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COP29でも話題になった「カーボンリムーバルファイナンシング施設」プロジェクト。炭素除去を促進する革新的な金融モデル

今日は2024年9月に、完成したCarbon Removal Financing Facility, CDR Financing Facilityについてご紹介したいと思います。

COP29の英国パヴィリオンのサイドイベントにて


Carbon Removal Financing Facility(CDR Financing Facility)は、二酸化炭素除去(CDR)プロジェクトへの資金提供を目的とした革新的な融資モデルで、特に英国で注目されています。例えば、英国のスタートアップ企業UNDOは、Standard Chartered銀行やBritish Airwaysなどと協力し、強化風化技術を用いたCDRプロジェクトのための資金調達を行っています。

さらに、英国政府はカーボンキャプチャー・ストレージ(CCS)技術の開発に向け、今後25年間で最大217億ポンド(約3兆円)の資金提供を約束しており、これらの取り組みは英国の気候目標である2050年までのネットゼロ排出達成に向けた重要なステップとされています。

一方、他の国々でもCDRやCCS技術への関心が高まっています。例えば、世界銀行はブラジルのアマゾン再森林化を支援するため、2億ドルの債券を発行する計画を発表しています。

このように、CDR Financing Facilityは英国で特に注目されていますが、その他の国でも同様の取り組みや関心が広がっていることでしょう。



プロジェクトの概要とパートナー

このファシリティは、特に債務ファイナンスの形を用いて、炭素除去プロジェクトを支援する仕組みです。複数の機関が連携し、資金提供、炭素除去の実施、成果の検証、保険の提供といった包括的なサポート体制を整えています。プロジェクトの主要なパートナーは以下の通りです。

  • ブリティッシュ・エアウェイズ(British Airways)
    航空業界のリーディングカンパニーであるブリティッシュ・エアウェイズは、このプロジェクトで除去された炭素を購入する「オフテイカー(CDR Off-taker)」として参画しています。航空業界はカーボンニュートラルを求められており、ブリティッシュ・エアウェイズはこのプロジェクトを通じて自社の炭素排出削減を目指しています。

  • スタンダードチャータード銀行(Standard Chartered)
    ストラクチャリングバンクおよび融資元として、プロジェクトの資金提供を担っています。スタンダードチャータード銀行は、このファイナンスの構造化を担当し、炭素除去を支援するための初期投資を提供しました。

  • UNDO(CDR開発者)
    UNDOは、CDRプロジェクトの実行者で、具体的には「強化された岩石風化法(Enhanced Rock Weathering, ERW)」を用いて炭素除去を行っています。この技術は、岩石を利用して大気中のCO₂を地質学的に安定化させ、長期的な炭素除去を実現する手法です。

  • CUR8(CDR検証プラットフォーム)
    CUR8は、除去された炭素量を検証し、プロジェクト全体の透明性と信頼性を確保するプラットフォームとして機能しています。これにより、プロジェクト参加者が信頼できるデータを得ることができ、炭素除去の実績が確かに証明されます。

  • CFC(Carbon Insurance)
    CFCは保険を提供するインシュアラーで、炭素除去が計画通りに進まないリスクに備えた保険商品を提供しています。これにより、プロジェクトの進行が予想外の事態で停滞しても、金融的なリスクが補填されます。


カーボン除去産業の資金調達の壁

カーボン除去(CDR)産業は、規模を拡大し、企業のカーボンフットプリント削減をサポートするために重要ですが、資金調達が最大の課題となっています。
現在、カーボンクレジットを購入する企業などは「成果物が納品された時点で支払う」という形式をとっています。このため、プロジェクトの運用やモニタリング・検証(MRV:Monitoring, Reporting, and Verification)に必要な資金は別途調達する必要があるのです。

特に規模の拡大を目指すCDRプロジェクトでは、株式資金調達(エクイティファイナンス)は持続可能な方法ではなく、初期段階で利用できる助成金やベンチャーキャピタルも、商業的な規模に達するための十分な資金を提供することは困難です。また、銀行が提供する伝統的な商業融資も、技術のリスクが評価しづらいことから、調達が難しいのが現状です。そのため、プロジェクト債務(デットファイナンス)が開発者にとっての重要な資金源となっています。


初の革新的なカーボン除去ファイナンスモデル

2023年12月、UNDOはCUR8、ブリティッシュ・エアウェイズ、スタンダードチャータード銀行とともに、画期的な資金調達モデルを発表しました。このモデルは、カーボン除去プロジェクトに前払いの融資を提供し、運転資本を確保することでスケールアップを可能にするものです。


ブリティッシュ・エアウェイズの視点

ブリティッシュ・エアウェイズのサステナビリティ部門ディレクター、キャリー・ハリス氏は以下のように述べています。

「ブリティッシュ・エアウェイズでは、カーボン除去は長期戦略の根幹を成しています。この革新的なパイロットプロジェクトに参加できたことを非常に喜ばしく思います。今回の初期購入は比較的小規模ですが、このパートナーシップを通じてカーボン除去への将来的な投資を促進し、技術のスケールアップを加速させる基盤を築きたいと考えています。」

航空業界では、国際航空のカーボンオフセット・削減スキーム(CORSIA)が持続可能性を達成するための主要な枠組みですが、現時点では持続可能な航空燃料(SAF)の利用が主な削減戦略となっています。しかし、UNDOの「強化風化技術」など、高い永続性を持つ除去方法を取り入れることで、より手頃なコストでカーボンフットプリントを削減する道が開かれます。


この取引の構造と目的

今回の取引は、CUR8が主導し、UNDOから4,000トン以上のカーボン除去オフテイク(購入契約)をブリティッシュ・エアウェイズが購入。それを担保にスタンダードチャータード銀行がUNDOの運営資金を提供しました。CUR8は、このモデルを基盤に、CDR業界全体に拡張可能なファイナンス商品をさらに開発することを目指しています。

スタンダードチャータードの視点

スタンダードチャータードの最高サステナビリティ責任者(CSO)、マリサ・ドリュー氏は以下のようにお話しされています。

「カーボン除去はネットゼロを達成する上で不可欠です。特に気候変動の影響を最も受ける新興市場で、カーボンクレジット市場や除去活動がネットゼロの進展を加速させると確信しています。この革新的な資金調達モデルを通じて、カーボン除去プロジェクトが必要な資金にアクセスできることを期待しています。」


カーボン除去セクターへの影響と今後の展望

この多国間取引は、カーボン除去業界全体にとって画期的なモデルとなることでしょう。将来の需要を担保とした融資を通じて、プロジェクト開発者は運転資本を確保し、信用履歴を構築することが可能となるのです。

CUR8のCEO、マルタ・クルピンスカ氏は以下のように述べています。

「このパイロットプロジェクトは、供給者への融資と高品質な除去クレジットへのアクセスを、買い手からの前払いなしで可能にすることを証明しました。これをきっかけに、カーボン除去へのさらなる資金とアクションを促進していきます。」

UNDOにとって今回の取り組みは、スケールアップに必要な要件を洗練させ、より効率的なプロセス構築への道を示しました。成功するプロジェクトが増えれば、信頼性のある除去方法として金融市場での信頼を獲得できるでしょう。



この新たなファイナンスモデルは、特にカーボン除去業界における「資金調達ギャップ」を埋める重要なステップです。UNDOの「強化風化技術」をはじめ、革新的な技術が持続可能な資金調達方法を確立することで、ギガトンスケールの除去が可能になります。このモデルの成功は、気候変動対策を加速させ、カーボン除去市場全体を次の段階へ押し上げる鍵となるでしょう。このファイナンスモデルの仕組みは、複数のプロセスから成り立っています。それぞれの段階で明確な役割分担がされており、プロジェクトがスムーズに進められるようになっています。

  1. 融資の提供と活動資金の供給
    スタンダードチャータード銀行が融資を提供し、UNDOに対して炭素除去活動(ERWアクティビティ)を開始するための資金が供給されます。UNDOはこの資金を用いて、強化された岩石風化法による炭素除去を実行します。

  2. 炭素除去の検証とCDRユニットの発行
    CUR8は、UNDOが実施した炭素除去活動の結果を検証し、その除去量に基づいた「CDRユニット」を発行します。このCDRユニットは炭素除去量を指標化したもので、後に取引の対象となります。

  3. オフテイク契約に基づくCDRユニットの購入
    ブリティッシュ・エアウェイズは、このCDRユニットを購入するオフテイカーとして機能し、購入したCDRユニットをカーボンオフセットとして活用します。この取り組みは、航空業界が抱える環境負荷を軽減する一助となり、企業のカーボンニュートラル戦略にも寄与しています。

  4. ローンの返済と資金循環
    UNDOは、CDRユニットの販売収益を元に、スタンダードチャータード銀行への元金および利息の返済を行います。これにより、プロジェクトに投入された資金が循環し、持続可能な形で炭素除去を進められます。

  5. リスクヘッジのための保険
    CFCが提供する保険によって、プロジェクトが計画通り進まなかった場合にも、金融リスクが最小化される仕組みが確保されています。例えば、炭素除去が期待通りの成果を上げられなかった場合も、CFCの保険がその損失を補填することで、プロジェクト参加者にとってのリスクを軽減しています。


カーボンリムーバルファイナンシング施設の意義と将来展望

このカーボンリムーバルファイナンシング施設の完成は、炭素除去を促進するための新しい金融モデルを示しており、特に脱炭素社会の実現に向けた重要なステップとなります。二酸化炭素除去技術はまだ発展途上の段階にありますが、このようなパイロットプロジェクトの成功が重ねられることで、CDRが今後ますます商業化され、さまざまな産業分野での実装が進むことが期待されます。

また、今回ご紹介したモデルは炭素除去活動を支える金融的インフラの重要性を示唆しており、今後、類似のファイナンススキームが他のプロジェクトでも導入される可能性があります。カーボンニュートラルを目指す国際的な取り組みが加速する中で、このファシリティは炭素除去技術の信頼性を高め、投資家や企業が安心して炭素除去に資金を投入できる環境を整える先駆けと位置づけられるでしょう。


まとめ

カーボンリムーバルファイナンシング施設は、炭素除去を支援するための革新的な金融モデルであり、今後の持続可能な開発と環境保護に大きく貢献する可能性を秘めています。スタンダードチャータード銀行、UNDO、CUR8、CFC、そしてブリティッシュ・エアウェイズが協力して構築したこのプロジェクトは、他の企業や金融機関にも持続可能なファイナンスモデルとしての手本を示しているように思います。


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