母がわたしに教えてくれたこと

「序」:30年にわたる母子問題

2020年は私にとって、ターニングポイントになる年な気がしている。世の中が激変し、常識が覆り、日常の当たり前が何ひとつ当たり前にできなくなった年。ターニングポイントというくらいだから、本当は人生の大きな変化のときは天地がひっくり返るほどの衝撃があるはずなのに、外の世界があまりにも激しく変化しているせいか、その衝撃の実感はあまりない。むしろ、静けさの中にある微細な変化は、パズルのピースがひとつまたひとつと合わさり、積み上がり、立体になる様を横で見て、自分のことながらに静かに驚き、静観している。そんな感覚に近い。


厳格な父と父の顔色をうかがう母、典型的な昭和の家庭

私の人生におけるこの大きな第一歩は、「母」の存在なくては語りえない。多くの女性が少なからず抱える母と娘の不協和音、そして時に確執とも言えるほどお互いを消耗させるそれは、私たち2人の間にもしっかりと存在していた。母が娘に打った「しつけ」という名のくさびは私が大人になるころには少しずつ錆びつき、お互いを傷付け合うだけのものになっていった。私の母は37歳で私を出産したわけだが、当時は極少数で紛れもなく「マルコウ」(丸の中に高と書いてカルテにスタンプされていた)」。同世代の友人達とは大体ひとまわり遅れての出産だった。結婚して何年も子宝に恵まれなかった末ようやくの第一子誕生に、心の底から喜び、慈しみ、誰よりも愛し、一生懸命向き合ってきたのだとおもう。それなのに、いつの間にか娘からの厳しい言葉にさらされ、自分を否定されて、さぞかし悩んだろうと思う。そして、どんな出来事よりも傷ついていたに違いない。


自分の中の息苦しさが爆発した瞬間

しかし、思春期を経て「自分」という存在と一生懸命向き合おうとする多感な私だったが、当時の私にとって母は何よりも畏れる存在。愛してもらう、甘える、心から充足感を感じるというよりは、背中を追いかけるような感覚に近かったのかもしれない。

でもある時から、私は私なの!という湧き上がる強い葛藤と、お互いに愛しているのにすれ違い、時に攻撃し合うことに、ほとほと疲れた私は、その大元の原因を探るようになり、同時にそのくさびを自力で抜く作業をしたのだった。もはやカラダの一部となったそのくさびを抜く作業は、想像を絶するほど痛みを伴い、幼少期から現在まででの長い月日の中で起こった忘れていたようなものまで、あらゆる傷をふたたび同時にカラダに刻むような、そんな感覚だった。

人間は本当に苦しい時は乖離するというけれど、乖離してたんだなーと思うほど忘れていたようなものもあり、今振り返ってもあの数年間は本当によく耐え、自分と向き合い、内観を極めた時期だったなとおもう。それだけ、私の人生の半分は両親の価値観の中で息、息を殺し、自分を抑圧して過ごしていたのだった。

そんな時期を経て、自分を取り戻す時間を過ごし、自分が本当に望むものを手に入れるために自分を乗りこなし、手に入れたいものを手にすることができた今思うのは、同じような葛藤や苦しみをもつ私のような娘、そして母のような母をひとりでも多く救いたいということだった。


3代前まで遡るって見えてくるもの

自分の感情を紐解く作業は、自分のルーツを紐解く作業でもあった。紐解くとわかるのは、父や母もまた少なからず私と同じような心の葛藤を経て大人になってるということ。そして、そういう記憶がありながらも、それが自分の心に与える影響という視点で捉えなおす機会がなかったがために、「良し」としてきた親の価値観通りの子育てをしてきているのだった。

なんだ!私のせいでも、父や母のせいでもなく、祖父母の時代の時代背景や地域性やそれらによる価値観によるものなんだと分かった時、私は父や母を赦す(ありのままを受け止める)ことができ、同時にすごく安堵したのを覚えている。

「欲しい愛情を欲しい形でもらえなかった」ことによる、母からの愛情に対する飢餓感、そしてそれによる自己肯定感の低さ、自分を押し殺す癖が当たり前になってしまい自分の望みを実現させようとする活力も、自分を輝かせる努力も諦めていた学生時代。そんな自分の半生を愛おしさをもってみつめ、よくがんばったねー。と受け止められるようになったとき、そういう時間の中で、不器用ながらに必死で仕事と夫との夫婦関係と子育てとに邁進した母の背中や、言葉が思い出され、今ある自分は他でない母のおかげであると思えるようになったのだった。

あの当時は、フルタイムで働くお母さんなんていうのはクラスにも数人で、厳格な父に、年子の娘息子をかかえての子育ては、社会からの風当たりもつよく、相当大変だったとおもう。仕事人として、家庭人として、ひとりの女性として母が教えてくれたことは、紛いなりにも私自身がキャリアウーマンとなり仕事人として胸を張れる仕事をし、女性として愛する夫と子どもに恵まれ、家庭を営み、そして、仕事でも家庭でもない「自分」というものを見つめ直した今、本当に削ぎ落とされた本質が詰まっているとおもうに至った。




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