あれから11年。
私とSTORIAの代表理事佐々木さんが出会ったのは2013年だった。
当時私たちは、ほぼ同じタイミングで、とあるNPO法人で働き初め、たまたま同じチームに配属された。(因みに佐々木さんは私の裏四天王に当たる)
そこでの出来事の諸々は割愛したいと思うが、当時佐々木さんとこんなことを話し合っていた。
「いしちゃん(私の呼び名)、一緒に街のイスキアやりたいね」と。
当時まだご存命だった森のイスキア主宰佐藤初女さんをお互いリスペクトしていて、私は佐藤初女さんのご著書を読んだり、当時仙台で開催された佐藤初女さんの講演会(いのちの電話主催だったかな)を一人で聴きに行ったり密かにしていた。
ステージ上の初女さんは、なんとも素朴で静かで優しいvibesの方だった。
(因みに全然関係ないが、前職時代仲良くしてもらっていた今は亡きシスターは初女さんとは何度も会ったことがあると言っていて、勝手ながらご縁を感じていた)
当時、仙台市内の中学生を対象とした放課後の居場所(学習支援とうたっていたが・・・)の運営を共に担当していて、お腹を空かせた中学生たちがやってきて、いつの間にか炊き出しもするようになった。
当時はまだ「こども食堂」という言葉が無かった。
炊飯器やお米やのりやふりかけは、当時Facebookでつぶやいたら、ご寄付でいただいた記憶がある。
お腹を空かせた中学生たちに、おにぎりは人気だった。
その時「やはりお米だな」と思った。
梅干しが嫌いだった子もおいしいと言って食べてくれてうれしかった。
「一緒に街のイスキアやりたいね」と佐々木さんとよくFIKAしながら語り合った。(当時IKEA仙台の方からスウェーデン人のデザイナーたちはよくFIKAしている、と聴いた。FIKAしているとアイディアが生まれるんだという話も。それ以来FIKAを大切にしてきた)
その後、お互い別々の道を歩み始め、佐々木さんは2016年にSTORIAを立ち上げた。
その時、佐々木さんがついに本気を出したな、と思った。
出会った当初から、ものすごいエネルギーと情熱と愛の方だなあと、尊敬の念しかなかったが、そのエネルギーの大きさは、月日を追うごとに益々大きくなっているようにも感じられる。
どうしても、各種メディア等の取材となると一部分しかスポットライトが当てられないけれど、もっと色々な側面や出来事を近くでたくさん見てきている者としては、映画のような人生だと思うし、表には決して出ないけれど、並々ならぬ努力と血と汗と涙と、とにかく一言では語れないことが多い。
あの頃語り合っていた「街のイスキアやりたいね」という話、10年以上経って、少しずつそのような方向に近づいているんじゃないかと思うことがある。
まだまだ道半ばではあるけれども。
なんとなく、STORIAの公式アカウントじゃなくて、色々なしがらみのない、自分のアカウントで書きたくなって書いてみました。
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