昔好きだった人
昔好きだった人が夢に出てきた。
夢の中でその人はわたしの知らない女の人と笑顔で会話していた。
場所はパーティー会場。二人は今その場で出会ったようだった。
たまたま近くにいた二人が社交辞令的に話しているだけ?
それとも、お互いにちょっといいなって感じながら話している?
わたしはヤキモキしていた。
目が覚めてからもモヤっていて、彼の名前をネットで検索してしまった。
SNSのアカウントは出てこなかったが、社会的に成功している肩書きがあると一般人でもネットに名前が出るのだということを学んだ。
その彼と会っていたのは最初の結婚(のちに死別)をする前で、未練があるということは断じてない。じゃあ、何にモヤっているかというと夢から覚めたときに心に湧き出てきたこの言葉が関係しているように思う。
「なんでわたしじゃないんだろう?」
当時のわたしは今以上に傷つくことを避けていたのでそもそも自分に興味なさそうな人に深入りすることはなかった。
その彼も当初はわたしに好意を持ってくれていて、一緒に飲みに行ったり遊びに行ったり、わたしとしては楽しい時間を過ごしていた。
けれど、だんだん距離を置かれるようになった。
仕事が忙しいのかもと、自分を納得させていた。
でも、ある日、見てしまった。その彼が女の子と歩く姿を。
反射的に身を隠して、見えないところから二人の様子を確認した。
女の子は肩ぐらいある黒髪を後ろで一つに結んでいて、膝丈のスカートにローファーを履いていた。
背が高くてスーツを着るだけでモデルのように様になる彼とは不釣り合いなくらい垢抜けない子。
でも二人は楽しそうにおしゃべりをしながら歩いていて、わたしからどんどん遠ざかっていった。
何日か経ってから、思いきって彼にショートメッセージを送った。
〈銀座で見かけたよ〉
ほどなくして返事がきた。
〈いつ?声をかけてくれればよかったのに〉
〈この前の日曜。声かけようと思ったけど女の子と一緒だったからかけなかった〉
〈なんで?〉
なんでじゃねーよ。と、たぶんわたしは思ったのだが、そう返すことはしなかったはず。
以降、彼と会うことはなくて、その後に再会した会社の先輩とわたしは結婚した。
そもそもその会社の先輩のことが好きだったのにその恋がままならなくて、他に好きになれる人を探して、ようやく出会ったのがその彼であった。紆余曲折を経て、結局、最終的に最初の望みが叶ったのだった。
疎遠になってどのくらいだったか? 先輩と暮らし始めた年の誕生日に、ショートメッセージがきた。
〈お誕生日、おめでとう。最近どうしてる?〉
男性は過去いい感じだった異性を上書き更新することがないとよく聞くが、きっとこれもそうだったのだろう。
ここぞとばかりに書いた。
〈ありがとう。憧れだった人と一緒になって、海の近くに引っ越して、幸せに暮らしています〉
彼からは〈おめでとう〉という返事がきた。
ようやく気が晴れた。
なのに、15年以上も経って夢に出てきて、あのときの寂しさを反芻させられるとは…。
「なんでわたしじゃないんだろう?」
アラフィフになったわたしは答えられる。
お互いの求めるものが、あの時、あのタイミングでは、合致しなかっただけよ。
それはもう宇宙の計画のようなもので、わたしが何かを変えれば結果が違ったという話ではない。
そこに理由なんかない。
今、わたしにできることは、あのとき傷ついたことを認めてあげること。
「大丈夫、傷ついてなんかない」「あんな男、こっちが願い下げ」と虚勢を張って頑張った過去を抱きしめてあげること。
気づけば当時の傷がちっとも致命傷じゃなくなっているという時薬に感謝し、今を祝うこと。
願わくば、彼の中では今もわたしが上書きされていなくて、ときどき思い出して懐かしんでいますように。
そして、ごめん、なかなかにイケメンだった彼の容姿が疲れ果てて残念な感じになっていることも願っちゃう。
振られた理由はこういうところかね。
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