:株の買い戻し
法的な拘束力を持つ住民投票の結果に、ベルリンの政治的雰囲気は大きく変わり、市政府が再公営化に向けて動きださざるを得なくなった。まず市議会によって契約書精査のための特別委員会が設置された。市議会は同じくキリスト教民主同盟と社会民主党の連合で、特別委員会は非公開の契約そのものは合法であると結論づけた。これを受けて、市議会は再公営化の手段は株の買い戻しかないと主張する。一方、市民連合ベルリン水テーブルは、民間企業に約束された利益保証は憲法違反であり、法的な手段を取って契約を一方的に破棄するべきだと提案した。しかし、議会は官民連携契約の違法性を問うことなく、両企業との交渉の末2012年にRWE社の株を、2013年にヴェオリア社の株をそれぞれ6億1800万ユーロ (約854億円)、5億9000万ユーロ (約815億円)という高価格で買い取ることとなった。
これは「よいニュースであり悪いニュース」とベルリン水テーブルのメンバーは言う。市がBWBの所有者となったことは望ましいニュースだが、BWBの組織内部や財務運営に変化がないことを危惧するためだ。BWBの複雑な所有形態は依然として変わらず、議会はBWBを利益追求型の企業として運営する方針である。株の買い戻しは市が30年のローンで賄ったが、これは取りも直さず水道利用者が払う水道料金から返済される。買い戻しはBWBにとって長期に渡る重い債務である一方で、1999年の官民連携契約の際の売却金は州政府の財源となって当時の一般債務返済に当てられたのである。この新たな債務の返済はBWBの財政運営に大きな影響をあたえるはずだ。例えば、連邦カルテル庁はBWBの水道料金が高すぎるとして15%の値下げを命じた。法的な紛争を避けるために新生BWBは6%(2015年)の値下げに応じた。しかし株の買い戻し時の債務は重く、議会は減収分を10%の労働者の解雇と、施設投資額の減少で乗りきろうとしている。一方で市はBWBの株所有者として水道ビジネスからの配当金を受け取る。利益追求型の官民連携モデルのときと財務運営の仕方が変わらないと批判されるのはこのためで、やはりつけは労働者と水道利用者にくるのだ。
株買い戻し後の再公営化運動
市民連合ベルリン水テーブルは公的な所有にも関わらずこのような新自由主義的な経営が続くことにはっきりと異議を唱える。民主化を求める市民の力で再公営化後のBWBを包囲するのが新たな運動の焦点になっている。「まずは再公営化、そして民主化」が今日のスローガンで、透明性、市民参加、BWBの組織とビジネスモデルの変更を求める提案を行っている。再公営化した利点はBWBに運営に市民の監視が及ぶことである。例えば、新生BWBの施設投資が依然として官民連携時代と変わらず過小にとどまっていることことは公開の討論を通じて批判されている。
2013年11月、市民主導のベルリン水会議が発足した。ベルリン水会議はBWBの再建計画に関心のあるすべての人に開かれた議論の場である。それに先立って、ベルリン水テーブルはベルリン水憲章を起草。憲章はベルリン市民が新しい公営企業BWBの主体であるという信念の下、政治、経済、環境、法律の観点からのBWBを運営原則を提唱している。これはあくまでもより広い議論を喚起する材料としてベルリン水会議に提案された。一方で、現実の政策決定と実施は主にベルリン市議会とBWB内で行われており、市民の参画や関与は今のところ絵に描いたもちである。ベルリン市議会が市民の脱民営化の要求に応えたことは評価できるが、議会は再公営化後の市民連合の要求や議論を過小評価し続けている。このような再公営化後の複雑な運動の展開の中で、BWBの職員や組合との協力は欠かせないはずであるが、残念なことにそのような市民連合と労働組合の協力関係はできていない。これはBWBの労働組合が再公営化の過程で複雑な立場を取っていることが影響している。
2011年の住民投票による市民の意思が動機となったベルリンの再公営化だが、政府による株の買い戻しという過程を経て、水道運営に市民の意思が反映されないのは皮肉なことである。とはいえ、再公営化を導き、公営水道の民主化を目指すベルリン市民から学ぶことは大きいし、ベルリンの民営化の教訓もまた大きい。
ベルリン上下水道公社(BWB)について
ドイツの首都ベルリンで370万人に上下水道サービスを提供する。一日の平均水道供給量は600,000M3、水道ネットワークは7900キロ。4490人を雇用する。